失恋の話をした。夕暮れの寂しさに身を任せていたヒロとは正反対に、自身の失恋を打ち明けた――或いは自覚した――なるの表情は穏やかだったし、ヒロに元気を出すよう励ます表情は無邪気にも映った。辛そうに見えなかったのは、優しいだけの思い出にできるくらい遠ざかった出来事だからなのだろうか。胸元に手を当てる。自分のこの想いは初恋だったのだろうか。恐らく、たぶん、きっと、そう。憧れと、恋と、愛のような感情を抱いていた。彼女と自分はどこか似ている気がして、だからこそ自分のようにはなって欲しくなくて。勇者になりたくて、王子様にもなってみたかった。なれただろうか? なれているのなら、きっかけはやっぱり失った恋の傍にあったのだろう。ただ彼女は、勇者に救いだされるお姫さまにも、王子様に愛されるだけのお姫さまにも収まらなかった。そうして描かれる彼女の夢を見てみたいと願ったのもまた真実だった。

「ヒロさんが失恋しちゃうなんて、ほんと信じられません」

 何も語らなくていいから、聞いて欲しい。なるの言葉はそんな風にとりとめもなくヒロをもてはやす。良い人とか、優しい人程度にしか意識されていない筈なのに、なるが抱くヒロへのイメージはやたらと輝いている。ヒロ眉を下げて微笑む。なるだって悪い子ではない。悪意も知らない良い子だった。それでも初恋は実らなかったのだ。恋愛に普段の立ち振る舞いや、性格はあまり関係ないのではないかとヒロは思っている。そうでなければ、なるの失恋は彼女自身に問題があったからということになってしまう。ヒロの場合も。失恋するということは、相手にとって自分は蚊帳の外にいるということだ。別れ話を経ない失恋に関しては、ヒロはそう思っている。
 なるの話は、ヒロの失恋から翌日学校で小テストがあることに移っており、それが同じクラスのあんやいとの話に繋がり、プリズムストーンのことを気にし始めて最終的には空を見上げて虹は出てないのかと呟いたきり口を噤んでしまった。虹がどうかしたのかとヒロが尋ねるよりも早く、なるがヒロの顔を真っ直ぐに見つめ笑った。それはあの夕暮れの中元気を出すよう促したときよりも穏やかに、大人びて見える、力強さと寂しさを混ぜ合わせた笑みだった。言葉に詰まるヒロに、そもそも何も言葉を期待してはいないのだというようになるはもう一度空に視線を戻した。

「虹をず〜っと渡って行った向こうには、プリズムのきらめきが溢れているんですよ」

 同じように、虹の向こうから渡って来て、プリズムのきらめきを届けてくれる女の子がいる。なるが告げなかった言葉を、当然ヒロが理解することはない。表情に出すことは避けたつもりだけれど、不思議なことを言う子だなとヒロはしげしげとなるに視線を送った。彼女は意にも介さず虹どころか雲すら浮かんでいない快晴の空を見上げ続けている。眩しさに細められた目から、突然涙が零れ落ちるのではとヒロは焦る。目尻にだって浮かんでいない涙の予感に、ヒロはおかしなくらい動揺してしまいついなるとの距離を取ってしまった。そのことで、なるの視線はようやくヒロの元に帰ってくる。そうすると、今度は直前の動揺と同じくらい過剰にほっとする自分がいることに気が付いてつい首を傾げてしまった。なるはヒロの仕草を面白がって、彼と同じ方向に首を傾げてみせる。

「なるちゃんは小動物みたいで可愛いね」
「小さいって言わないでください!」
「小さいとは言ってないよ。小動物みたいだなって思って」
「小さいんじゃないですか……」
「大事なのはそっちじゃなくて――」
「……ヒロさん?」

 ヒロが途中で言葉を止めてしまったせいで、なるは首を傾げたままその続きを促している。けれど、今更言おうとしていたことを平然と言い直すことはできなかった。
 ――可愛いって思ったことを、正しく理解して欲しかったんだ。
 それは、普通の男の子からすれば女の子に対して生真面目に説くにはよほどの鈍さを必要とする。もしくは、相手がその手の対象としては明らかに外れている場合だ。幼稚園児とか、擦れ違う母親の腕の中で眠っている赤ん坊への評価としてなら、いくらでも可愛いと言えるしどの辺りに関してそう思ったのか説明することもできるだろう。
 一年前のヒロになら、言えたかもしれない。コウジに曲を貰ったことから湧いて出た関心の内側で下した評価はその爛漫さを悪く思ってはいなかった。ただ庇護するほど近しくもなかったから、もう詫びるきっかけもないけれどひどいことをしてしまったこともある。なるは覚えていないだろう――謝られるほど酷い目にあったこととして記憶していないに違いない――。本当に、一年ほどしか付き合いがない。その中で二人して失恋してしまうなんて、奇妙な偶然だった。親友は恋人が出来たし――しかも妙な縁で両親たちから繋がっていたし――、新しい仲間は可愛い後輩二人に同時に告白されて面倒見の良さはどこへ行ったのか途方にくれて頭を抱えている。

「あのですね、ヒロさん」
「ん?」

 いつまで待てどもヒロが話を再開する気配を見せないので、なるは首を傾げるのを止めて、呼んだ。慎重に言葉を探していることが、余計な言葉を漏らさないようにと結ばれた口元と、脇に流されては真っ直ぐにヒロを見つめ、瞼を閉じる動作を数回繰り返したことからわかった。だからヒロは余計な口は挟まない。それでも、自分たちの間に、それほど深刻な話が生れるはずがないだろうという余裕もある。それが、幾分なるを気楽な気持ちでヒロに向かわせる要素にもなっていた。

「私、プリズムストーンで店長さんをするまで、プリズムショーをして、りんねちゃんと出会って、あんちゃんやいとちゃんに手伝ってもらって、べるちゃんに叱ってもらって、おとはちゃんやわかなちゃんも悩んで、頑張ってるんだって知るまで、本当は自分のこともよくわかってなかったんです」
「――――」
「何にでもなりたかったし、何になりたいのかもわからなかった。大好きな家族がいて、友だちがいて、勉強はちょっと苦手だけど好きなことがあって、だからつい気付かないままでいたけど、私、迷子みたいでした」
「……そう」
「でも、この一年で迷ったり怒られたりいっぱいいろんなことを経験して今の私に辿り着いたことは無駄じゃないし、これからの私にとってすごく意味のある一年だったと思うんです」
「うん。なるちゃんは成長したと思うよ」
「えへへ、だから、私の失恋は、正しい失恋だったと思います」
「――正しい?」
「こうして気付けたから。だからきっと、私はいつかもっともっと素敵な恋が出来ると思います!」
「そうだね」
「勿論、相手がいればの話なんですけどね」

 舌を出して今までの静かな雰囲気を茶化してみせたなるに、ヒロはただ「きっといるさ」と素直な気持ちを伝えた。嘘なんて、微塵も混ざっていない本音だった。
 なるはいつか、気付かずに終わらせた初恋の次に新しい恋をする。正しく向きあった失恋の先に、初恋と同じように通り過ぎてきた季節の先で成長したなるがいる。素敵な女の子は、きっと素敵な恋をする。
 その予感が現実に変わるころ、なるの隣にいるのがこの瞬間のように自分であったらいいのに。そんなヒロの無意識は、また繰り返されるなるの取り留めもない話に耳を傾け相槌を打っている隙間に落ちて沈んでいく。もっとも、沈んだだけで消えることのない気持ちが浮上する日はあっさり訪れることになるのだけれど。
 二度目の恋は確かに息づきはじめている。どちらの恋か。それはきっと、二人の恋になる。



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芽吹いたものを数えてごらん
Title by『春告げチーリン』




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