深まる秋の景色を運んできたのは、このバディポリスの本部内で一番四季の変化に疎そうな――或いは倍速で進むことを望んでいるのかもしれない――龍炎寺タスクだった。
 パトロールを終えて戻ってきたタスクは、何の異常もなかったからだろう、クリミナルファイターとバディファイトをしてきたときとは違い随分と晴れやかな表情で「ただいま戻りました」と帰還の旨を伝える。それに「おかえりなさい」と答えたのはコマンダーIとステラ・ワトソンで、一緒にパトロールに出たはずの滝原剣はパトカーを駐車場に戻しに行っているため少しだけ遅れるとタスクは説明し、簡潔ながらも業務である報告書を作成する為にステラの傍を通り抜けようとした。

「あら、タスクくん、紅葉狩りでもしてきたの?」
「えっ、」

 くすくす微笑みながら、ステラは戸惑いで足を止めたタスクに手を伸ばし、その深い水色の髪に咲いていた一枚の葉を取った。黄色と赤のグラデーションが綺麗な紅葉。滝原と車でパトロールに出たものの、どこかで車外に降りたのだろう。「もう秋も深いのね」とくるくると紅葉を遊ばせるステラに、タスクはずっと頭に葉っぱを付けたまま気付かないでいたことを気恥ずかしそうにしていた。原因にはすぐ思い当たったけれど、説明した方がいいのかどうかも迷ってしまった。この気恥ずかしさを誤魔化すために必死になっているように思われたら、もっと恥ずかしい。
 そのとき、丁度滝原が帰って来た。タスクが入ってきたときと同じように、コマンダーIが彼を労う。ステラは「おかえりなさい」ではなく「お疲れ様です」と、タスクを迎えたときとは別の言葉を使った。それは、滝原の方がステラより先輩であるのだから当然とも呼べる敬意だったのだけれど、早く大人になりたいと――誰かを守る、責任ある正義を行使する者でありたいと――願い、またその一端が認められているからこそバディポリスに身を置くことを許されたのだと自負しているタスクとしてはちょっとだけ面白くない。だから、口を噤んだ。目に見えてへそを曲げるのは子どもっぽい。そのせいで、頭に紅葉をつけて持ち帰ったことの詳細を打ち明けるタイミングを逃してしまった。そんなタスクの後姿を、上からコマンダーIが生暖かい目で眺めているとは気付かない。

「滝原さん見てください、タスクくんが頭に乗せて持ってきたんです〜」
「――ん? 紅葉か?」
「はい、外はもう秋なんですね」
「ちょっ、ステラさん! 違うんですよ滝原さん! ほら、さっき木に登ったときに付いただけなんです!」
「ああ、あのときか――」
「? タスクくん、紅葉狩りじゃなくて木登りしてきたの?」

 ステラにタスクをからかうつもりは毛頭ないのだが、楽しそうに滝原にも紅葉を見せびらかすものだから、タスクもつい慌てて大声を出してしまった。
 先程のパトロール中、目立った異常はなかった。そもそもパトロールをしていて偶然にもバディモンスターを巻き込んだ犯罪に出くわすことの方が珍しい。今日も世間は表面上つつがなく平穏に過ぎようとしているらしい。そう、滝原もタスクも表情を緩めていた。滝原が運転するパトカーが、とある公園脇に差し掛かったとき、タスクは入り口付近で泣いている子どもを見つけた。何かあったのかなとは思ったけれど、正直滝原に車を止めて貰ってまで声を掛けに行くほど深刻な事態かどうかも判然としない。けれどやはり、今日の平和な空気がタスクの心に余裕を作っていたのだろう。車両の通りも閑散としていて、多少路肩に停車させても通行の妨げにもならないとタスクは判断し、滝原に子どもが泣いているからと理由を話し、停止させてもらった車から降りて、通り過ぎてきた道を引き返して泣いている子どもの元へと向かった。
 その子どもは、どうしたのと話しかけてきた相手があの龍炎寺タスクだと初めはわからなかったらしい。泣いていたのは、持っていた鞄がすぐそばにある紅葉の木に引っ掛かってしまって取れないからだった。どうしてまたそんなところにと眉を顰めるタスクに、子どもはしどろもどろになりながら「ふざけてたら……投げられちゃって……」となんとか言葉を紡いだ。文脈から察するに、下手に悪乗りをした相手がいるはずだったが、どうやら自分には被害はないとこの子を置いてさっさと帰ってしまったらしい。腹立たしいことだとは思ったけれど、今優先すべきことは泣いている原因を解決することだ。
 タスクは鞄が引っかかっている木を見上げる。公園の入り口にある並木道の内の一本で、丁度紅葉の葉がどれも黄色から赤へと色を深めようとしている時期だった。一瞬、ジャックに頼んでバディスキルを使うことを考えた。けれど事件もないのにジャックを呼び出して下手に注目を集めるのも避けたかったので、結局タスクは自分の手と足でその木によじ登った。運動神経のいいタスクは、とっかかりも多くない木をすいすいと登り(恐らく、このときに頭を突っ込んだ枝に生い茂っていた紅葉がタスクの頭にくっついて運ばれてきたのだろう)、難なく鞄を掴むと、そのまま木から飛び降りた。「ひゃっ」と目を瞑る子どもに、タスクは「平気だよ」と笑いながら鞄を差し出す。子どもは、まるでヒーローを見るような眼差しでタスクを見上げ、何度もお礼を言ってから笑顔で公園を通り抜けて行った。タスクもそのまま待たせていた滝原の元へ戻り、何事もなくバディポリスの本部へと帰ってきたのである。

「運転席側からじゃ見えない場所に付いてたのかな」
「――もういいじゃないですか、この話は」
「うふふ、ごめんねタスクくん。でもバディポリスになってからはなかなか落ち着いて紅葉を眺めたりもしないものだから」
「この部屋も、あんまり季節感ありませんしね」
「むむむ、花でも飾ってみるかね?」
「文句を言っているわけじゃないんですよコマンダーI」

 そもそもバディポリスに四季の感覚は必要ない。忙しいことは事実で、タスクはここ数年お花見にも夏祭りにも紅葉にもクリスマスにも特別はしゃいでイベント事を経験した記憶はない。ただそれは、タスクが求めるものでもないので滝原の言う通り文句など出てくるはずもなく、ステラもただ物珍しさに喰いついただけだ。コマンダーIだけが、事件は読めないものだからみんなで紅葉狩りなど行くのも難しいなどと残念そうにぶつぶつと呟き続けている。
 そんな姿が居た堪れなくなったからだろう、ステラが「紅葉と言えば――!」とコマンダーIの言葉を強引に遮った。

「私の実家あたりなんかは、毎年すっごく綺麗なんですよーー」

 タスクには、ステラの言葉がコマンダーIへの気遣いだとわかっていたので「そうなんですか」と素直で簡潔なリアクションを選択した。コマンダーIも、がっくりと下がっていた顔を上げて、「ステラくんの実家は京都だったかな」と食いついてくる。ステラは彼の言葉に、どこか誇らしげに頷いた。タスクは行ったことがないけれど、日本人ならば京都の四季折々の美しさが観光名所として世界に誇れるものであることを知っている。きっとステラの言葉は、彼女が培ってきた思い出と感性でもって主観的に捉えられた美しさであると同時に、京都という土地が元来備えている美への自信でもあるのだろう。

「京都か――、学生時代に行ったのを最後に随分出掛けてないなあ」
「それっていつの話ですか?」
「そ、そんなに昔の話じゃないぞ!?」

 タスクに言われると地味に傷付くと頭を掻く滝原に、その場にいる全員が声を上げて笑う。滝原とタスクの年齢差を考えるなら、コマンダーIの方がよっぽど開いているのだから、そんなに深く捉えなくていいのに。思ったけれど、タスクは空気を読んで黙っておいた。タスクにはよくわからないけれど、滝原曰く大人か子どもかという問題ではなく、どうしてもタスクやステラを見ていると十代という響きに彼は慄いてしまうらしかった。全く以て、よくわからない。

「あーー、久しぶりに京都にでも行ってのんびり紅葉でも眺めてみたいな」
「――すまん、滝原……」
「だから違いますコマンダーI、文句を言っているんじゃありません」
「そうですよ。そうだ滝原さん、もし本当に京都に行くなら言ってくださいね、私、結構穴場とか詳しいですから!」
「へえ、」

 まあ、実際旅行に行けるほどの休暇が取れるかどうか。滝原の組織内に於ける公然の秘密である趣味を考えれば、経歴のアクティブさとは裏腹に休日に遠出をするイメージは殆どないのだけれど。
 それでもステラの厚意は純粋で本物だったし、滝原もそれをお世辞ではなく機会があれば本気で受け取る気でいることが傍目に見ている、他人の感情の機微にはさほど聡くもないタスクにもよくわかった。だから、この発言に他意はない。

「どうせなら、一緒に行けばいいんですよ」
「タスク?」
「タスクくん?」

 タスクの提案に、不思議そうに彼の名前を呼ぶ滝原とステラの声のトーンが本当によく似ているものだから、タスクの愉快な気持ちはどんどん大きくなる。コマンダーIは、タスクの意図を察したようで、瞬間共犯者となる笑みを口元に浮かべていた。

「いつか行けばいいじゃないですか、ステラさんと、実家あたりに、御挨拶に」
「――え、」
「タスクくん!!」
「わっ、ぼくこれから牙王くんと約束あるんで失礼しまーーす!」
「あ、おいタスク――」

 別に、頭に紅葉の葉っぱをくっつけていたことからここまでのやり取りで、子ども扱いされたことに意趣返ししようとかそういうつもりはない。滝原とステラを見ていたら、そういう意味合いで出掛けたっていいじゃないかと思ったのだ。
 手にした紅葉よりも真っ赤な顔でタスクの名前を声を荒げて呼ぶステラに、心の中で舌を出して、タスクは慌てて彼女の横をすり抜けて部屋を出て行く。コマンダーIには、報告書を後で提出する旨をメールで伝えておこう。牙王との約束があるのは本当だ。けれどこんなに愉快な気持ちになるのは、たぶん彼との約束が楽しみなせいだけではないのだろう。
 ぱたぱたと忙しないタスクの足音が遠ざかって行く。ステラは小刻みに肩を震わせながら「タ……タスクくんの、バカぁ……」と情けない声を漏らす。何の恋の進展もない二人には、突飛なからかいだったかなとコマンダーIがやれやれと溜息をもらす下で、滝原は「何だったんだ?」とよくわかっていない様子で頬を掻いている。ステラの道のりは遠く険しい。

「もう! 滝原さんなんて知りません!」
「えっ、俺――!?」

 ぷりぷりと顔を真っ赤にしたままそっぽを向くステラに焦る滝原。コマンダーIは「紅葉が見ごろだなあ」と黄昏気味に呟いて、若い二人のやりとりをそっと眺めていた。
 ステラの手に握られたままの一枚の紅葉が、所在なさ気に揺らされていた。



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恥ずかしくってたまんない
Title by『さよならの惑星』

20141121



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