相棒学園は広大である。それは敷地面積にしてもそうだし、生徒の数や、初等部から大学部まであるという規模に関してもそう。そのことを理解した上で、牙王は何となく――きっかけも何も心当たりはないけれど――、斬夜と同じクラスになってみたかったなと考えている。牙王は思慮深い一面があるし、観察眼も優れているけれど、あくまで自分の土俵からしか相手を観察できないのであって、最終的には自分の意思が真っ先に表立ってくる。だから、斬夜に打ち明けても恐らくは「今更論じても仕方ないことだ」とか「君と同じクラスになろうとなるまいと何も変わらない」だとか、素っ気ない返事が降って来ることは予想できたとしても牙王がその、斬夜の誤解されやすい表層の冷たさに怖気づかず、かつ聞いてみたいと思ってしまったら、その気持ちは既に彼の口から飛び出しているのである。

「俺、斬夜と同じクラスになってみたかったぜ」

 前置きがまるっきりないというのも問題だ。牙王の中だけで繋がっている言葉への階段が、他人である斬夜に通じるはずもない。それでも、彼は横目に牙王を見遣ると直ぐに視線を前に戻した。牙王と斬夜は、校庭の脇に設置されたベンチに子ども二人分ほどの距離を挟んで並んで座っていた。斬夜の視線の先には校庭で遊んでいる初等部の生徒たち、その中でもひときわ元気よく跳ねまわっているそれぞれの弟妹と、その小さな怪獣たちに振り回されている各々のバディモンスターへと注がれていた。
 斬夜の視線を追い駆けて、月影はともかくドラムはそろそろ限界だろうかと牙王は心の中でエールを送る。駆けつける気は、悪いがまだ湧いてこなかった。

「――同じクラスになったからといって、もっと早くライバルになれていたというわけでもないだろう」

 斬夜の返答は、牙王の予想よりも優しくて、それでいてやはり正論だった。バディファイトが盛んで、自身もその専門コースを選びながら学年ランキング1位の斬夜のことを、牙王はABCカップに出場するまで全く知らなかった。本人に打ち明けても、気を悪くすることはないだろうが、牙王はこの件に関しては口を噤んでいる。正確に言えば、自分の無知に関して考え込むとどうしてもある人物のことを考えてしまって、上手く言葉を操るまでに行かないのだ。バディレアのドラムを引き当ててから何かと世話になっている爆やくぐるにも頻繁に呆れられてしまう牙王の無知がどこから始まったかなんて、それは当然牙王自身の姿勢に問題があるのだろう。そこに立っているだけで凛とあり、目に映り手が届く場所で太陽番長として力を発揮しながら日々を暮らしていた。必死に、貪欲に、強くある為に――幼くしてそういった欲を出来るだけ抑え込んで来た牙王には人柄に触れる以前に人の輪に対する関わり方が違ったのかもしれない。
 斬夜の言う通り、彼と同じクラスになっていても牙王は今のように親しくなれなかったかもしれない。斬夜と同じ教室ではドラムを引けなかったかもしれないし、チームバルソレイユを結成することもなかったかもしれない。だから結局は、今ある姿に辿り着いた道が一番良かったのだと思う。そう納得はするのだけれど、想像するのは自由だとも思ってしまうわけで。

「でもノボルと同じクラスにならねえと、俺ほんとに他人と関われなかったしバディファイトも始めてなかったかもしれねえんだよな」

 またしても前提の壁が立ちはだかって、牙王は空を仰ぐ。楽しい想像をするには、牙王の中で最高の出会いと名付けられている虎堂ノボルとの記憶に細工をしなければならないようだった。
 初め、聞き分けのない牙王の想像に現状に何の不満があるのかと尋ねようと口を開きかけていた斬夜はしかし相手の口から飛び出した虎堂ノボルの名前に思わず身体を強張らせてしまい、慌てて視線をまた弟たちの方へと戻した。
 牙王に出会うまで、ライバルなどいないし必要ないと思っていた斬夜にとってバディファイトの学年ランキングは己が保持する数字が1であればそれ以外には興味がなく、2位以下がどう変動しようが知ったことではなかった。それでも外に無関心では上に立つことも出来ないと思っているから、情報として自分のすぐ後ろにいた2位にランクインしていた人物こそが虎堂ノボルであることを斬夜は覚えている。覚えているけれど、それは本当に文字としての情報でファイトの記憶ではない。斬夜はノボルとファイトすることはなかった。周囲の評判は、二人が直接ぶつからないことで斬夜に煩わしい――ファイトすれば斬夜の現在地はあっさりと崩壊するといった――嫌疑をかけなかったし、相手も1位になりたいだとか、その為に斬夜を引きずり落とそうと躍起になっていたわけでもないようだったから放っておいた。
 そんな無関心を装いながら、斬夜はしかし無意識に自分より下位のノボルを侮っていたのかもしれないと自省を促す。どうしてか、牙王はいつの間にか虎堂ノボルについてひとしきり語り始めており――冒頭随分と聞き逃してしまった――、その瞳の輝きを見る限り牙王のノボルへの親しみは彼を取り巻く友人たちと比べてもだいぶ深いものがあることがありありとわかる。それを、牙王とノボルの間にあった出来事など全く知らない斬夜が訝しむのはおかしなことだ。そして訝しむのは、素直に言葉にして伝えることは出来ていないけれど、牙王をとっくに自分のライバルと認めた斬夜が、それと同じようにはノボルのことを評価していないからだ。いつの間にか牙王への心象を上方に持ち上げていたことが恥ずかしいのか、直接関わったことのないノボルを下方に持ち下げていたことが恥ずかしいのか、兎に角斬夜は牙王の顔を見ないようにして気持ちを静めることに努めた。

「だから、ノボルが声かけてくれたから――」

 牙王の話はまだ続いている。

「タスク先輩に会う前に、ノボルが竜騎士の方がドラゴンより強いって言うからドラムが――」

 ああ、そういえば彼は竜騎士中心のドラゴンワールドデッキを使用しているとデータで見た。
 斬夜の気持ちが落ち着いてくる頃、牙王の話題も一通り語り尽くされたのかそもそもの話の発端へと漸く戻って来ていた。
 ――斬夜と同じクラスになってみたかった。
 その申し出は少しだけ嬉しくて、あとは牙王のノボルへの感謝や思慕、再会への希求を積み重ねられてしまったあとでは同調して願うわけにはいかない、そんな言葉だった。
 ――僕はたぶん、牙王をドッジボールには誘わないだろう。
 そもそも、クラスメイトに慕われて輪の中心にいるような人間ではなかったから。
 ――僕はきっと、牙王がバディファイトを始めるきっかけもならない。
 乞われても、他人の面倒を見るほど友だちという存在を重んじて来なかったから。初心者に心を配るには、斬夜は随分と昔に強くなることを選び、その為に日々邁進する自分であることを望んだ。そんな斬夜の日常にある日突然現れた牙王は、やはり今こうして目の前にいる彼でなければならなかったのだ。
 だから。
 斬夜は深呼吸する。だから、そう自分に言い聞かせながら。語るなら、過去のもしもよりも自分の手で変えようのある未来の話がいいだろう。それなら、斬夜にだって牙王と関わっていく上で願ってしまうことが幾つかはあるのだ。同じクラスになってみたかったよりも、同じクラスになれればいいなくらいの、他愛なく希望に満ちた言葉の方が斬夜は子どもっぽくも嬉しいと素直に感じることが出来るだろう。
 そんな足もとに転がっている話題の方向を変換するギアに、上ばかり見ている牙王は気付かないのだから仕方ない。深呼吸を溜息に変えて、眼鏡のブリッジを押さえて斬夜はあくまで牙王の願いを叶えられる可能性があるならばといった体で慎重に言葉を選んで、紡いだ。

「中等部に上がったら、同じクラスになれるかもしれないな」

 斬夜の声に、牙王はぴたりと一瞬停止して、それから恐ろしい速さで斬夜の顔を見た。驚いて、固まってしまう斬夜に、牙王は彼の発想はとても素晴らしいと言わんばかりに、自分ではとても気付くことができなかったと、身を乗り出し、二人の間に挟んでいた距離などものともせずその背中をばしばしと叩いてくる。感動しているのはわかるのだが、痛い。

「中等部で駄目なら、高等部でなればいいよな! それでも駄目だったら――あ、大学ってクラスとかないんだっけ?」
「お前――随分先まで当然のように一緒にいる前提で話を進めるんだな」
「? そりゃあそうだろ、ダチは一生ダチなんだからさ!」

 そこからまた羅列される牙王のダチの名前に、今度は端からわかっていたさと斬夜は肩を竦めるだけだった。そして考える。
 牙王の言う通り、初等部から大学までこのままライバル――もといダチ――という関係のまま彼の傍に居続けることが出来たとしたら、自分もいつから先程虎堂ノボルについて滔々と語り続けたのと同じくらいの輝きで牙王の中に根付くのだろうかと。
 ――現状に甘んじていては、全てが不確定だな。
 そう、直ぐに現在と未来を踏み出すことのない現状から弾きだした仮定を打ち消した。牙王のことだから、これから先バディファイトを通じてどんどんダチは増えていくだろう。友だちとライバルの細かい違いは斬夜にはわからないけれど、自分と同じように牙王からライバルだと宣言されて、戸惑いながらもファイトする内にその気持ちを受け取ってしまう人間も現れるだろう。
 そうだとしても、斬夜は牙王のライバルで居続けられたらと思っている。それがやがて意思になって、実行されて、未来に辿り着いていればと思う。時間はある。何せ大学部まで存在しているので。
 今度は斬夜が空を仰ぐ。牙王の妹が「兄ちゃーん!」を呼んでいる。お守りとして遊び相手に選ばれたドラムは地面に伏している。牙王は手を振るだけで腰を上げない。それが隣にいる斬夜を置いて行かないための選択だとは、この時はどちらも気付かなかった。
 相棒学園は、今日も明日も広大だ。



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同じ檻に暮らしたのはいつだった
Title by『3gramme.』


20141010


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