※捏造注意


 歌を贈ろうと思った。俺には作曲の才能は特別秀でたものがあるわけじゃないけれど。この世界でなるちゃんと出会ったのは、やっぱりお互いプリズムショーをしていなければならなかったから。だからせめて、想いだけははっきりと文字に綴って音にして君の元に届くようにしようと思った。けれどどうだろう。直線的な愛の言葉も彼女の胸に刺さる直前にふわふわとシャボン玉みたいになって、そっと触れただけで割れてしまうのかもしれない。それはそれでとてもなるちゃんらしくて、だから俺は急いてしまってもう何枚も中途半端に文字を綴ったルーズリーフを丸め捨てている。
 仕事の合間の移動時間や出先での作業は落ち着かないから諦めた。エーデルローズの寮では人目が憚られて、周囲の速水ヒロのイメージと、直前まで書き連ねた歌詞にこめた必死さが噛み合わなくて逃げ出したくなった。結局はあのぼろアパートの一室に閉じこもって何時間も卓袱台に齧りついて手を動かしている。ゴミ箱に狙いを定めるのすら面倒で、ルーズリーフを丸めるては適当に周囲に放り出していた紙屑が畳を埋め尽くしかねない勢いだった。
 生活する場として機能しない部屋で長時間の作業は向いていない。学校も仕事もある。期限があるわけでもない作業は、それでも時間との競争だった。着替えや食事の際にしか寮に寄りつかなくなって、仕事以外ではエーデルローズでも見かけないと話題になっているらしい。特別仲の良い友人など今更いないのだが、居なければ居ないで話題になるようだ。それだけのポジションにいたということが一時のプライドでもあり、だが今の俺の目的には全く役に立たないもの。
 メールと着信をチェックする。マネージャーからの仕事関連と、さほど親しくはないが円滑な学生生活のために話を合わせたことのあるクラスメイト。メリットはあまりない。あちらもたぶん、速水ヒロという名前をブランド品のように扱っているか、はたまた陰で何を言っているかはわかったものではないが無難な言葉を選び返信する。三者面談に関するプリントの提出日が過ぎていることを初めて知った。成績は問題ない筈だし、進路は選ぶまでもなくプリズムスターとして今も働いているのだから、面談なんて必要ないだろうに。学生や、未成年という肩書きのこういうところが面倒くさい。
 プリズムショーが好きで、プリズムスターになりたくて、その夢に正直に沿って歩んできたつもりだった。いつの間にかぼんやりと出来上がっていた未来への道筋はどこまで続いているのだろう。永遠なんてなくて、そういう甘い幻想は早々に引き上げないと痛い目を見るのは自分だ。だからやっぱり焦ってしまうのだろう。なるちゃんに、誰かに自分の歌を聴いて欲しいと思う。懐かしい感覚に、どこか甘ったるい空気が纏わりつくのはきっと、俺がなるちゃんに恋をしているからだ。

「――ヒロさん!」

 今日もいつものアパートへ向かう途中だった。幻聴の類かと疑ったけれど振り返れば、小柄な彼女が手を振りながらこちらに駆けてくるところだった。あと少しというところではっとしたように立ち止まって、周囲を見回す。両手で口を押えて、安堵の笑みを浮かべる。もしも人の行き来がある往来だったら、大声で俺の名前を呼んだことが騒ぎになりやしないかと気を揉んだのだろう。遅すぎる気遣いではあるけれど、幸い彼女の声に反応する人影はなかった。
 いつも通り、手を挙げて微笑んで挨拶を。そのつもりだったのに、手前で頬が引き攣った。上手くいかない歌詞のことが脳裏を過ぎって、目の前の無垢の塊のようななるちゃんに届ける言葉を見つけるには、どうにも、頭がよろしくない。学力ではなくて、立ち位置とか。嫌悪の上澄み、見ないふりをしている。好意だって、同じように。そんな俺が、何をわかって欲しいと彼女に押し付けようというのだろう。

「ヒロさん! 偶然ですね! お仕事の帰りですか?」

 衒わぬ笑顔と、振る舞いが可愛い子だった。守ってあげたいと思った。けれどこれは俺だけの心象ではなくて、彼女の周りに集まった誰もが少なからず似たような印象を抱くだろう。そして現在進行形でなるちゃんを取り巻く仲間たちに俺は快く思われていないであろうことも。

「――ヒロさん?」
「ああ、ごめん、ぼんやりしてた」
「疲れてるんですか? やっぱりお仕事、大変なんですか?」
「ああ、いや、仕事っていうより……私用が立て込んでて……」
「しよう?」
「個人的な用件が行き詰まってるんだ」
「ああ、私用!」

 脳内で変換が上手くいったのだろう、なるちゃんは「しよう」と呟きながら傾げていた首を戻して笑った。本当に、よく笑う。泣き顔も何度か見たけれど、やはり人並みに好きな子には笑って欲しいと思う。

「その私用って――大変なんですか?」
「……ええっと」
「あ、聞いちゃダメですよね! すいません!」
「いや、ダメというか、説明しようがないというか……」
「?」
「歌を作ろうと思って。それで歌詞を考えてるんだけど言葉がね、思い浮かばないんだ」
「ことば、」
「大切な子に、大切だと伝えたいんだけど、それを伝える為の言葉が、全然思いつかないんだ」
「大切――じゃあ、伝わらないんですか?」
「どうだろう? ただ、僕がそう言っても、信じて貰えないんじゃないかな」
「どうしてですか?」

 ――それは君が鈍いからだ!!

 声を大にして言いたい。けれど責任転嫁は男らしくない。これは相談だろうか。伝えたい思いを抱く本人に、それとなく探りを入れるように。そしてこんな時に「僕」なんて仮面をつけるからダメなんだ。
 わかっていた。歌じゃなくていい。長々と綴らなくていい。本当に言いたい言葉は喉の奥につっかえて痛い。

「ヒロさん? やっぱり疲れてるんですか?」
「なるちゃん」
「はい」
「好き――です」
「はい?」
「小さくって、可愛くって、一生懸命プリズムストーンの店長をやってて、プリズムショーに必死で、能天気で、守ってくれる友だちがいて、守りたい友だちがいて、温かい家族がいて、汚いものなんて何にも見たことがない顔して、泣き虫で、コウジの曲が大好きで、幸せそうで、俺の居場所なんてどこにも用意してくれないような君が――好きだ」
「………」

 一息に吐き出した言葉は支離滅裂で、なるほどこれは歌詞として纏まらないはずだと納得した。溢れだせば止まらなくて、なるちゃんは驚きで硬直し瞳を見開いている。口も、ぽかんと開けっ放しだ。こんな些細なことだけれど、俺と向き合って振り回されている彼女を見るのは愉快だった。こういう性格が、彼女の隣に置くには心配で仕方がないのだなと思いながら。
 告白なんて初めてした。けれど体裁が整っていないことは明らかで、また唐突過ぎた。道端に立ち尽くして、時間ばかりが過ぎて行く。なるちゃんの言葉を待っているだけでいいのだろうか。ファンの女の子たちを動かすのは笑顔とウインク一つで簡単なのに、彼女に関することについては事物の難易度が極端に跳ねあがっている気がする。かつ俺以外の人間からするとなるちゃんは単純でわかりやすいと言うのだから納得いかない。好かれたいという打算が視野を狭くしているのだろうか。ぐるぐると頭を動かして、余計なことを考えないようにする。でないと、今にも逃げ出してしまいそうなのだ。

「――っ、」
「なる…ちゃん?」
「ち、…小さいって…言わないでください…」
「はあ?」

 震える声で漸く寄越された返事は期待していたものとも危惧していたものとも違って、肩透かしを食らった気分だった。反射的にこぼした声の語気が思いの外強くなって、びくりとなるちゃんの肩が揺れる。
 でも、俺の顔色を窺うように見上げてくるなるちゃんの顔が真っ赤だったことが、せめてもの救いだった。どうせ、俺の顔だって同じくらい赤くなっているのだろうけれど。もう、あのぼろアパートについたら散らかった紙屑は全て捨ててしまおう。

 ――君が好きだ。

 それ以上の、それ以外の言葉など今はもう思いつかない。



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ロスト・ロングラブレター
Title by『春告げチーリン』





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