楽しいから笑うのだと思っていた。嬉しいから笑うのだと思っていた。恋しくて愛しくて近しく思うから笑うのだと、そうとばかり神童は思っていた。けれど人は、悲しくても苦しくても相手をどこか遠く感じ寂しくても笑えるのだと知った。茜が教えてくれた。自分に向かって構えられたカメラに向き直って、驚いて顔を上げた茜に微笑んだ次の瞬間、彼女は泣きそうに笑って、それから本当に泣いたのだ。引き留める間もなく走り去ってしまった茜の後姿が、閉じた瞼の裏でやけに小さく映る。どうして笑ったのだろう。泣いていたことよりも、寧ろ泣かれてしまったから直前の笑みの意味が気になるのだろうか。

「驚かせたのが良くなかったかな」

 ソファに身を沈ませ天井を仰ぎ見る神童の沈みゆく心地などお構いなしに、二匹の飼い猫が彼の膝に纏わりついている。その姿を神童は可愛いと思う。
 ――可愛い。
 それが、神童が自分にカメラを向ける茜に抱いた最も強い感情であり、それ故に自分は微笑んだのだと(茜には驚かれてしまったけれど)、ならば自分は茜を追いかけるべきだったのだと気付くには事はとっくに過ぎ去ってしまっていた。
 もう泣き止んでくれているといいのだけれど。神童の願いは茜に届くことはなく、彼女のカメラという防壁の向こうに潜む本音を知らない内はどれだけ優しい願いを潜ませようとも無駄だった。茜はまた、神童を前に泣くだろう。そしてそれ以上に、全てを誤魔化すために微笑んでみせるに違いない。



20140429


≪ | ≫

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -