珍しくひとりで出掛けていた龍亞が、ようやく帰って来たと思ったら早々にプールのあるテラスの方へ出て行く音がした。騒々しいのはいつものことだけれど、いつもとは違い龍亞の足音や大声ではない物音が自室で本を読んでいた龍可の耳にまで届いてきたものだから、気になって様子を見に行くことにした。
 玄関から何かを引きずって運ぼうとした痕跡。しかしあまりの重たさに諦めたのか、龍亞の購入してきたものが点々とテラスへ道を作っている。その内の、一番軽そうな袋を龍可は持ち上げる。想像していた以上に軽いその中身を確認すれば、プラスチックの如雨露だった。

「龍亞?」

 室内から名前を呼ぶ。目当ての彼は、プールサイドにしゃがみ込んで、何やら作業をしているらしい。散らばった道具から、何となくその内容は理解できるけれどどうして急にそんなことをと不思議に思わずにはいられない。それから、大雑把な龍亞にはひとりでは無理だと肩を竦めてしまう。まるっきり無計画ではないのだろうが、取りあえず道具を適当に見繕ってきた感が拭えないのだ。
 兎に角このまま放っておくわけにはいかない。どれだけ龍可に無関係なことであろうが、同じ家に二人きりで暮らしている以上いつ彼女の方へと面倒事となって向かってくるかわからないのだ。今日は一日家でゆっくり過ごすはずだったのにと頬を膨らませながら、龍可は龍亞の元へと足を踏み出した。
 先程呼んだ声にも無反応だったし、こうして距離を詰めている間の足音にも一向に気付かない。大分熱中しているようだと感心もする。デュエル以外に、龍亞がこんなに熱を注ぐものなどここ数年龍可は見たことはなかったから。

「龍亞! 何してるの?」
「うわっ、何だよびっくりさせないでよ!」
「びっくりしてるのは私の方よ、これは一体何?」
「何って……ガーデニング?」

 土に汚れた手で頬を掻きながら、龍亞はバツが悪そうに笑った。


 二人で協力して、床に放り出されていた龍亞の購入物を外に運び出す。プランターや種、スコップや如雨露といった細々としたものに加え土や肥料まで子どもがひとりで出掛けて行って纏めて購入するのはどうかと思うと、龍可は苦言を呈す。それに、重たいものを買いたいのならばネットで購入して配達して貰えばいいのだ。小さい頃から二人で暮らし、また妹の身体が弱く殆ど外に出ないでいた為、普段の食料といった日常品はそのようにして購入しているではないか。

「だってそれじゃあやろうと思ったことがすぐ出来ないだろ」

 その僅かな時間の損失すら惜しいのだと、龍亞はプランターに土を入れていく。重たい袋を引きずったせいで開ける前から破れてしまったそれはプールサイドに転々と零れてしまっている。あとできちんと掃除をするよう言えば、龍亞はそれくらいプールの水で流しちゃえばいいなどと言う。どうやらここで作業を始めたのは水場が近い方から園芸作業がやりやすいと思ったからのようだ。プールの水は、どう考えても園芸用の貯水池ではないのだが。
 しかし始めてしまったものは中途半端に放り出すより完遂した方が後片付け的にもすっきりするというものだろう。龍可はもう諦めて、龍亞のすぐ隣にしゃがみ込む。手伝ってもいいかと聞くと、無言で横にずれて場を開けてくれた。

「何植えるの? 野菜?」
「龍可、そんな食い意地張ってたっけ?」
「龍亞に言われたくない!」
「怒るなよー! 花、花植えるんだ!」
「ふーん、種? 球根?」

 尋ねる龍可とは反対側に置いてあった袋から龍亞は「俺は種から育てたかったんだけどさあ」と残念そうに苗を取り出す。先程まで散々な荷物の持ち運びの痕跡を目の当たりにしていたので凝視してしまったが、どうやらこの苗は傷んではいないようだった。正直花をつけていないそれは一見雑草のようにしか映らない葉であったが、流石にきちんとお店に出向いて行ったのだから騙されたというわけではないだろう。葉っぱだけでは、龍可にはそれが何という名前の花であるかはわからない。

「これ、種から育てるの難しいんだって」
「そう、園芸なんてしたことないんだから、ちゃんと教えてもらえて良かったじゃない」
「そうだけどさー」
「ね、これ何て花?」
「ガーベラ。龍可どんな花か知ってる?」
「うん、見たことあるよ」

 それから暫く、二人は黙々と作業に集中した。双子だからだろうか、片方が苗を植える穴をこさえて、そこにもう一人が苗を置いて土を寄せていく。軽く肥料を撒いている間に、手の空いている方が如雨露に水を汲みに行く。龍可も作業中、ちょっとくらいならいいだろうと土で汚れた手をプールに突っ込んで洗った。
 作業自体大がかりなものではないので、そう時間を掛からずに終わったはずの作業は熱中したせいか随分と疲れた。今はまだプランターに葉が生えているようにしか見えない状態のそれを眺めて、二人は満足げにハイタッチをかわす。

「ちゃんと育つかな」
「大丈夫だよ、龍亞が早く育つようにって肥料や水を遣りすぎなければね!」
「何だよそれ! ……ダメになったら遊星に助けて貰えるかな?」
「流石に遊星も植物にまでは精通してないんじゃない?」
「あー、植物っていったらどっちかっていうとアキねえちゃんだよなあ」
「ねー」

 そんな会話を交えながら、二人はそよそよと風に揺れている苗をじっと見つめている。

「ねえ龍亞」

 どうして急に花の苗なんて植えようとしたのだろう。思い立って、ネットでの注文による荷物の到着を待つ数日の間すら惜しんで慌てるように。だって昨日までは、園芸に興味があるような素振りは微塵も見せていなかった。
 まだプランターをじっと見つめている龍亞の横顔はどこか遠くを見ているようで、しかし真っ直ぐでしっかりと焦点を持った真剣なものだった。龍可は、この瞳をしているときの彼を茶化すようなことは決してしない。

「――花なら、未来まで残せるかなって思ってさ」

 例えば、丹精にこの苗を育て続けたら、花が咲いて、枯れて、それからまた育てて、そんなことを繰り返して。龍亞が今自分より大人だと思っている仲間たちの年齢も追い越すくらい大人になって、お祖父ちゃんになって、天寿を全うするくらいになってもまだ育て続けて、数を増やして行って自分の子どもたちに世話を続けるよう頼んだりすれば。そうすれば、ずっと遠い未来にだって花ならば残せるのではないかと、龍亞は今朝目が覚めた瞬間に思ったのだ。そして思い立ったら、試してみなければならない。何もせずに立ち止まっていることは出来ない。希望を見つける為に、絶望に足を止めない為に。何か、ちゃんとやったよと証を残さなければならない。龍亞はずっと、アーククレイドルから帰還してからふとした折にそう考えてしまう。

「――誰に? 誰に残すの?」

 それはきっと、こんな小さな自分に希望を見つけてくれた人に。これからずっと先の未来に生まれ、今度こそ幸せな一生を掴み取るであろう人に。
 紡ごうとした名前は、その別れを思い出すと胸が詰まってしまって音になることはなかったけれど。そこは双子のシンパシー、言わなくてもわかることは沢山ある。聞くまでもないことだったと、龍可は空を見上げる。もしこのまま龍亞が泣き出してしまったとしても、私は何も見ていないと許すように。
 水遣りを忘れないよう注意するくらいはしてあげてもいいと、龍可は思った。



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せめてもう一度だけ
20150110

ガーベラの花言葉が『希望』だったような色によって違ったような…。



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