※未来捏造注意(高校設定)




 一定の速度を保って進む電車の音と振動がタスクを揺らす。車内に乗客はタスクと牙王の二人しかいない。他の車両にはいるかもしれない。しかしその気配を感じ取ることはできなかったしどうでもよかった。三両編成の車両も、駅間の距離が開いている路線も、超東驚という都会でバディスキルにより空を飛びまわっているタスクには初めて目にし、触れるものだった。はしゃぎはしなかったが、物珍しさはあった。四人掛けのボックス席の窓をひょいと開けた牙王に、電車の窓とは開くものだったのかと尋ねることはしなかった。何故だか笑われてしまいそうで、気恥ずかしい。駅名はとうにタスクの知らない地名へと変わっている。超東驚を出てしまえばどこも田舎だと言いきる牙王のそれはいささか極論ではあったけれど、二人で向かう場所が都会よりは田舎と称される場所であることは間違いないだろう。牙王が連れて行ってくれるという招きに全てを委ねて、タスクはバディポリスになってから初めて海へ遊びに行こうとしている。
 かつては頑なにSD化を拒んでいたジャックが、いざなってみればそれほど悪くはないものだと融通を利かせるようになってから随分と時間は過ぎ去って。今ではSD化した状態でタスクの横の座席に大人しく収まっているのだから年月というものは侮れない。持ち込んだ菓子類は粗方牙王とドラムの腹へと押し込まれ――ドラムはこれまでにも牙王に連れ回されたことがあるのか、電車による旅路にも騒ぐことなくただ遠出となるとお菓子や弁当といった食べ物の制限が緩くなるのが素晴らしいと顔をほころばせていた――、今は全員がなんとなく口を噤み窓の外へと視線を投げている。風景はいつの間にかのどかと呼べる雰囲気に包まれていた。
 コマンダーIに三カ月も前からどうしても三連休が欲しいのだと掛け合って、それからの二カ月はこの牙王との海への小旅行の為にひたすらシフト調整に心血を注いだ。テスト期間が被っていたこともあって、コマンダーIや滝原はタスクの望みどおりにしてやりたい半面学生である以上最低限の学力は維持させなくてはという大人らしい義務感で、せっせとクリミナルファイターをひっとらえてくるタスクの様子にやきもきしていたらしい。やはりまだ学生という身分は子どもという現実をタスクに連れてくる。それも今では悪くないと思える瞬間があるのだから、せめて牙王といるときくらいは焦らないでいたかった。そんなタスクの緊迫の三か月間を、牙王はあっさり「バディポリスは相変わらず忙しいんだなあ」と笑顔で言いきってしまったけれど。その笑顔が、タスクは寂しいと思ってしまったなんて口が裂けても言えなかった。


 降り立った駅は無人で、切符を通して改札を抜け出た構内は差し込んでくる夏の日差しの眩しさに比べて幾分涼しかった。これは人気のない寂しさの温度だとタスクは腕をさする。慣れているのか牙王は先に駅を出て、タスクを手招きする。鮮烈な陽光に晒されている姿に一瞬目が眩み、見失ってしまいそうだと小走りで駆け寄った。駅の外へと出てしまえば、容赦のない熱気がタスクを包んだ。数分も歩けば浜辺に出るだろう。見える海と潮の香りに心が弾んだ。

「ちょっと歩くぜ、タスク先輩」
「はいはい」

 荷物を肩に掛け直し、歩き出す牙王の背を追う。彼は何度か、未門流合気柔術の門下生たちと夏の旅行でこの地にやってきたことがあるらしい。宿はその伝手で取ったそうで、代金もなかなか良心的らしい。相場を知らないタスクは、ただ牙王に提案されたプランにことごとく頷くことしかしなかったけれど。

「――わあ、」

 細い路地を抜けて海沿いの道に出た。首元まである防波堤の向こう側に海が広がり、進行方向遠くへ視線を投げれば海水浴場らしく多くの人影がうごめいていた。眩しさに、つい目を細める。

「海だね、牙王くん」
「そりゃあ海だろ、タスク先輩」
「ぼく、海って久しぶりだなあ」
「先輩の久しぶりって、随分昔のことが多いよな」
「そうだね。バディポリスになるより前の話だから」
「ほんとに昔じゃねえか!」

 タスクの楽しげな声に、先を歩く牙王も笑いながら振り返るなどする。
 かつて最年少バディポリスとして一日も早く大人になりたいと願っていたタスクが過ごしてきた時間の中に、海で遊ぶ時間は不要なものとして選択されてこなかったらしい。牙王はいつかのタスクを振り返って、それはそれでタスクらしい生き方だと思う。けれどこんな風に、誘ってさえしまえば簡単に――タスクの方はこの日の為に過密な日々を過ごすことになったとしても――ここまでやってくることができるのだ。だから不思議にも思うのだ。牙王よりも多くの物を切り捨てて、それでもひとつ年上の先輩という事実のまま自分と歩いているタスクは果たして大人なのか、子どものままなのか。牙王の目にはいつだって自分よりしっかりした子どもと映るのだが。
 牙王は自分のことを子どもだと思っていた。いつかは大人にならなければならないだろう。しかしそこに至れない内は、堂々と子どもを名乗っていてもいいはずだと。だから、タスクの代わりに勤め上げたバディポリス見習いの座は未練もなくしかるべき時に辞した。たぶんあのまま続けていれば、正式なバディポリスになれたのだろう。勝率だけで言えば、牙王はそれこそ申し分なかった。それでも性に合っていないことも事実で。百鬼の問題が片付いて、これからもバディポリスの仕事を続けていればいずれクリミナルファイターの相手をすることになっただろう。バディファイトやバディモンスターを犯罪に利用することは牙王だって許せないし、善か悪かで断じるならば悪と呼ぶだろう。ただやはり、牙王がバディポリスという組織を描く時に真っ先に指針にしたタスクのことを思い出すと、彼ほどの熱意を持って正義を成すという志は抱けなかった。正義の味方より、できるだけ弱い者の味方でいたかった。弱い者の味方より、太陽番長になって全ての人の心を照らしたかった。子どもの理想だと、牙王は自分でもわかっている。それでも諦めきれないから、牙王は世間の目が注がれる表舞台から去ったのだ。きっと、タスクが主人公の、彼が戦い続ける物語。
 牙王はタスクが一生気付かなければいいと願っている。彼は立ち去れないということに。だって立ち去れないから。主人公だから。求められれば、自分は舞台袖にでもひょっこり顔を覗かせることもできる。しかしタスクにはできない。舞台の幕が下りるまで。太陽だって沈むのに。ヒーローは絶えず世界に在り続けなければ。

「ねえ牙王くん、何だか変な感じだよね」
「ん?」
「二人で――いや、四人でかな、とにかく、こんな風に一緒に遠くに来るなんてさ」
「そりゃあだってタスク先輩が忙しいからさ、俺だって誘うタイミングくらい考えるぜ」
「うーん、そうじゃなくてさ、わかるでしょ」
「…………」
「ぼくら二人して、随分変わったから」

 波の音がする。しかし二人の間には沈黙があり、牙王は思慮深くあろうと足を止めてタスクの赤い瞳を見た。悲しい話ではなく、不安げな様子もない。二人して変わってしまったのは、きっと出会ってしまったから。何かを得て、何かを損なって人は進み、変わる。それはただの事実であって悲劇や喜劇ではない。諸々の感情が思い出に付随して色を添えたとしても。
 ただ牙王はタスクに気付いて欲しくないと願いながら同じように分かって欲しくて仕方なかったのだ。タスクと出会ってから牙王も多くのものを得て、或いは損なったかもしれない。しかしそれは瑣末なことでしかなくて、タスクを取り巻く世界の完璧さこそが重要であるのだと。世界は時折、タスクを中心にして回っていることを。
 けれどそんな、人類の平等を謳い格差を嘆き上昇志向を前向きと捉える世界の中でタスクが特異に見えることなどどうして言葉で説明することが出来るだろう。よりにもよって牙王が。彼がたった一人ライバルだと認めてくれた、手を差し伸べてくれた、彼をダチだと真正面から言い放ち道を違えたときでさえぶつかることを迷わなかった、そんな自分が。
 だから牙王は何も言わない。言わなくても、タスクの傍にいることは出来る。

「宿についたらさ、海に行く前にファイトしようぜ」
「もちろん!」

 これまで二人の傍で黙って会話に耳を傾けていた二体のバディの居住まいが心なしか正された気がする。
 友達とかライバルとか、今となっては元同僚だとか。どれだけ自分たちの関係を呼び表す言葉があったとして。それで充分満ち足りているじゃないかと、牙王は思う。
 海に感嘆していたときより心なしか浮足立っているように見えるタスクの為に、牙王は心なしか歩調を速めて再び宿への道を歩き出した。
 煌めく海の誘惑は、まだ始まったばかりだった。



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僕たちはくすんでいく
Title by『さよならの惑星』
20150617



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