※捏造(恐らく41話以前で時間軸不明過ぎ)


 少なくとも、初見これまで出会ってきたどの未門牙王とも差異はない。荒神ロウガはそう判断した。格好も、背丈も、顔つきも。表情すらも穏やかにライバルを迎え入れるその姿は、引っ越しただけだと信じていた友人が手を伸ばしてしまった、荒神が持つのと同じ力のことを考えれば、恐らく間違った態度であるとは思ったけれど。
 友達であるキョウヤの手回しで、龍炎寺タスクは現在バディポリスとして立ち回ることができないでいる。そのことをきっと牙王は知らない。ただ忙しくて顔を合わせる暇がなかなか取れないというのは以前から当然だったようで、心配もしていないようだった。物足りなさはあっても、駄々をこねるような少年ではなかった。だからこれは、荒神の一方的な罪悪感だ。荒神は、キョウヤを諭すことが出来ない。欲しいものがあると彼が願ったとき、それが本当に必要かどうか問い質すことも。昔から、キョウヤが欲しいといえばそれなら手に入れれば良いだろうと思っていた。それができる子どもだったから。スラム街から子ども一人連れ出すことすら言葉一つで実践させた。世界の全てには序列が存在し、生まれる前から、生まれ落ちた環境故にその頂点から見た景色しか知らない人間も稀に存在する。それが荒神の友だちだった、そこから派生して繋がる因果で、荒神はライバルだと言ってやっただけで嬉しそうに瞳を輝かせた牙王と二人きりで会うなどしている。誰にバレても、悪びれない自信はある。牙王はどうだろうと探りかけて、真っ先に浮かんだ龍炎寺タスクの顔にうんざりして頭を振ってその残骸を振り払う。

「――荒神先輩?」
「いや、何でもない。 ……元気だったか?」
「当然っすよー」

 笑っていたのだろう。移動しようと身体の向きを変えることで示した牙王が、相手の顔を見ては嘘を吐けないのだと知っていれば多少の不自然さを見逃さずにいれたのかもしれない。ただ元気でやっているはずだという期待があって、荒神はそれ以外の牙王を殆ど知らなかった。当然と請け負った言葉を、しかし牙王がどんな表情で発していたか。荒神はその目で確認することは出来なかった。
 バディであるドラムを、妹のお使いのお供に貸し出してしまったからファイティングステージでのバディファイトはできない。そう淡々と、相棒を何気ない日常の中に滑り込ませている牙王の発言に時々荒神はひどく驚く。バディを持つ人間は大抵が常日頃SD化した彼等を傍に置く。自分もかつては肩にアーマナイト・イーグルを乗せていた。けれどそれはあくまで荒神のバディであったからで、まるで家族のように、牙王の近くから離れさせた場所で行動させるようなことは決してありえなかった。
 ――家族のように。
 それは友だちと違う、それでいて強固な輪であるように荒神は思う。自分にはないものだけれど。その輪があるから、未門牙王という少年の真っ直ぐさが保証されているのではないかという気がするのだ。
 牙王の普段からの生活圏内に入っているキャッスルには行かず、できるだけ知り合いに出くわす可能性の低い方向を無意識に選ぶ。何度か二人きりで足を踏み入れた児童公園はまだ明るい時間帯だというのに同年代の子どもたちの姿はない。片隅のベンチに陣取って、静かに――あくまで、ファイティングステージで実際にモンスターを召喚するのに比べたら――バディファイトをする。今日の牙王はドラゴンWの迅雷騎士団のデッキで、荒神はいつも通りデンジャーWのデッキだった。バディはアーマナイトケルベロスA。つまり、こうして牙王と遊んでいる自分はディザスターのウルフと同一人物であることを隠しもしていないのだなとハッとする。他のディザスターの連中に見つかれば軽率だと罵られるだろう。それでも、荒神に言わせれば相手がこの牙王であるというだけで多少の問題はやり過ごせるような気がした。12歳という年齢にしては達観した、けれどそれ故に落ち度がないとも言いきれない子ども。
 残りライフ2となって、手札が状況を打破するには決め手に欠くのか。牙王は手札と場のカードを交互に真剣な顔で見比べている。荒神はぐっと唇を引き結んで、遊びのファイトに急かす声をかけるのも無粋だろうと待ちの構えを取る。そうして一度視野を引いて牙王の姿の全体像を見つめ直したときに、ふと、物騒なものを視界に捉えた。座りながらも乗り出し掛けた上体を支える為に、ベンチに突かれた右腕の、いつも通り捲かれた包帯に滲んでいる、赤黒い斑点に。見間違いでなければ、それは明らかに血の滲んだ痕だった。

「――牙王」
「んー、ちょっと、もうちょっと考えさせてくれよ荒神先輩!」
「お前、その腕は何だ?」
「――――う、で?」

 何故そんなことを問うのか、何を問われているのか、わからないこととわかっていることがせめぎ合って、牙王の反応は随分ぎこちないものだった。恐ろしいものを見るかのように、そっと己の腕に視線を落として、荒神が指差した真白な布地を汚している染みに牙王はわかりやすく眉を顰めた。

「――血ですね」
「それは何となくわかっている。何故血が出ているかを聞いているんだ。怪我しているのか?」
「……」

 何だという問いには、何故という要素は含まれないはずだ。けれどここで揚げ足を取ってはいけない。荒神に対しては反射的な物言いだけでは余計な墓穴を掘りかねない。そんな慎重さが、今回は裏目に出た。牙王の沈黙を、都合の悪い黙殺と捉えた荒神の次の動きは迅速で、反射で返されては喧嘩に発展しかねないことを見越して、さっさと体格差で抑え込むことにしたらしい。掴まれた右の手首が、骨が軋むほど強く力を込められた。
 二人の間に広げられていたカードがばらばらと地面に落ちる。「――あ、」と牙王が声を上げる。咄嗟に荒神に掴まれていない方の手を伸ばすが届かない。体重を掛けられて、牙王の視界は青くなる。ベンチの上で仰向けに圧し掛かられた牙王は、一度も抵抗らしい抵抗はしなかった。

「……おい」
「はい?」
「これは、何だ?」
「何って言われても――」

 牙王がされるがままなのをいいことに、荒神はさっさと手際よく彼の右腕の包帯を取り払ってしまう。普段は恐らく番長として喧嘩の仲裁などに入ることが多いことを見越して拳の保護を目的としているであろうそれは、どうやら今、本来の包帯としての用途として使われていたらしい。治療らしい治療の痕跡は見当たらないまま、しかし荒神の視界に晒された牙王の右腕には、血を滲ませていた傷痕とは別の無数のひっかき傷は噛み傷、鬱血痕などで痛々しく、赤黒い斑で健康的な肌色を染めていた。
 荒神の視線が、不審でもう一方の左腕に向けられる。牙王はそれを見て、「こっちも似たようなもんですよ」と笑った。ぴくりと荒神の表情筋が不快に歪んだことに、牙王は驚きで肩を竦めた。

「誰かにやられたのか?」
「違います!」
「――じゃあこれはどういうことだ」
「それは……なんか、俺にもよくわかんないんすけど……」
「わからないはずがないだろう」
「でも、ほんと、わざとじゃないけど、なんか噛んじゃうんですよ。 ――あと、引っ掻いたり、壁にぶつけたり……」
「――は?」
「キリのこととか、タスク先輩のこととか、先輩のことも……偶に、考えてると、わけわかんなくなって、苛々してきて、悲しくなってきて、どうにかしなきゃって落ち着かなくって、そんで、なんか、」
「……もういい!」

 要するに、牙王は一見で普段と変わらないと軽率に荒神が下した判断の裏側で、日常でひどくストレスを感じているということなのだ。その一端どころではなく、牙王の(もしくは彼の大切な人)が関わる問題を点ではなく線で結べばそのどれもに荒神は無関係とは言えない位置にいた。
 まだ子どもだ。物事を深刻に捉えるにも経験不足による限界があると侮っていた。まだ子どもだから、どうしようもない現状に押し潰されそうな恐怖ばかりが募ることもある。大抵の子どもは、そうして大人に助けてと手を伸ばす。けれどそれができない人間も、状況も確かに存在するのだ。
 どんな顔をしているのだろう。自分の腕を傷付けるときの牙王は。今荒神を見上げる明るい瞳の色は、人知れず濁っているのだろうか。混乱と、苛立ちと――憎しみだけは強烈過ぎるから、無縁でいてくれると嬉しいのだけれど。

「痛むか?」

 傷痕を上からなぞりながら、問う。牙王は「ちっとも」と首を振り、本当にどうして自分の腕がこんなに傷だらけなのかわからないと不思議がるような、真っ新な瞳で荒神にされるがまま弄られている己の右腕を見つめていた。

「――痛めばいいのにな」
「……ひっでえ」
「そうすれば、逃げ出す本能も働いたろうに」
「? 何から逃げるんだ?」
「何もかも、だ。俺から、龍炎寺タスクから、自分の元を去って行った人間のことなど、何もかも」
「はは、それは無理だ」
「そうなんだろうな」

 耐える為に残された傷だ。それは証拠で、楔になる。牙王はただ前に進むだろう。己の腕に噛みついて、引っ掻いて、後退することに抗って。そうして進み続けた先で、牙王はきっと荒神を見つけるのだ。そのとき、牙王は自分に対して何を思うのか。驚いて、怒って、嘆いて、どれでもいいと荒神は思う。こんな自傷的な振る舞いに走ってまで、自分の――自分たちの元へ必死になって牙王がやって来るのかと思うと、巻き込まれない場所にいて欲しいと願う気持ちと同じくらい気分が高揚してくるのも真実だった。申し訳ないのは、こうして二人で顔を合わせているこの瞬間に浚ってやれないことくらいだ。

「なあ荒神先輩――」
「……何だ、」
「カード、拾いたい」
「それもそうだな」

 地面に落ちてしまったカードが、うっかり風になど飛ばされてしまわないように。けれど牙王の手を離し彼が起き上がる前に、荒神はもののついでと細い瘡蓋になりかけていた傷痕に思いきり爪を立てた。痛みに顔を歪める牙王に、痛める感覚が残っているのならばいいと、荒神はあっさりと掴んでいた手を解放した。
 きっと牙王のこの傷は、いつか自分たちの罪になり罰をもたらすのだろう。太陽という唯一に、平等をかざした勘違いで幼い少年の心を顧みなかったことを悔やむ日がきっとやってくる。こんな戯れのファイトに興じている場合ではなかったと嘆く日が、きっと。
 それでも荒神は、牙王の平穏を願いながら、巻き込まれてくれることを望む。それと等しく、己の身に消えない罰が降りかかればいいと思っている。正しいはずの、唯一の友だちの顔を思い浮かべながら、思っている。
 真っ直ぐな牙王の、歪な腕を睥睨する荒神は自分の腕も同じように傷付けてしまえたらいいのになどと思い始めている。
 ――何に苛立って?
 迷いも不満もないはずだ。自分の思いつきの馬鹿馬鹿しさに気が付いて、けれど牙王の腕から目を放すことができないまま。カードを拾い終えた牙王が解かれた包帯を巻き直そうとするより先に、荒神の手はしっかりと解いた包帯を取り上げてしまっていた。

「ちょっ、返して――」
「牙王、」
「わっ、ぷ、う?」

 包帯を取り返そうと、身を乗り出してくる牙王にキスをする。触れるだけの、一瞬のキスに、牙王は咄嗟に息を止めたのか荒神が離れると大きく息を吐き出した。
 今日の荒神の行動は突拍子がなさ過ぎて困る。戸惑いと不満で頬を膨らませる牙王に、荒神は肩を竦めて、纏めたデッキをシャッフルし直す。ファイトは仕切り直しだ。視線で問えばあっさりと牙王もデッキをセットし直す。この単純さ。
 こんな何気ない逢瀬が叶うのも、牙王の腕が耐えている間だけだろう。それが良いことか悪いことか、望ましいことか望ましくないか。全ての判断を下すのは、やはり荒神ではない。牙王を欲しがった、欲しいものは全て手に入れてきた荒神の友だち。彼は牙王の腕を見たらなんと言うだろう。もっとも、見て欲しいとも見せて欲しいとも思っていない。それだけは確信を持って言えるのだけれど。
 その稚拙な独占欲が、友だちという存在への猜疑心が膨れ上がるのと比例して荒神の中で幅を増していく理由を知らないまま。牙王と荒神、二人のワールドを控えめに宣言する声が響く。和やかな場所に似つかわしくない痛々しい腕でカードを場に出す牙王は、やはりこれまで出会ってきたどの未門牙王とも差異はない。
 荒神ロウガは、そう思い込むことにした。



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世界の機嫌を損ねた奴がいるらしい
Title by『るるる』






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