久しぶりに話した電話口で、そういえば今日お前宛てに絵葉書を出したよと言うと、エドは「はあ?」と呆れ果てたような声を出した。恐らく、電話の向こうで目の前に遊城十代という人間は存在しないにも関わらずひどく怪訝なものを見るような、ある種見下すような表情をしているに違いない。

「――そういうことはわざわざ言わなくてもいいことだ」

 こうして電話をしているのに、何をわざわざ葉書に書くことがあるんだと言いたいのだろう。もしくは折角葉書を出したのに何故わざわざ電話をしてくるんだということか。エドは十代よりも年下なのに、彼よりもずっと早くプロデュエリストとして社会に出て生きてきたせいか――分刻みの忙しい日々を過ごしているせいもあるだろう――、どうにも十代の遊び心というものを理解してはくれないのだ。例えばデュエルアカデミア時代、寮という場所で食事が出されることが決まっているのに、一日中海に釣り糸を垂らしている十代を非効率的なことをしていると言いたげに眺めていたように(そのとき十代は別に釣りが趣味というわけでも、夕飯のおかずを豪華にしていたいと思っていたわけでもなく、本当にただ時間を潰す為だけに海沿いの岩場に何時間も座り込んでいたのであった)。
 もっとも、十代は葉書も電話も遊び心で書いたり掛けたりしているわけではない。勿論未だにふらふらと世界中を練り歩いている彼を案じている仲間たちへの誠意というわけでもなく、大抵が気紛れだ。思いついたときに、目の前にペンと紙が都合よく揃ったときに、やけに目につく郵便ポストや寂れた公衆電話が寂しそうにぽつんと佇んでいるのを見つけたときに。十代は気紛れに、荷物を漁って一番に目についた誰かの連絡先に向かって元気にしているよと発信する。それは常に動き回っている十代には、受信しようのない返信を端から切り捨てた、一方的な繋がり方だった。身勝手で、それでいて、世界中で誰かしらが知りたがっている、十代からの短い近況報告。
 もう随分と長いこと旅をしていて、よほどのことがない限りくたばってはいないと誰もが信じてくれたのだろう――諦めたわけではないと誰もが言い張るので、そういうことにしておく――、飛び出したばかりの頃はあまりに消息の知らせが稚拙で疎らで突然で色んな人が安心したんだか怒っているんだかで如何にもお前という奴はというニュアンスで十代の言葉を受け取るものだから辟易してしまった。今ではもう、怒るエネルギーが無駄になるということをほとんどの人間が理解している。
 けれども何年経ってもエド・フェニックスという男は。十代は肩を竦める。

「呆れたもんだ」
「何が?」
「お前だよ。十代、お前に全体的に呆れてるんだ」
「そんなの、もうお前くらいだぜ」
「だったら尚更だ。お前がふらふらしている限り、僕は絶対に呆れ続けてやるからな」
「変な決意するんだなあ」

 真面目な奴だ。他人に賞賛され、まやかしでもない確かな実力を持っているエドは、一時復讐や友情に絡み取られていてそれでもずっと地に足を付けて一歩一歩を踏み出して歩いている。十代のように駆け抜けて、立ち止まって、ちょっと歩いて、また一足飛びで駆け抜けてという気儘なペース配分では、きっとエドは生きていけない。そして十代もきっと、エドのようには生きていけない。属する場に、繋がる人間に、費やしてきた時間に、その全てにただただ真摯であることはもう、十代にはできないのだ。
 だからだろうか、十代はエドのことが好きだ。生きる世界が違うと割り切ってしまった者同士の安心感。遠くに行かない出と縋ることもない、追いつこうと手を伸ばすこともない。ただ一時の邂逅で、一生忘れることはないとそれだけが確固で、あとはもう隔絶された場所から他愛ない言葉を投げ合うだけの関係。気楽でいい。立ち止まらないと決めたから、デュエルモンスターズの精霊が見える自分と、その力を生きていくことで端に寄せない道を選んだから、どうしたって大衆の中で埋もれるように息を潜めて生きていくことは難しかった。体質からして少数派なのだ。それでも性格ゆえに生きにくいと感じたこともないけれど。
 かつてエドは、十代が彼の友を救ってくれたことを本人の前では口にしないものの恩に感じていて、それはエド自身救われた部分があって、十代が本当に躓いて、俯いて、もう到底立ち上がれやしないと塞ぎ込んでしまっていたときに今度は自分の番だとその両腕で必死に十代を守った。それは犠牲という強いられたものではなく、意思を以て選択した結果なのだから、十代が気に病む必要はないのだと。それでも彼が気にしてしまうであろうことは、もうちょっとエドが消えてしまうまでの時間があったら思い当たっていたのだろう。そうだとして、他に言いようもなかったから全てが片付いたことになってからエドは何の訂正もしていないし、十代がその頃の話を積極的に持ち出すこともない。
 斎王とのときもそうだったが、エド・フェニックスの友情は派生する場所が少ないせいなのか如何せん繋がった途端やけに献身的なのだということを、当人は勿論受け取る側が真剣に考えたことがないものだから、十代はエドの友情を真面目だなんてちょっと見当違いな言葉で表現し、こうして電話越しに苛ついた声を享受している。
 怒られるのが好きなわけでは決してない。ただ、エドが自分に憤慨しているのを確認すると、ああそうだ自分は彼に呆れられている遊城十代だとちょっとした身元確認が出来る気がしてほっとするのだ。同じくらい、よく気力が持続する物だと呆れ返したくもなるのだけれど。

「なあ、俺、今日お前宛てに絵葉書を出したよ」

 もう一度、話を冒頭に戻した。エドもまた同じように「はあ?」と呟く。そしてそれから、これ見よがしに溜息を吐いた。

「どうせ何も書いてないんだろう?」

 本当に、絵葉書を出しただけなんだろう。エドの名前と住所だけを記して、あとはその紙切れ自体が息災の証書だと言わんばかりに文字ひとつ書いていやしないんだろう。
 その簡潔な理解が、無駄のない真摯さが、十代はとても好きなのだけれど。それはまあ、どれだけ葉書を送っても電話を掛けても面と向かって話し合っても伝えきれるものではないだろうなと、漠然と知っているので。

「まあとにかく、俺は元気でやってるよ」
「そんなことは声を聴けば直ぐにわかることだ」
「ははっ! そっか!」

 本当にいつまでもエドは自分に呆れ続けているのだろうか。そんな馬鹿げたことを確認する為というわけではない。ただ時々で構わないから、こんな風に細々と言葉を交わせればいい。
 こんな十代の願望も、エドに言わせればほぼ一方的な通信手段しか持っていないお前が言うなと叱ってくれるのだろうけれど。やはり十代は怒られることが好きなわけではないので、電話口の向こうで「聞いているのか十代!」と怒っているエドにただ「聞いているよ」と返事をした。
 何故怒っているのかは実は、よくわかっていない。



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何か、君に、届けられればいいのだけれど。
20141221



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