※牙風要素有


 未門牙王は、自身がドラムというバディを得るまで周囲にモンスターとバディを組んでいる人間を見たことがなかった。だから、人間とモンスターのバディとして在るべき理想の姿というものを描いたこともない。自分たちの――例えば、プリンを無断で食べたからといってバディ解消だと家出をしたり、たこ焼きをどちらが多く食べたかで道中延々と喧嘩をしていたり、修行してくるといって突然姿を消してしまったりといった――関係が不適切だとも思わない。バディファイトを始めて、それからたぶん、バディレアのカードを引き当てたことで龍炎寺タスクがコアデッキケースを届けに来てくれた日から、牙王の周囲は随分と賑やかになったのだと思う。出会う人、ファイトする人、見まわしてみれば全国からバディファイトの優秀なファイターが集まるという相某学園には、バディモンスターを引き連れている人は大勢いるのだ。ただ授業中にバディを出現させていることが校則に違反するので校内ではそもそもカードのまま大人しく待ってもらっている人が大半だ。人間サイズであれば、生徒たちに怖がられることもないので構わず一緒に行動することも出来るのかもしれないが。牙王はカードにドラムをカードに戻さずに、割と自由に行動させている。昼休みにたこ焼きの匂いを嗅ぎつければどこにいても駆けつけてくる。不安は特になかった。

「あたしのブレイドはねー、大人しくしててもうるさいの!」

 富士宮風音は、うんざりしたように、それでいて楽しげに彼女のバディをそう評した。風音のバディ、ブレイドウイング・フェニックスは心外な評価を受けたと言わんばかり、抗議の声を上げようとSD化した際の定位置である彼女のフードから勢いよく飛び出した。そして風音の前へ回り込むと、そう来ると思っていたと言わんばかりの手際の良さで抱え込まれる。逃げる隙もなく、風音はブレイドを牙王の胸に押し付けた。反射的に受け取ってしまう。予想外の風音の対応に、ブレイドは彼女と牙王の顔を交互に見上げ、それから大人しく彼の腕の中に収まることを選択したようだ。そのことに、風音は「うんうん、」と満足げに何度も頷いている。

「授業の内容なんてわかってないはずなのに、ブツブツ叱りつけてくるんだよ」
「それは風音が授業中に寝ようとするからです!」

 風音の、ブレイドはうるさいという言い分の根拠に、それはやはり彼女に非があるからだと言い募りたいブレイドは彼女のフードを飛び出したように牙王の腕の中から出ようとする。しかし今度は牙王が反射的に彼を逃がさないよう抱え込んでしまい、ブレイドは唸りながら、牙王の腕の中で収まりのいい位置を探して身体を揺らした。そのことに、やはり風音は「うんうん、」と満足げに何度も頷くのである。
 牙王には彼女の満足する理由はわからなかったけれど、珍しい羽毛――といっていいのかはわからないが――の感触が気持ち良かったので、もう暫くはブレイドを抱えていることにした。ドラムを抱えようとするよりも、ずっと簡単な重さだ。そのドラムは、大人しく牙王の腕の中に収まっているブレイドをじっと見上げている。

「風音はブレイドを学校では出してないんだな」
「うん、だってブレイド鳥だもん、あたしの見てないところで猫とかに襲われたら大変!」
「ブレイな! 野良猫に負けたりするはずがないでしょう!」
「でもお前、美味そうだもんな!」
「ブレイ者!」

 牙王の隣を歩きながらなかなか会話に入ることができないでいたドラムが、ブレイドの味を想像したのかよだれを垂らしながら瞳を輝かせる。同様の発言をして一度痛い目にあっているはずなのに、覚えていないのだろうか。単純に食欲に体が正直なのかもしれない。
 風音はドラムの言葉に「ブレイドを食べないでやってー」とおどける。牙王と風音は歩きながら会話をしているのだが、彼女の足取りは軽快で落ち着きがない。牙王の、ドラムを挟んだ左隣を歩いていたと思ったら、会話の勢いで牙王の道を塞ぐように前に出るし、それから右隣へと位置取りを変えていたりする。そんな彼女を視線で追うように話しながら、牙王もついドラムに「お前、ブレイドを食うなよ」と釘を刺してしまう。プリンやたこ焼きを美味しいと腹いっぱい食べているドラムが、知り合いのバディモンスターをたいらげるとは思っていないけれども。案の定、ドラムは三人から総攻撃を受けたことに怯むよりもへそを曲げてしまったようだ。

「食わねえよ! そんな不味そうな奴!」

 主張が直前と早速食い違っているが、とにかくドラムはそっぽを向く。単純な奴だなと、牙王はどうせたこ焼きをちらつかせるか、バディファイトを始めてしまえば直ってしまうバディの機嫌の動きの短絡さに動揺することなく「冗談だって」とフォローを入れる。怒っているわけではないのだと、風音たちが勘違いしないように――失礼な物言いをしたのがドラムからだとしても――気にしなくていいと伝えようと、ドラムに落としていた視線を彼女の方に向けた。すると風音は、またしても「うんうん、」と満足げに、今度は腕組みまでして「わかるよドラムさん!」と言いきってのけた。

「ずばり! ドラムさんは番長さんがブレイドを大事そうに抱っこしているのが気に入らないのだ!!」

 漫画だったら、ずばーんとか、どどーんとか、効果音と集中線が引かれていそうな勢いと光景だった。これ以上の名推理はあるいまいと言わんばかりの笑顔で、風音はドラムを指差している。

「番長さんのこと大好きなんだね〜」

 そう、風音は足を止めてドラムの前にしゃがみ込む。それから、ドラムの鬣を優しく撫でた。三回ほど撫でてから、風音は「撫でて良い?」とドラムに確認を取り、もう意味がないその問いに、しかしドラムは反論することができないだろうなということが牙王にはわかる。至近距離で、微笑む風音を怒鳴りつけることはきっと難しい。
 ――仕方ないですねえ。
 想像したドラムの心の声は、しかし牙王の腕の中で未だじっとしているブレイドの声で再生された。バディであるブレイドだって、風音の無邪気さの間合いにいては最後にはこう言うしかないのだ。そして風音にぶつかりそこねたドラムが方向転換して逃げてくる場所は、いつだって牙王でしかありえなかった。

「別に牙王のことなんか好きじゃねえよ!!」
「え〜? バディなのに?」
「バ、バディとしては信頼してるけどなあ! それと好きってのはまた、違うだろ、たぶん……」
「そんなことないよ! 見てよドラムさん!」

 勝ち目のない論争に向かうドラムは端から視線が泳いでしまっている。そんなことに気付いて攻撃の手を緩める気遣いなど出来ない風音は、ドラムの背後に回り込むとSD化した小さな肩を掴み、ぐるりと90度、その身体を牙王たちの方へと向けさせた。

「あたしはブレイドのことが大好きだよ! だってバディだもん!」
「こら風音! はしたないですよ!」
「お前照れてるのか?」

 心なしか、腕の中のブレイドが温かくなった気がする。

「そんでもって、あたしは番長さんのことも大好きなの!」

 ブレイドが好きだと憚りなく宣言するのと変わらぬ声と熱で、風音は叫ぶ。

「だからあたしの大好きなブレイドをあたしの大好きな番長さんが抱っこしてるのってすっごく素敵な光景だと思わない?」

 風音の怒涛の言い分に、ドラムはぽかんと顔を上げながら、彼女と牙王の方を何度も首を回して見つめ直す。相当混乱しているのだろう。無理もない。流石の牙王も、この風音の理論は突拍子がなさ過ぎると思う。
 けれど、それでも。
 やはり風音が言い募るのならば、仕方ないなあとか、そうなのかもしれないなあと思ってしまうのだ。好きなものと好きなものが一緒になったら、相乗効果でもっと好きになれるという理屈。牙王だって、大好きなたこ焼きを、大好きなドラムと食べたらそっちの方が一人で食べるよりも美味しいと感じるだろう。例え最後の一個を巡って喧嘩するとわかっていたとしても。ドラムがいるとわかっている以上、黙って独り占めするという方が寧ろ落ち着かない。

「風音の言う通りかもなー」

 深い意味のない牙王の言葉に、風音は嬉しそうに笑っている。風音が笑うから、彼女のことが大好きなブレイドは「仕方ないですね、未門牙王、偶になら貴方に抱っこされてあげてもいいですよ」などと言い出す始末。牙王は言葉を言葉通り受け取ることに長けているから、素直に「おう、また抱えさせてくれ!」などと頼んでいる。
 そして、漸く混乱から立ち直ったドラムは和気藹々と盛り上がる三人に仲間外れにされたような腹立たしさから、腹いっぱいに空気を吸い込んで、叫んだ。

「ふざけんな!! 牙王はオイラのバディだぞ!! お前らなんかにはぜってえ貸してやらねえからな!! わかったか!!」

 渾身の怒りの叫びは、しかし感激した牙王と、可愛いと悶絶した風音の抱擁によってかき消された。牙王とドラムの間で潰されるように挟まれたブレイドの、悲しい鳴き声が響き渡った。



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誰にも負けない名前
Title by『さよならの惑星』


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