※捏造注意



 ヒロは時々、自分の恋人である少女のことがよくよくわからないと頭を抱えることがある。ヒロの恋人であるなるは、なんというか愛される星の元に生まれてきたような少女だった。そういうところが自分と正反対だから、羨ましくもある。だがそんなことをなるに打ち明けようものなら途端にしょげ返ってしまうのだから、ヒロは口を噤む。なるを可愛い可愛いと妹のように愛でてきた(否、現在進行形で愛でている)プリズムストーンの仲間たちは、未だにヒロのことを探るような目で見て来ることがある。自業自得だと誰かは言い、ヒロはいつだって言い返せない。寧ろそんな風に言われてしまうヒロを憚りなく好いていると言いきったなるが特殊だった。
 愛されたがりだったのかもしれないし、追い駆けてくる過去の自分が好きでなかっただけかもしれない。頂点で輝く為に何を犠牲にしても構わないと本気で思っていて、沢山の人に迷惑を掛けてきた。いつか目指していた場所から、道を違えていた現実を執着していたコウジの歌に突きつけられて落ち込んで、どうにか立ち直り現在に至るまでヒロが払拭できたものなんて自己完結の心の問題だけで、周囲に軽蔑されてもそれはそれで仕方がなかった。けれどなるはやってきた。どうやらヒロの執着心の影でコウジへの甘い初恋を苦く涙で終わらせてしまったらしい彼女は、それでもヒロの前で笑ってくれた。そして初恋を経験していたわりに、他人から向けられる好意になるは存外鈍かった。もしかしたら敵意にも鈍いのかもしれない。何せあの刺々しかった時期の蓮城寺べるに敵視されて、落ち込みながらも最後には笑顔で乗り越えていたようだから。
 ヒロがいつしかなるをコウジに曲を書いてもらった女の子としてではなく、大切なたったひとりの女の子として意識したころ、彼女はどうしようもなく鈍感で、ヒロのアピールなど花が咲くような笑みと共にことごとく受け流して見せた。悪意なく、大切な友人たちに囲まれヒロは輪の外側で項垂れるしかなくて。けれどしょげ返る度に元気を出してと頭を撫でてくるのもなるで堂々巡りの日々が続いた。音楽の「色」が見えるらしいなるに向かって切々とラブソングなど歌って聴かせたこともあるが全く通じなかった。気持ちが乗っていることだけはわかってもらえたが、まさか自分に宛てたラブソングだとは微塵も思わないらしく、寧ろなる以外の友人たちにヒロの気持ちが筒抜けになって終わった。
 大勢の女の子たちの前で平然と仮面を被って立ち振る舞っていただけに、素の自分でたったひとりの女の子に立ち向かおうとしても勝手が違い過ぎた。意気地なしと協力する気もない外野に叱られたこともある。泣かせないように、傷付けないように。けれど愛されたいと願った少女にはっきりと気持ちを理解して貰うには、同じくらいはっきりした言葉で伝えるしか方法が残されていなかった。それ以外は、愛すべくも手厳しいなるの友人たちが認めてくれそうになかった。ふわっふわの女の子を繋ぎ止めようとするからには、軟弱者には託せないということだろう。ヒロはいつだって試されている。意思や覚悟、そしてある種の忍耐力を。

「ヒロさん、ヒロさん!見てください!あんちゃんの新作スイーツ、お土産です!」

 ステージに立つより何倍もの勇気を振り絞り、なるに好きだと告げてから――この好きが友情ではなく恋情だと理解させるのにまた骨が折れたが――そしてなるが同じ気持ちだとヒロの想いを受け入れてくれてから、彼女の甘く高い声が耳朶を打つたびにヒロは頭を抱えたくなるし、抱き締めてしまいたくなるし、もっと聞いていたいとも思うしもう黙って欲しいとも思う。しっちゃかめっちゃかだった。
 プリズムショーができる環境を手に入れたとき、ヒロは自分の元に降ってきたチャンスを幸福だと思ったけれども、今こうしてなると顔を合わせている状況とてまた幸福だった。けれどどうにも種類が違うように思えて、手に負えない類の不安すら湧き上がってくるのがわかる。
 だって、この綾瀬なるという少女。彼女の輪の内側に入り込んで理解する。プリズムストーンの面々が時にあのべるですら過保護になるわけを。なるは、内側に誰かを入れた途端、もしくは自分が誰かに許容されたと心が安堵した瞬間からどうしようもなく不用心だ。笑顔も、スキンシップも。小柄な体格が手伝って、なるほど妹のようだと同性ならば可愛がってしまいたくもなるだろう。だが、恋人として受け入れてもらったヒロからすればこの迂闊な振る舞いは他者に向かえば悩みの種であり自分に向かえば試練なのである。

「――ヒロさん?」

 悶々と思考を廻らせるヒロの顔を、なるが覗き込む。手にはあんが持たせてくれたという新作のスイーツの入った箱。種類の違うケーキが二切れ。あんはなるに過剰なスイーツの持ち帰りを許さない。美味しいと言ってくれるのは嬉しいが、それを理由に際限なく食べて太らせてしまってはいやだかららしい。それでもこの箱の中に二切れのケーキが並んでいるのはなるがわざわざヒロの分も貰おうと交渉してくれた結果なのだろう。一緒に食べましょうと取られた右手は小さくて温かくて子どもっぽい。それなのに妙にどぎまぎしてしまう自分の方が大概稚拙であると思い知ってはいるけれど。

「この間、おとはさんに美味しい紅茶の淹れ方を教わったんですよ〜」

 そう、たどたどしい手付きでなるはティーポッド、カップ、ソーサーを用意していく。べるたちと違いヒロはお茶の時間に拘りはないのだが、なるがあまりに熱心におとはから教わったであろう注ぐに相応しいタイミングを見逃さないよう透明なティーポッドの中を凝視しているものだから好きにさせておいた。
 なるがヒロの前で披露する話の登場人物は、いつもヒロが知っている人物で構成される。会ったことがない学校の友人の話は時々挙がるがすぐにあんやいとが登場する。べるやおとは、わかなも同様だ。迷惑をかけてしまったと落ち込んだり、褒められたと喜んだり、からかわれたとふてくされたり。万遍なくいきわたる幸せの波長に柄にもなくへそを曲げたこともある。除け者にされた気がしたからではなく、独り占めしたい本音を誤魔化したくてぎこちない相槌しか打てなくなったことも。

「ねえなるちゃん」
「――はい?」
「その――、俺は――」

 着飾らない一人称が、なるに怖がられやしないかと思っていた。彼女はそれが本当のヒロなら怖くないといいきった。なるの前では今更取り繕うことの方が難しくて、今だって情けない声しか出せない。
 なるは多くの事物を仲間たちから受け取れる。勿論彼女も小さな幸福の欠片を飾らないひたむきな姿勢で示している。そこは完成された関係が広がっていた。雨が降るように悲しみが生れても、いつかは晴れた空を見上げるように世界は回る。その中に自分がいる意味を、ヒロは時々見失う。自分がなるに与えてやれるものがあるかどうか――そんな見返りを求めあう関係じゃないと頭の片隅で理解しながらもなると想い合っている現状への安心材料を欲しがってしまう。
 出会ったころのヒロからは想像できないような弱々しい言葉も、なるは否定することなく耳を傾けてくれる。そんなことはないと言いたかったとしても、まずは慎重に受け止める。ヒロの痛みは、ヒロだけの痛みではないのだ。彼が抱え込んだ暗い影はいつかなるにも届くだろう。誰かを好いて、好かれて、受け入れるということはときに相手の痛みを受け入れることだ。
 ヒロの前のカップに淹れたての紅茶を注ぎながら、なるは考える。ひとりで悩むことはあまり得意ではないけれど、ヒロのことであれば真っ先に自分が動いてあげたいと思うから。けれどこれは、ヒロに何か与えて欲しいからではなくて。きっとなるがわかっていることなんて、ヒロだってわかっているはずで。だからきっとこんがらがっているだけなのだ。人を好きになるってハピなるだけど難しい――なるはいつもそう思う。

「ヒロさん、この間新曲出しましたよね?」
「――うん」
「コウジくんが言ってました。ヒロさんが自分で作詞したんだって」
「まあ、うん、したけど」
「それでですね、この間――プリズムストーンのみんなとべるさんたちと一緒にPVが流れているので観たんですけど…」
「――?」

 知り合いに自分の歌っている姿を見られたところでどうということはない。だが、話し始めたなるが段々と顔を赤くして俯き気味になってしまったことが怪訝で、ヒロは首を傾げた。

「み、みんなが言うには…!あああああの新曲はその、なんだか私への気持ちが溢れてるって言われて…!それで、あのあの!」

 自分で言っていて恥ずかしいのだろう。当時の光景が目に浮かぶようだ。確かにヒロの新曲の歌詞は、彼がなるへの想いを綴ってみたものだが告白する前にも似たようなことをして通じなかったのでてっきり今回も同様だと思っていたのだが。

「もしそれが本当なら、私とってもはぴなるですっていうか、ヒロさんにあんな風に想って貰ってる私ってそのやっぱりはぴなるだなって…だからその――大好きです!!」

 捲し立てて、なるは紅潮した顔を隠すように両手で覆ってまた俯いた。もうこちらの主張は言いきったから、あとはヒロに任せるつもりなのだろう。しかしヒロも、思いがけないなるの言葉に徐々に耳まで真っ赤にしてそれから――なると同じように両手で顔を覆ってしまった。やはり試されているのだ。意志や覚悟、そして何より忍耐力を。

「なるちゃん」
「――はい」
「付き合うって…恥ずかしいことだね」
「そうですね……恥ずかしいですね」
「でも幸せだね」
「そうですね…はぴなるです」
「うん、はぴなるだ」

 顔を覆ったまま、そんな会話をした。それから数分間、二人はその体勢で沈黙した。顔の熱が去って、そうしてどちらともなくお土産のスイーツに手を伸ばした。なるが淹れてくれた紅茶はとっくに冷めてしまっていたけれど、折角の新作スイーツと含めて二人にはよく味がわからなかった。けれどたぶん、美味しかったはずだ。ふと絡み合った視線に釣られて笑い合う。
 取り敢えず、食べ終わったらコウジにメールをしよう。あのなるに、歌に籠めた想いが伝わった感動を。きっと鬱陶しがられるだろう。けれどそんなことは気にならないくらい、今のヒロは幸せの絶頂だった。
 愛はきっとここにある。



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世界中でただひとりあなたの愛を知っている
Title by『告別』



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