空の部屋で寛ぎながら、最初はちょっとしたじゃれ合いのつもりで二ノは空にちょっかいを出していた。肩を組んだり、背後から驚かせようと飛びついてみたり。だけども確かに自覚した下心があった以上、きっと不必要に間合いを詰めてはいけなかったのだ。枷なんて、ひょんな拍子であっさりと外れてしまうのだから。

「…ニノ?」
「………」

 足がもつれて空に倒れ込む形になってしまったのは単なる偶然だ。そして押し倒されて、ニノの腕の中から見上げてくる空の瞳に浮かんでいるのは疑問だけ。どうして直ぐにどいてくれないのだろうとでも考えているのだろう。その「どうして」の理由を懇々と説明してやるのもこの際良いのかもしれない。親友の位置は何だかんだで美味しいし、手放すのは惜しいけれど。だけど鈍い空のことだから、自分が切々と好意を訴えてもまた親友というポジションに据え置いてくれるかもしれない。それってなんだか凄く切ない。つまり、伝わってないということだろう。
 そうならない為にも、しっかりと空に自分の恋心を理解して貰わなくてはならない。決意して、ニノはさてさてと空を押し倒した姿勢のままで思案する。空は相変わらず不思議そうにニノを見上げていて、ぱちぱちと瞬きをする。睫毛までしっかりと確認出来る程の距離に、ニノは後もう暫くはこのままでいようと決めた。勿論、相手への説明も了解も一切無しにである。

「…ニノ、腕疲れない?」
「そんな柔じゃあらへんよ」
「……そっか」

 いつも通り、ニノの浮かべる笑顔に空はどいて欲しいの一言が言い出せなかった。きっとこれも、直前までのじゃれ合いの延長なのだと思うことにする。でもそれなら、笑って何も仕掛けてこないニノは自分からのリアクションを待っているのではないかと思うので、空も必死に考える。たぶん、空いてる手でニノの腹を殴ってはいけないのだろう。脇腹を擽るのはまだセーフか。下手をすると、上体を支えているニノの腕の力が緩んで落ちてきて、頭突きなど自分までダメージを被る可能性があるので迂闊な行動には出られないのだ。
 空が色々と考え込んでいる間に、ニノも色々と考え込んでいる。じゃれ合いの続きと、じゃれ合いの終わらせ方を考えている二人だから、結局通じ合えていないのだけれど、お互いを好ましく思っている事実だけは二人がよく用いる「親友」の二文字に凝縮されて確かに存在していた。だから、男が男を押し倒したまま静止している可笑しな図だって二人きりという条件はあれども成立していられるのだ。

「ニノ、ちょっと近くない?」
「こんな体制なんやからしゃーないやん」
「だ、だから早くどいてよ!」
「嫌や」

 段々と顔を近付けてみたら、ちゃんと拒まれたことに一安心。危機感知能力は一応備わっているらしい。嫌われているから接近を拒まれたのではなんて不安に揺れはしない。学校も違う自分を、わざわざ自宅まで招いてくれたのは空の方なのだから。
 会話が途切れると、室内はしんと沈黙に包まれる。ニノが来た時には、空の祖母がいた筈なのだけれど、耳を済ましても階下からも物音は聞こえない。時折視界の端でちらちらと動くのは、この家で飼われているのかは定かではない数匹の猫たちだった。
 猫は自分の邪魔をするものとしてカウントしない。つまり、どうやら今この家には自分と空しかいないという好都合なシチュエーションに、ニノは笑い出したい反面苦い気持ちも抱えている。
 一カ所に留まれない環境に身を置く自分に程々ながらも諦めをつけているニノには、この場所に留まっている空に執着すること自体が予想外だった。親友のままなら、悲しくはなるだろうけれど笑ってさよならが出来る。その方が、この先いつかの空の為なんじゃないかと誰かに言われてしまえば、ニノは漸く踏み出し掛けた一歩をまた留まってしまうだろう。

「ニノ、具合悪い?」
「何で?」
「や、急に辛そうな顔するからどうしたのかなって思っただけだよ」
「平気やで、」
「そう?ならよかった。ねえ、やっぱりそろそろ――」

 どいて、という言葉を聞く前に、ニノは片手で空の口を塞いでしまった。のっそりと上体を起こして、そのまま空に馬乗りする態勢になる。空はやっぱり、ニノの突飛な行動に驚きながらも、不思議そうな顔をするだけで彼の手を振り払おうだとか、抵抗らしい抵抗を見せる気配はなかった。

「あかん、あかんで空」
「――?」
「そんな警戒心の欠片も持たんとふらふらしとったら襲われてまう」

 誰に、と囁く吐息が彼の口を覆っていた掌に当たって、少しくすぐったい。空は、ニノの言葉の意味が分からないと目を細めている。
 ニノは、空いている方の手で空の首もとを撫でる。きっと、襲うの意味も空には伝わっていないのかもしれない。相手に悪意は無くっても、自分を悲しませる結果なんていくらでも訪れるのだ。
 例えばこのまま、ニノが無理矢理空のシャツの中に手を突っ込んだり、ズボンのベルトを外したり、最終的に衣類を全部剥ぎ取って致してしまったり。キスまでに留めても、きっと大差ない。
 空に嫌われたくない願望と、目の前に絶好の機会が広がっているが故の欲求とを天秤に乗せてどちらが勝つか。前者が勝って欲しかったけれど、生憎ニノは思春期真っ只中の青少年だった。健全に、不健全なことに惹かれるお年頃なのだ。
 そして目の前で何も知らないような顔をしている彼だって、きっと自分と大差ないに違いない。だからニノは、躊躇っていた最後の一歩をあっさりと踏み出した。

「気をつけんと、空は襲われてしまうからな」
「だから誰に、」
「俺に」

 は、と呆けたように停止してしまった空ににんまりと笑いかけて、理解出来ないならば全て教えてやろうと空の唇を奪う。事故では誤魔化せない呆気ない親友という関係の終わりを嘆く思考とは裏腹に、しっかりと空のシャツをたくしあげようとしている右手に苦笑する。
 どうせもう、離してやれそうにはないのだから。そう腹を括って、段々と混乱で顔を青くする空の耳元に顔を寄せて、ニノは小さく「好きや」と囁いた。



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青の従犯
Title by『告別』




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