※捏造過多注意



01:空気を入れた春
 ――春の匂いがする。
 そう、陽太が呟いた気がしたから、烈は溜息を吐いてから目を眇めて振り向いた。隣を歩いていた筈の陽太は、いつの間にか足を止めて二人が歩いている桜並木の中でも一等立派な木を見上げている。舞い降りる花弁を捕まえようとして伸ばした手と、無意識に開いている口が面白くて、わざわざ眇めた目から不機嫌を理解させる暇もなく笑ってしまう。
「桜の匂い、だろ」
 確かに桜は春の風物詩だけど。烈の指摘に、陽太は「だって一番わかりやすいじゃん」と口答えをした。感性は素直なんだろうが、時々妙に負けず嫌いで困る。完全に歩みは止まってしまって、肩に担いでいたカードを収納している工具箱を地面にそっと下ろした。
「早くしろよ。花弁くらい、さっさと取れ」
「意外に難しいんだよ! 伊達に願掛けに利用されてないなって感じ!」
「願掛け?」
「キャッチ出来たら、願いが叶うって奴! あれ、好きな人に気持ちが届くだったっけな?」
「――バカバカしい、先に行くぞ」
 置いたばかりの工具箱をまた担ぎ上げて、烈はさっさと歩き出す。そういう迷信は女々しくて好きではない。陽太にもあまり似合っていない。太陽番長がどうのこうのと衣装まで用意して名乗っている少年が、桜に願掛けだなんて。また歩き出してしまった烈を追い駆けるように、「待ってよ!」と慌てて陽太が隣に並び直す。どうせまた数分後には、視界に入ってきた何かに釣られて脇道にそれるのだろうけれど。
 二人で歩く春の桜並木に満ち足りていた烈は、願掛けの必要性もわかっていなかった。神にすら縋りたい絶望も、身を焦がす恋情もまだ知らない烈の隣には、陽太がいて、それで充分だった。
 春、始まりの季節。二人の少年の胸は希望に膨らんでいた。


02:炭酸の抜けた夏
 手にした炭酸飲料のペットボトルが熱い。じりじりと暴力的な日差しに晒され続けた全身が悲鳴を上げ続けているのに、背筋だけはずっと寒いのだ。縮こまって、全てを遮断しても烈を守るものは世界中のどこにもないのだけれど。デッキビルダーとして揃えてきた、手元にある沢山のカードも。家族や親せきも。ふらふらと、周囲の景色を一切認識しないまま足だけが勝手に歩を進めている虚ろな烈を守ろうとしてくれるものはどこにも――。
「――病院、行かないとな……」
 呟きと、顎を伝い汗が零れ落ちた。コンクリートの地面にはっきりと広がった水染みが、けれど汗ではなく涙だったということを烈は知らない。道端で泣くなんて、そこまで幼くはない。そう思っているから。
 病院に向かわなくてはと重たい足を動かして、本来こんな暑い夏の日に子どもが出掛けるべきはそんな場所ではないのではと思考が渦巻く。プールとか、海とか山とか、涼みたいだけなのに宿題をぶらさげて冷房の利いた図書館だとか、そんな所に行きたい。行くと約束していたはずだ。
 ――誰と?
 たったひとり大切な相手と。そう自覚して顔を上げた瞬間飛び込んできた建物は、立派というよりは悲壮で、夏の陽炎に揺らめく視界、建物、駐車場に停車している大量の自動車全てが烈を弾きだそうと歪んで遠ざかって行く。こんな場所に、陽太がいるなんて信じられなかった。だってここは、ちっとも楽しそうな雰囲気がしていないから。太陽みたいに笑っていた少年を閉じ込めるには、白々し過ぎやしないだろうか。否、そもそも何故陽太を閉じ込めるのだと、理不尽に対する怒りが湧いてくる。
 ぐらり眩暈がして、手にしていたペットボトルが地面に落ちて転がって行く。病院前の植え込みのブロックに当たって止まったそれの中身は、どうやらすっかり炭酸が抜けてしまっているようでぴしゃんと振動で跳ねただけだった。
 夏、生命力に溢れた季節。烈の世界の、熱と色彩が抜け始めた日のことだった。


03:花を枯らした秋
 どうやら季節は秋になったらしい。暑さに殺されかけた夏は、烈の中の何かを燃やしてしまったのかとんとすべてに対して無感動になってしまった。
 春に通り抜けた桜並木の木々が夏につけた青葉が黄色く枯れて地面を埋め尽くしている。烈は並木道の歩道の脇にぽつんと設置されているベンチの真ん中に一人で腰掛けながらぼんやりと往来を眺める。車も人も、時間すらも烈がかかずらわずとも過ぎていく。太陽が出ていない曇りの今日は、油断してシャツ一枚でじっとしている烈には肌寒い。けれどじっとしている以外に、もうすることが見つからなかった。
 ――爆には、悪いことをしたな。
 昨日、いとこの爆を泣かせてしまった。デッキビルダーとして随分自分に懐いてくれている――烈もよう面倒を見ていた――年下の彼は、今年の夏休みに烈からデッキビルダーとしての手ほどきを受けるのを楽しみにしていたのに、ちっとも会ってやれなかった。そのことと、夏が明けても烈がデッキビルドに身が入っていないことをなじられた。自覚があったので、一丁前な言動を咎めはしなかった。それを逆に拒絶と受け取った爆は泣いた。どうして、どうしたんだよ、どうすればいいんだよ。烈を案じて泣く爆に、それでも返す誠意は見つからない。わからない、どうしてか、どうすることもできない。それが烈の答えだ。
 それでも習慣として持ち歩くカードケースは重たく烈の肩に圧し掛かる。けれどもっと重たくてもいいはずのものが、いつ頃からか――季節が夏から秋に移ろい始めた頃かも知れない――全く感ぜられなくなった。だから烈は、きっと途方に暮れているのだ。助けてと叫べばいいのか、放っといてくれと塞ぐのがいいのか、自分の状況もわかっていないのだ。
 だから今日も、春に歩いたこの並木道で、烈はぼんやりと右を見て、左を見て、視界のずっと先までも誰一人映り込まない現実に落胆する。もう随分待った気がするのに、どうして来ないのだろう。遅刻なんて、滅多にしなかったのに。待たされて不機嫌に腕を組む自分の姿を見つけて、「ごめーん!」と大声で手を振りながら駆け寄ってくる姿を想像する。
 ――でも、誰の?
 秋、郷愁の季節。空を見上げた烈の瞳には、とっくに枯れたいつかの桜の花弁が舞っていた。


04:喪失を知った冬

「――ああ、お前は死んだのか」

 そして烈は、初めて大声を上げて、いつかの幼いいとこのように、思いきり泣いた。



―――――――――――

偽四季
Title by『約30の嘘』

※グレムリンさんが爆のいとこ→陽太兄ちゃんと牙王ちゃんくらいの年齢差かもしれない→爆と牙王ちゃんは仲良し→烈兄ちゃんと陽太兄ちゃんが仲良しだったら燃える!! という経緯で燃え上がった捏造CPです。グレムリンさんの年齢が判明するまで夢見ていたい。信じないでね!




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