時枝とセックスをした翌朝、嵐山はいつもよりも一時間は早く目が覚める。薄暗い部屋のベッドから静かに降り立って、カーテンの隙間からまだ昇りきらない太陽とうっすらと白む空を見る。吐き出した息は白く、ベッドで丸くなったままの時枝が寒がらないよう戻って毛布をしっかりとかけてから部屋を出る。
 シャワーを浴びて、服を着て、洗濯機を回す。昨晩散らかした衣類を適当に引っ掴み、全て纏めて放り込む。洗濯ネットも、要手洗いの表示も無視をしてごうんごうんと音を立てて回るドラム式の洗濯機の中央を覗き込みながら待つ。飽きてきたら、首にかけていたタオルを外してドライヤーをかける。順番が逆だったことに気付き、使用済みのタオルを洗濯かごに放り込んで肩を落とした。
 双子の弟妹はそれぞれ部活の合宿と友人宅に泊まり込みで遊びに行っており不在。自分以外いない状況を把握した上で、ボーダーの後輩でもある時枝を招き入れた時点で確信犯だ。リビングの液晶テレビのチャンネルを回してみても、内容が全く頭に入ってこないのですぐに消した。朝の静寂を意味もなく破壊することは憚られた。それから、リビングから聴こえるはずもないだろうが未だ眠りこけている時枝のためにもうるさくしない方がいいだろう。
 ソファに腰を下ろし、窓から差す込む光が徐々に伸びてくる様を見つめる。あと数十分もすれば足もとに届くだろうかとか、じっと見届けるには怠惰に身体を慣らさなければならない。それが、嵐山には何より向いていなかった。

 昨晩の記憶を辿る。時枝を連れて帰宅したときにはもう自宅には誰もいなかった。二人とも夕食は外で済ましてきてからの帰宅で、あと少しで高校生の恋人は外出が好ましくない時間に差しかかろうとしていた。適当にくつろいでくれとありきたりな言葉を吐いてもその通りにするほど気兼ねない態度を取りそうになかったので、手洗いうがいをさせてから嵐山の自室に通した。子ども扱いしたつもりはないが、時枝は気落ちしたかもしれない。けれど冬は風邪の予防が大事だから、嵐山は時枝の沈黙をものともしない。別々に風呂に入り、時枝が部屋を空けている間に嵐山は弟妹に他愛ないメールを送り、時間を潰す。兄が同性の恋人を自宅に連れ込んでいるとは知る由もない可愛い弟妹たちは呑気に留守番に対する労いの言葉を綴ってくれたりするものだから、ブラコンかつシスコンの嵐山としてはつい頬が緩んでしまう。それをタイミングよく戻ってきた時枝に見つかって、原因まで何やら察せられてしまって、やはり沈黙する彼に嫉妬と羨望を感じ取り嵐山の気分は最高潮だった。
 ベッドに倒れ込んでからは、器用ではあれども積極性に欠ける時枝は終始嵐山にペース配分を任せる形となり好き放題恋人の身体をまさぐり、繋がって、暴いた。物静かに、眠たげな瞳から零れる涙と、枯れそうなまでに絞り出された声が嵐山の網膜と鼓膜に貼りついて鮮やかに蘇る。こうでもしなければ、特別なんて証明しようがなかったから、毎度のことながら加減が上手くいかないのだ。
 いい後輩を、部下を持った。嵐山の耳に時枝の評価を入れる人間は大抵そう彼を讃える。その通りだろうと胸を張って、頷いて、どうしてそのまま留めておけなかったのか、それだけが不思議で仕方がない。弟妹が年齢を考えろと叱責を受けるほどに大好きだった。比べる土台が違うとしても、ボーダーの後輩たちの立ち位置はそこに劣っているはずだった。どうしたって庇護対象にはならない実力を持っていなければ、嵐山の前に立つ筈がないのだから。
 嵐山が時枝とセックスをした翌朝、必ず早く目を覚ましベッドを抜け出してしまうのはきっと本能が怖れているからだ。あの、眠たげで冷静で、公平であろうとする瞳に獣のような乱暴を涙ながらに拒まれたらどうしようと、そんなことを考えて逃げ出している。情けないと項垂れながら、是正の自信も手放す楽観も持ち合わせていなかった。


 洗濯機のけたましい音が鳴り響いた。ぼんやりとしていたせいで、つい肩が大仰に揺れた。
 洗濯物を干し終えて時計を確認すると、いつもの起床時間を過ぎていた。休日の朝は住宅街全体が静まり返っていて、体内時計もうまく働いていないように感ぜられる。キッチンに立ち電気ケトルのスイッチを入れる。コーヒーかココアか、自分の味覚ではなく時枝の好みを前提に選択肢を選び、みかんジュースを用意しておかなかったことを反省する。時枝はきっと、嵐山が用意したものならば何も言わずに口に運ぶだろう。その大雑把な許容が、嵐山には時折どうしようもなく寂しい。けれど好き合って結ばれた以上、欲を積み重ねては押し潰されてしまうだけだろうから口を噤む。年上としての矜持とは、先陣を切って導くばかりではないとは思うけれども、それでも。格好つけたいと願うこと、それはいつの時代も好きな子を前にした男の、可愛い後輩を持つ先輩の、当然の帰結でもあるのだから。


 時枝とセックスをした翌朝、嵐山はいつもよりも一時間は早く目が覚める。隣で眠り続ける時枝を起こさないようベッドを抜け出し、身だしなみを整え、洗濯機を回し、答えのない思案を繰り返し、飲み物を用意し、そうしてからようやく自室に戻り、猫のように丸まって眠っている時枝を起こしに向かう。
 散々楽しんだくせに、そのセックスを契機に拒まれることを怖がりながら、恐る恐る時枝の肩に手を置いて、揺さぶる。そうして起こされた時枝の第一声の大抵が、呂律の回らない声と、目の前の恋人の名前であることを嵐山は知っている。

「おはよう、充」
「……おはようございます、嵐山さん」

 こんな朝を、もう何度も繰り返している。



―――――――――――

まどろみはすぐそばに
Title by『魔女』






人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -