離れたら簡単に壊れてしまうのが人間関係だと思っていた。だからこそ断ち切りたいものからは距離を取るのが有効な手段になりえるのだと。風呂上がり。まだ濡れた髪をタオルで乱暴に拭きながらリビングに戻り、テーブルの上に放置していたスマホを手に取る。幸い着信はなかったが、ここ数日、勉強やら部活やら、弟たちの相手やらとたて込んでいた分溜まっていた家事を纏めて片付けていた為にメールは昼間届いたものから放置されていた。

「――野咲」

 呟きは祈りに似ている。会いたいなんて恥ずかしくて絶対に言葉にできないから、瞬木はただ名前を呼ぶことに多くの願いを乗せすぎる。他人が自分の都合よく動くことを期待する方が愚かしいと知っているのに。
 沖縄なんて行ったこともない。修学旅行に飛行機に乗る積立金に引き落とされるくらいなら預貯金は腹に溜めたい。空を飛ぶよりも早く宇宙を駆けたなんて大抵の人間が笑うだろうし打ち明けたいとも思っていない。ただちっぽけで偉大な連絡ツールに映し出されたさくらの画像が何よりの証拠なのだろう。新体操なんて瞬木は微塵も興味なんてなかった。野咲さくら個人にだって。如何にもな女だった。それだけで距離の取り方は理解した。変わるはずがないと思っていた。2人して、随分と巻き込まれてしまった。そうして引き合って、その引力が消えれば元いた暮らしに戻るだけ。保たれた距離を実は埋めたかったなんて卑怯な言い方だから思い浮かべたくもない。近況を尋ねるだけのメールに打ち込める文字数なんてたかが知れている。もう少し気を使ってくれないと困る。

『久しぶり!元気にしてる?私は元気だよ!』

 子どもの業務連絡。ヘタクソ。悪態は得意だ。久しぶり、元気にしてる、元気なら良かった。それ以外、何と返せるだろう。

『久しぶり。俺はアンタに会えなくて元気にやってない。』

 などと返信したら、きっとさくらからは怒ったようなメールが届くのだ。電話はない。期待の結果が声音で誤魔化せなくなるのは怖い。
 でも強ち嘘ではない。腹一杯食べれば幸せで、運動した後に風呂に入るのは極楽で、今日も一日お疲れさんとベッドに飛び込めば満たされる日々だけれど。さくらがいなくても平穏に流れていく瞬木の日々だけれど。何も壊さずに保たれた関係に甘んじながら距離を挟みそれでもふとした瞬間に、今ここにさくらがいたらどうするだろう、何と言うだろう、どう思うだろう。そんなことを、瞬木は考える。
 乾いていない毛先から落ちた水滴が携帯の液晶を濡らした。返信はまだ、送れない。




20140730


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