※鷹山♀化


 自販機まで買いに行ってくれるなら少し分けてあげないこともない。そう言い出したのは鷹山の方なのに、いざ小銭を受け取り夏の炎天下の中自販機へと走り飲み物を購入して教室で待つ彼女の下へ戻ってみれば途端に不満そうに顔を顰められたのだから豹としては不思議だし、納得行かない。

「なんで炭酸なの」
「冷たいし、鷹山何も指定しなかったべ」
「豹スポーツマンでしょ…。スポドリ買うかと思った…」

 がっかりしたと、微塵も隠さずに伝えてくる鷹山の言動はいっそ清々しいものがある。スポドリを飲むのがスポーツマンだけではないように、スポーツマンが飲むものもスポドリだけではないという当たり前を踏まえながら、それでも鷹山は豹に何故スポーツドリンクを買ってこなかったのだと訴える。横暴だった。
 別に、鷹山が普段からこんな横暴な態度かと言うとそんなこともない。優しく可憐かと言うとそれもまたそんなことないのだけれど、豹にとって鷹山は大好きな彼女で、蝶よ花よと愛でまくり、その結果若干雑な扱いを受けるようになってしまっただけのこと。愛は在るよと言い切ったのは鷹山の方で、だけど真顔過ぎて周囲には逆に信用して貰えなかった。それでも、人見知りな鷹山が毎日隣を歩くのは豹ひとりだったから、確かに愛は在るのだろう。
 豹から受け取った炭酸飲料を手に、鷹山はその冷たさだけを歓迎し、キャップに手を掛けることをとうとうしなかった。ある程度触って満足したら、この際丸ごとあげると豹に手渡す。

「飲まんの?」
「炭酸だから」
「嫌いって教えてくれてたら買わんかったんに」
「…嫌いじゃないけど、」
「けど?」
「炭酸飲むと骨が溶けて背が伸びないって言うじゃん」
「迷信!」
「証拠は?」

 そのままじっと睨み合い、拮抗した状態が続く。この状況、凄まじく下らないのだが、二人の周囲には間を取り持つような人間は生憎存在していなかった。どうやら恋人同士の時間に口や手は挟まない主義らしい。その上当人等は真剣な顔をしているのだから、音声が届かなければ真面目な話し合いでもしているのかと勘違いしてしまうだろう。
 そんな、馬鹿馬鹿しいことをしている二人組の片方である鷹山は、自分の発言が確かに迷信よりであることは自覚している。そもそもこんな食品安全が声高に叫ばれる時代に骨が溶けるなんておどろおどろしい飲料水が流通経路に乗る訳がないのだ。ただ、色とかを見ていると体に良くもないのだろう。更に身長に関わる噂とあれば、自己の身長の低さをコンプレックスとしている鷹山には無視できない。別に、炭酸が好きな訳でもなかったので、なんとなく敬遠していただけだ。それと、今はスポドリの気分だったのだと、付け足して言い訳としておく。豹が悪いなんて微塵も思っていなかった。

「全部あげるから飲んでいいよ」
「じゃあ代わりになんか奢る」
「いいよ。元はといえば豹がお金ないから、じゃあ買ってきてくれたら一緒に飲んでいいって話になったんでしょ」
「だってこのままじゃ俺が鷹山に飲み物奢らせたみたいじゃん!」
「…何が駄目なの?」
「男が女に奢らすのは駄目!」
「ふーん」

 豹の言い分は解るけれど、どうにもピンと来ない。男女差別に激しく反応反発するタイプではないし、豹の発言にそんな意図はないだろうから、特に言及することもないから、黙った。誰かに物を提供されたら、そこに面倒な後腐れさえ発生しなければ素直に受け取ってしまえば良いのだと思う。その方が場の流れがスムーズだし、大人からすれば好ましい子どもらしさであるそうだから。
 飲み物ひとつ与えただけで大袈裟に抗議してくる豹は明らかに子どもで、だけども男女の差をしっかりと線引きしている所はそれなりに大人なのだろう。鷹山はその辺りが大分ずぼらだったから、豹がしっかりしてしまっただけかもしれないけれど。男女以前に人間だろうと一括りにした鷹山に、豹は懇々と説明したのだ。男女の差とか人間関係とか恋とか結婚とか、誰もが馬鹿と認める、あの豹が。あまりにその表情が真剣だったので鷹山もそういうものかと頷いてしまった。その辺りでもっと色々あって鷹山は豹の彼女の座に収まっているのだがそれは余談である。

「でもやっぱり炭酸は要らない」
「じゃあ俺もいらーん!」
「え、捨てるの?」
「え」
「折角僕がお金出したのに…」

 しゅんとしてしまった様に見えるのは豹の錯覚である。実際はまあ捨てずともその辺の誰かにあげるか売りつけようくらい悠長に構えている。ただ、学生の財布から出て行く150円の価値について、自演で検証しているだけ。たかが150円だけど、現に目の前には金欠でその150円すら払えずに嘆いていた豹がいる。鷹山の財布には比較的中身が残っているけれど、次の小遣い日までの残り日数と購買のパン代やらを数えると、無駄な買い物は控えた方が良い。バイトもしていない学生の所持金なんてそんなものだろうけれど。所詮この世は金なんだと言い出したら、豹はまたそんな冷静に言うなと嘆くのだろう。面倒だった。

「じゃあ豹の財布が潤ったら僕に飲み物を奢るってのは駄目?」
「…ん、そんなら良い」
「はい、じゃあそれさっさと飲んで」

 きっとその頃にはこんな会話忘れているだろう。単純な予測。大体お小遣いが手に入った途端、一気に浪費するから月末に貧窮するのだが高校生になって何ヶ月経っても改善されない豹のサイクルは来月もそのままだろう。鷹山は、思うだけで何も言わない。
 ひとしきり納得して漸く開けられたペットボトルの中身は、どうやら温まってしまったらしい。豹の顔が微妙な感じになって行く。それが可笑しくて、だから早く飲めば良かったのにと鷹山は緩く笑んだ。

「鷹山奢るのアクエリ?ポカリ?」
「Qooで」
「スポドリじゃねーべや!?」
「気分」

 豹は、納得行かない様子で鷹山を見ている。もしこの約束を豹が来月になっても覚えていてくれたならその時は素直に受け取ろう。全くもって他愛ない。


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こどもバニラ
Title by『にやり』




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