根無し草というには背負ったものも繋がっているものも随分と多くて、気楽さ共々難儀でもあるのだが遊城十代の足取りはいつだって軽い。突然降り出した天気雨に、先日移動手段に電車を使った際車内に置き忘れてきたことを思い出した。それすらも、更に以前にドシャ降りの雨の中傘を差さずに歩く姿を見兼ねた通りすがりの親切な老人に譲られた物であった。
 肩に掛けるずた袋の中にはノートパソコンといった精密機器も入っているはずだが、その辺りには無頓着に雨の中を進む。時折顔を合わせる嘗ての同窓の仲間たちは、十代に携帯電話を持たせようと画策しているらしい。以前は学生証が通信手段の代わりにもなっていたが、卒業して島を出てからというもの十代と連絡を取りたいと思ったら、まず仲間たちに片っ端から連絡を付けて最後に十代と接触を持った人間を割り出して運が良ければそこから最短の足取りをたどる。或いは十代のノートパソコンにメールを送って、彼がそれに気付くのを待つだけだ。基本的に、十代はそのパソコンの電源をつけないので、夏の初めに送ったメールの返信が秋の終わりに返ってくるということもざらにある。それでも、誰の心の中からもその存在を消さないのが遊城十代という人間でもあった。
 携帯さえ持っていれば、今よりはずっと連絡が取りやすくなるはずだと誰もが思っている。そんな、滅多に用事があるわけではないだろうに。十代は、足並みを揃えるような仲間たちの進言に、いつも肩を竦めて、けれどはっきりと要らないと答えるようにしている。どうせ充電が切れてそのまま放置するに決まっているのだからと、十代は取り合わない。仲間たちが四六時中連絡を取りたいわけではなく、連絡がつくという安心する条件が欲しいだけだということは、何となくわかっているのだけれど。そういう繋がり方を、枷とは言わないけれど。たぶん、自分の行くあてのない道筋をただ軽快に、迷わずに進んでいくのなら、今まで通りが一番いいと十代は思っている。その理由を説明してくれと言われたら、十代は上手く言える自信はないけれど真剣に答えようとするだろう。 ――オレは、お前たちに甘える気はないのだと。


 ポケットに何日も突っ込んだままだったメモはぼろぼろで、メモされていた番号を読み取るにもひと苦労だった。街と街を結ぶ丁度中間あたりだろうか、人も車も滅多に通りかからない道にぽつんと設置されている公衆電話は果たして使えるのかも怪しい代物だった。
 どうにか正しい番号を押せていたらしい。事務的な、平坦な声が十代の耳に届く。流暢な異国語で告げられたホテルの名前は生憎聞き取れなかった。視線をついとこれまでの進行方向に投げる。この声は現在の目的地である街から届いている。取り次いでもらった相手は、電話を掛けてきたのが十代だと知るととても驚いた声を上げて、けれどすぐに喜びを露わにして、十代がこれからその街へ行くつもりだと告げると、それはもう嬉しそうに待ってると言った。それがちょっとだけ十代を怯ませたけれど、本当に小さな感情の揺れだったので、ただ相槌を打つだけの声からは相手も、十代すらもその揺れに気付けなかったほどだ。

 ――街に入れば直ぐにわかるから。兎に角中心を目指して歩いてればいやでも盛り上がってる一角があるから、その中心のドームが会場! 間に合いそうか?
「ああ、明日の朝には街に入れる。しっかりな、ちゃんと寝ろよ」
 ――おう! 十代こそ寝坊して街に入ったらもう俺の出番が終わってたとかはナシだぜ!
「ああ、ああ。わかってる。じゃあな」

 受話器を置いて、息を吐く。取り出した、ホテルの電話番号が書かれたくしゃくしゃの紙を仕舞い直すことはせずに十代は荷物を持ち直す。電話では目的地に朝には着くと行ったものの、それは食事や睡眠時間を換算しないで歩き続けたらの場合である。そしてここから目的地まで身体を休めるような他の街はないので、どちらにせよ十代が取る休息はわずかなものだろう。
 天気雨は、まだぽつぽつと降り続いている。
 偶々進行方向の上にある街で行われるデュエルモンスターズの大会に、友人が出場すると知ったのは数日前に十代が発った街に貼られていたポスターに彼の名前が書いてあったからだ。世界でたった一人しか使い手のいないデッキを持つ友人は、確かに客寄せにはもってこいだった。実力も伴っていることもあり、どれだけ大勢の観客が彼に視線を送ったとしてもその期待を裏切ることはしないだろうし、押し潰されることもない。
 期待。その言葉を口の中で転がすとき、十代は懐かしくて、胸が痛くなる。どちらかといえば、苦い記憶。向けられた期待には、応えたいと思っていた。応えてきたことを、得意に思ったことはないけれど。それ以上に侮っていたことを、十代は怒鳴りつけられるまで気付けなかった。自分の気持ちばかりで走り続けて、色々な物を置き去りにして何も見えなくなってしまった。十代を見失ったのは、彼の友だちの方だったかもしれない。だが友だちの方を失う以前に顧みなかったのは十代だ。落胆されて、失望した。友も、十代自身も。昔の話だと微笑んで記憶のページを捲ることを終わらせる度、十代は不思議に思う。色んなことがあったけれど、それでも自分は友が、仲間が大好きだ。でもだからといって会いたいと願い行動する気が微塵も起きないのは何故だろうかと。
 ――わざわざあんな奴に会いに行くのかい?
 十代の中で大人しくしていたユベルが問う。声に若干の不機嫌が滲む。

「あんな奴じゃないぜ! どうせ最初から立ち寄ろうと思ってた場所なんだ、そんなへそ曲げるなよ」

 歩き出した十代を、後方からやってきた自動車が追い抜いて行く。タイヤが飛ばした泥水がズボンにかかったけれど気にならなかった。
 久しぶりに会う友は、きっと再会と同時に両腕を広げて十代を抱き締めてくれるだろう。歓迎と感動の言葉をくれるだろう。そうしたら、自分は何と言えばいいだろう。時間の経過で言えば確かに久しぶりなのだが、湿っぽいのは苦手だときちんとした挨拶を交わさずに別れた手前、誰と再会するにしても大仰なこともまた十代は苦手なのであった。気楽に出迎えて欲しい。ちょっとだけ手を上げて、元気そうだなの一言くらいで充分なんだ。けれどそれは、十代が言うと大抵の人たちに怒られてしまうから、言わない。

「どんだけ離れてても、どんだけ時間が経っても、全然長いこと会ってなかった気がしねえって言ったら、やっぱり勝手なこと言うなって言われるんだろうなー!」

 盛大な独り言だ。空を仰ぐ。荷物の重量の半分以上を占めているのではと疑わしいファラオの腹の中から、「そりゃあそうだにゃあ」と肯定の声が返ってくる。ユベルは黙っている。十代の友だちとの距離感については、全く興味がないのである。そして十代の友だちたちも、きっと知らない。十代がどれだけ彼等のことを好きだったか。重たいものを背負って、向き合うべきものの優先順位が口にしないでも確かに存在していた。仲良く遊ぶだけでは駄目で、十代の背負った力とそれに伴う使命は誰とも分かち合えるものではなかった。それでも、こうして自由になって外に飛び出して、必要最低限の荷物しか持ち合わせていないように見えたとしてもそれでも。心の中に積み重ねてきた年月が、十代の中から消え去ったわけではないことを、その幸せを、彼のことが大好きだからこそ多くの人が知らないままでいる。

「――虹だ」

 いつの間にか、雨は止んでいた。陽が沈むまでに、濡れてしまった髪や服も乾くだろう。風邪をひくからきちんと拭くよう注意する人はいない。全ては十代の気の向くまま、探し物はまだ見つからない。帰る場所は定まらない。けれど今は。

「架け橋って奴かな!」

 空に架かる虹が、これから十代が向かう街へと続いているように映って、思わず笑ってしまう。心が逸って、いつの間にか走り出していた。
 「待ってろよー!」と叫びながら駆けていく十代の先にある街で待っているものが明るいものだと照らすように、雨上がりに差し込む日の光で、世界は煌めいているようだった。



―――――――――――

何度出会えばいいのだろう
20141215



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -