コレと同軸

 休日の動物園は、子どもの手を引く家族連れや恋人たちで賑わっていた。らぁらは小学生になったばかりの頃遠足で来たことがあったっけと周囲を見渡したけれど、やはり休日にはそうした小学生や園児の姿は見つからなかった。代わりにそんなところにいて動物たちがちゃんと見えているのだろうかというくらい隅っこに、熱心にペンを動かして動物たちをスケッチしている人がちらほら見受けられた。
 らぁらは若い人が屋外でひとり絵を描いている姿を見るのは初めてで、最初はどうして動物園で絵など描いているのだろうと不思議に思った。それでつい「あの人、何してるんだろう?」と呟いてしまったのだけれど、それに対するらぁらの連れ人であるドロシーの返事はいつも以上にそっけなく「そういう人たちなんでしょ」という取りつく島のない一言であった。
 ――困ったなあ。
 らぁらはつま先立ちで、柵の上で頬杖を突きながら途方に暮れる。よく晴れた、麗らかすぎるほどの陽気の下には似つかわしくない困った顔で見つめる二頭のゾウは、柵の周囲の観客たちのことなど意に介さず、作られた池べりでのんびりと佇んでいるだけ。

「サービス精神が足りないんじゃないのぉ?」

 じっと動かず、時折鼻を揺らすゾウにもドロシーの辛辣な物言いが飛んでいく。今日はずっと機嫌が悪い。この距離だから聞こえないかなとか、なんて言ってるかなんてわからないだろうしとか。まあまあとおざなりな相槌で流してしまってもいい。ただやっぱりらぁらには言われっぱなしのゾウさんが可愛そうに思えてならないのだ。だってあんなに優しい目をした動物にきつくあたるなんてとんでもない。サービス精神というと、らぁらの場合どうしたってみれぃに叩き込まれたアイドルとしてのファンサービスとか、家のイタリアンレストランに来てくれたお客さんに次回も来て貰えるようにドリンクのサービス券を渡したりといったことが頭に浮かんでしまうので、動物園のゾウさんがそんなことをする必要はないだろうと思うのだ。
 ちらりと隣のドロシーの顔色を窺う。その表情はやはり楽しそうには見えなくて、一目で不機嫌とわかる尖らせた唇から時折零れる「レオナの馬鹿」という文句に、らぁらもらぁらで「そふぃさん、今頃どんなお魚さん見てるのかなあ」とここにはいない大切なチームメイトの一人に想いを馳せることで一時目の前の問題から目を逸らしている。

「レオナが北条そふぃとデートなんて絶対ありえないんだけど!!」

 思わず頭突きされるのではという剣幕と勢いある接近に額をガードしたらぁらの様子など構うことなく、出会い頭にドロシーに捲し立てられたのは今から二時間ほど前のことで、らぁらは母親に頼まれた卵とトマトを買ってくるというおつかいを済ませていざ家に入ろうとしていた矢先の遭遇だった。
 今にも泣き出しそうな――実際瞳には涙が浮かんでいた――ドロシーは、一切事情を知らないらぁらの出すはてなマークをばっさばっさと彼女の怒声で切り捨てた。

「アンタんとこの北条そふぃがうちのレオナをたぶらかしたんだから責任とってよ!」

 らぁらの耳にはっきりと残っているのはこのフレーズだけで、そこからどうして二人で一緒に電車に乗って動物園に来ているのかさっぱりわからない。手にしていた荷物はドロシーが家族にしっかり押し付けて来てくれたらしい。移動中、戸惑いながらも話し掛けるらぁらにドロシーの返事は芳しくなくて、最後には電車の中で黙って二人して揺られているしかなかった。
 初めの内は、レオナと一緒に出掛けたそふぃが気に入らないから、同じチームのらぁらに仕返しをするつもりで連れ出されたのだと思っていた。けれど冷静になればあまり勉強の得意ではないらぁらでもレオナがそんな人ではない――喧嘩っ早いところはあるが――ことくらい直ぐに思い出された。
 動物園と聞いて華やいだ気持ちも今ではすっかり萎んでしまっていて、折角のおでかけもこれでは意味がないなと思い始めたころ、らぁらには何となくドロシーの意図がわかった気がしたのだ。
 ドロシーとレオナは双子で、プリパラ内外でもいつも対になるよう行動し、服装もまた色や模様違いの同じ型のものを着用していることが多い。きっと今まで何をするにも何処へ行くにも一緒で離れたこともないのだろう。らぁらにはドロシーがレオナを仕切って、レオナがドロシーを諌めて、一緒にいる姿が自然に映っていた。傍にいなかったことがないくらいの大切な片割れ。そんな片割れがある日突然自分を置いて知り合いとはいえ他人と出掛けてしまったことがドロシーにはとんでもない出来事として降って来たに違いない。彼女が何も話してくれないから、らぁらには双子が今日出掛けるまでにどんなやり取りをして別れたのかはわからないけれど。らぁらの元へ突撃してきたドロシーの態度を見る限り、きっと彼女は激しく異議を申し立てたのだろう。出掛けること自体か、出掛ける相手に自分を含んでいないことか。それでも結局は送り出したところがせめてもの姉の矜持だろうか。妹に諌められ助けられ時々本当に頭が上がらなくなるらぁらには馴染みのない感情だ。
 とにかくドロシーがらぁらを連れ出したのは、レオナがそふぃと出掛けたからなのだろう。暇だから、そふぃへ仕返しがしたいからではなく、レオナが他人と出掛けるならばドロシーも他人と出掛けなければならない。それが二人で一つの理屈なのだ。ここへきてからレオナの無意識に零される呟きがどれもこれも「レオナの馬鹿」でしかないのは、そふぃと出掛けたことにではなく自分を置いて行ったことへの不満。だからドロシーの都合はらぁらを動物園へ引っ張ってきたときに完了しているのであって、それ以降はどれだけ一緒に園内を見て回ってもらぁらが隣にいようがいまいが上の空で終わってしまう。ドロシーがそう言うならと、楽しむ彼女の為に笑ってくれるレオナはいないのだから。

「――双子って不思議ですね」
「……それってボクとレオナのこと言ってんの」
「えへへ、まあ、はい……」
「ふん、ほっといてくれる?」

 まだ何も言ってないのに。肩を落とすらぁらに、ドロシーは相変わらず退屈と不機嫌の眼差しでゾウを眺めている。そろそろ他の動物が見に行きたいのだけれど、それを言い出すタイミングがどうにも掴めない。
 そもそも、ドロシーは動物が好きなのだろうか。好きだったら、こんなに不機嫌な表情で動物園を周ったりはしないのだろうか。でももしかしたらそれもきっと動物よりずっとレオナのことが好きだから仕方のないことなのかもしれない。レオナ本人に聞かれたら動物への好きとレオナへの好きを一緒くたに語らないでくれると怒られそうではあるが。

「……レオナさんと出掛けるのがそふぃさんなら、一緒に連れてってもらえばよかったのに」
「はあ!? アンタそれ本気で言ってるわけ!?」
「ええ!? だって友だちだし、二人ならドロシーさんが一緒に行きたいっていえばいやだなんて言わないと思っ――」
「そりゃそうだけど、ボクだって空気読むくらい出来るんだからね! そんなお邪魔虫みたいな真似ごめんだから!!」
「お邪魔牛?」
「む・し!!」
「お邪魔虫ってなんですか?」
「…………らぁらにはまだまだずうっとずーーーーっとわかんないこと!」
「ええ〜〜!? 教えてくださいよぉ〜〜!」

 お邪魔虫とは、小学五年生になるより前に意味を理解していなければならない単語なのだろうか。わからないから、年上であるドロシーに聞いているのにやはり彼女の態度はらぁらにはつんけんしている。
 ――あ、でも。
 今日会ってからずっと眉間に刻まれていた皺は、気の所為かなくなっていて尖らせていた唇もどこか笑っているように見えた。
 そして――。

「――いたっ! うう〜、何ででこピンしたんですか!?」
「ボクがしたいと思ったからだよ? お馬鹿さんならぁらには難しい話をしちゃったから、お詫びに他の動物見て回るのに付き合ってあげるよ」
「あ、ありがとうございます?」
「……。らぁらはホントにお馬鹿さんなんだね」
「えっ!」
「まあいっか、悪くないよ」
「ドロシーさん?」

 痛みに額を押さえるらぁらを頭のてっぺんから爪先までじろじろと眺めてから、ドロシーはひとり納得したと胸を張り、それからさっさとゾウに背を向けて歩いて行ってしまう。これからゾウを見ようと歩いてくる人たちをすいすい避けて行く彼女の背中を慌てて追い駆けるらぁらは、取りあえず機嫌が悪いのは直ったのだろうかと、何が彼女のお気に召したのだろうと不思議な気持ちを抱えながらそのひとつでは頼りない背中を目指す。
 どうしてかドロシーのようにはすれ違う人たちを避けられなくて、これでは迷子になってしまうかもしれないから手を繋ぎませんかと提案したら、やっぱりまた怒鳴られちゃうかなあと想像しながら、「早く来なよー!」と呼んでくれている声に応えようとらぁらは必死に駆けた。



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太陽が寂しいと言うので
20150401



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