「何て言ったの?」
問い返したけれど、それは本当に聞こえなかったからではなく聞こえてしまった言葉が信じられなかったからだ。けれどみおんの淡い期待を裏切るようにワタルは真剣な眼差しのまま、みおんの耳に届いていた通りの言葉を繰り返す。肩に置かれた両手の重みが、そのまま彼の想いの重さとなってみおんをこの場に縫い付けている。
「僕はみおんが好きだよ。みおんが純さんのことを好きでいても、僕はみおんが好きだ」
これは告白ではなくて宣誓なのだ。だからみおんはワタルとて理解しているように「純さんが好きなの」と彼の気持ちを撥ねつけることはできない。何より、その認知は正しいのだろうか。あの日、世界へ旅立つ純を空港で見送ったみおんに腕を広げたワタルを思い出す。彼の胸に飛び込もうとは思わなかった。けれどもし今また同じことをされたら自分はどうするだろうか。そもそも、純に置いて行かれることを嘆いて涙を流すだろうか。或いは一緒に連れて行ってとなくことすらしないのではないか――。
俯く。これは過去の恋の清算の記憶に過ぎない。目の前のワタルへの想いを把握するに相応しい回想ではない。
黙り込むみおんに、ワタルはまた「好きだよ」と繰り返す。耳朶に触れた吐息が優しくて、みおんはゆっくり顔を上げた。
「……もう一回、言って?」
それから、あの日のようにもう一度その両腕を広げて「おいで」と言ってくれたなら、もしかしたら飛び込んでしまうかもしれない。
みおんの迷いなど知らないはずのワタルは、けれど彼女の願いに「お安い御用だよ」と微笑んで、ゆっくりと肩に置いていた両手をどかして、それから――。
20140422
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