「背、伸びたのね」
 アカデミアを卒業してから何度目かの明日香との再会を果たした時、彼女はまるで十代が眩しいものであるかのように目を細めながら見つめて、言った。
 そうかもしれないと、十代は買ったばかりの缶ジュースのプルタブを開けながら頷く。肉体的な成長には正直頓着したことがない。いつ頃からだったかはもう思い出せないけれど本当に小さい頃からデュエルにばかり心を奪われてきたものだから、身長とデュエルの間にその内容と実力に何ら因果関係が見いだせない以上十代の興味は必然的に留まれないのだ。
 ただ、アカデミアに入学して明日香に出会った頃、自分の目線は彼女の目線よりも低かったことをぼんやりと覚えている。それが三年の月日を数える頃に並んで、そしてついには追い抜いたようだ。十代はもう自身をすくすく成長する子どもだとは思っていないが、伸びる人は成人しても伸びるらしいから、奇異なことでもないのだろう。ズボンの丈が短くなったと不便も感じないし、劇的な変化を遂げたというわけでもない。尤も、十代に言わせればアカデミアの三年間で遂げた以上の変化を自分が遂げることはこの先の人生でもないだろうとは思っている。
「なんか、明日香を見下ろすのって変な気分だな」
 缶の中身を飲み干して、明日香との間にあった数歩分の距離を埋めてみる。身長差を測るように手を翳して振ってみれば、十センチあるかないかの差ではあるのだが新鮮ではある。それは追い越した身長の、言葉通りの見下ろす姿そのものなのか。アカデミアでは見ることのなかった彼女の唇を淡く縁どっている桃色であったか、オベリスクブルーの女王と呼ばれた逞しかった彼女がやけにか細く映ることだったか。新鮮さの後から次々と湧いてくる戸惑いに居た堪れなくなって、十代はさっと明日香の傍を離れて先程飲み物を買った自販機の隣に設置されているゴミ箱へとゆったりとした足取りで向かう。明日香に背を向ける形になって、ほっと息を吐いた。
「あのね十代」
 呼びかける声は、十代の耳にかつて馴染んだままの声だった。
「私は、貴方を見上げるの、ちっとも変な気がしないのよ」
 それなのに、水中からその声を聴いているかのようにぼやけてしまうのは何故だろう。
「貴方って昔から――時々ひどく遠くなるから」
 自分は何を追い越してしまったのだろう。ゴミ箱に放り込んだ缶が高い音を立てる。身長の話だ。何もそんな寂しげな声を出さなくたっていいじゃないか。そう笑いかけたかった。今すぐ振り向いて、明日香に笑って欲しかった。
 同じ目線をなくした今となっては、身勝手な願いだったかもしれないけれど。


20150411


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