馬鹿な女だった。
 手前勝手な行動でボーダーの規律を破ったとかそのせいで俺の部隊はB級に降格させられただとか上層部からは共犯ないしは違反の黙認の疑いで長時間無意味な取り調べを受けさせられたとかそんなことはこの際どうでもよかった。
 表向きには規約違反――その内容すら不明瞭なままのでっちあげに拘わらず――で二宮隊からどころかボーダーからも除隊させられたと通達された鳩原未来の処遇を誰もが「へえそうか」「バカなことをしたもんだ」「除隊になる違反って?」「でもさ」「鳩原未来ってどんなやつだったっけ?」と多少の疑問を抱きつつもあっさりと受け入れてそして半年も時間が流れれば忘れて行ってしまう。その程度だ、鳩原未来という人間のボーダーにおける価値なんて。あいつに価値を見いだせるとしたらせいぜいそれこそチームを組んでいた俺たち二宮隊の人間だけなのだから。
 そんな風に忘れられていくのがお似合いのさえない女だったわけだがそれでもお前は俺の部下だったわけで東春秋の弟子だったわけで木崎レイジの妹弟子だったわけで絵馬ユズルの師匠だったわけで限りなくゼロに近い存在感しかないお前だって誰かに覚えてもらおうなんて端から思って無いような体で全部を捨て去っていったつもりなんだろうなと思うとクソ生意気な女だと舌打ちせずにはいられなかった。
 鳩原未来の除隊を知らされた絵馬ユズルから一度だけ正面から睨まれたことがある。鳩原がボーダーに健在だった頃からあのガキが俺に対して友好的なオーラを纏ったことはなかったがそれにしたって彼女が消えてからの絵馬ユズルの視線が俺に向かうということは即ち俺を責めているということだった。まるで鳩原未来が消えたのが俺の所為だと言わんばかりの無気力な表情に埋まった二つの眼球だけがねちねちと俺に向けられていて流石お前の弟子だけあって俺を不快にさせるのは本当に上手くて大人げなく十四歳のガキを睨み返す俺の怒りが誰に向かっていたかなんて言うまでもなくわかるだろう?
 腹を立てるのも呆然と立ち止まるのも癪だから、お前が消えた日に差していた傘はまだ新しかったが捨てたしお前を連れて行ったことがある飲み屋なんて間違っても二度と行かないしお前の話題を不自然に避けようとして顔を歪める他の連中の方なんて絶対に振り向かない。そうしてお前がいない日常が当たり前になってその頃にはきっともう俺たちはお前がいなくなったことなんてどのチームにも起こり得る人員の異動だった程度にしか思わなくなってA級にだって返り咲いているだろうさ。お前なんかいなくたってお前なんかいないままで俺たちは俺はお前がいた頃よりももっとずっと上手くやれるさ。やれない理由を挙げる方が難しいくらいだ。
 ただせめて真実だけは――お前に重大な規約違反を犯しあまつさえ民間人をまとめて率いるだけの実行力があるかのような決めつけをした上層部のお前の認識への間違いだけは――明らかにせずとも突き止めようと上着の内ポケットに仕舞ったお前の下手くそな作り笑いの写真が邪魔で仕方がないがそれでも破り捨ててそのゴミを投げ捨てることを――できないのではなく――やらないのはお前がお前の身勝手な行動がさよならも言い残さなかったお前を俺がまるで何もわかっていなかったかのようにそうだ絵馬ユズルの視線だけの糾弾がまるで正しいかのようなそんなことは断じて認めないそれだけのことだ。
 遠征部隊への認定をお前が人を撃てないことを理由に外されたことも俺は――そんなことは一度認定を出す前に確認しておくべきだったろうと上層部の詰めの甘さに――舌打ちこそしたがお前に対して何か思うことはなかったしへらへらと謝っても人が撃てるようになるわけでもないと自分でもわかっているくせに「すいません」などとほざくお前に呆れはしたがそれだけだ。それ以外に何がある? 近界に行きたいと、二宮隊の誰も熱烈に訴えては来なかったし隊長である俺だってそんな望みは抱いていなかった。お前だって言わなかった。人が撃てなくてもそのことを上層部が懸念要素として重視したとしてもそれでも遠征部隊に選ばれたいなどとは一言だって言わなかったんだ。遠征部隊から外されても俺は俺たちが遠征部隊に選ばれるにたる実力を持っていることは変わらないと知っていた。それなのにその俺たちからお前はあっさりすり抜けて雨取麟児を初めとする誰とも知れない民間人にボーダーのトリガーを勝手に譲渡して追われる身になってまで近界へ消えた。
 なあわかっていたかお前は人が撃てないんだぞその協力者たちはトリガーを手に入れただけでちゃんと戦えるのか俺よりもお前を上手く使えるのか間違ってもお前がそいつらを使うなんて無理だろう?
 上層部がいくらお前のような違反者はいなかったかのように扱って時間が流れてもお前みたいな人を撃てない奴もお前と違って実力すら足りていない奴もそれでいて遠征部隊を目指しているなんて恥ずかしげもなく俺に向かって宣言する奴も後を絶たなかった。ボーダーは防衛機関と銘打っているんだから選ばれるはずもない人間は大人しくこの三門市を防衛していればいい。ランク戦を勝ち抜けば遠征部隊に選ばれる近界に行ける大切な人と再会できる取り戻せるなんて絵空事は俺たちより弱い奴らが語るべき夢じゃないんだ。
 いつか鳩原未来のいない俺のチームが遠征部隊に選ばれてそれこそもしも向こう側でお前に再会するようなことがあればそのときは腹を括って俺たちを――人間を撃つことだ。そうでもしなければ俺がお前を殺してやる。裏切り者、或いはどこか見覚えのある近界民として。そしてこちらに帰ってきたらお前のことを未だに覚えている奇特な連中ひとりひとりに「鳩原未来は死にました」と報告して回ってやる。
 そうすればお前がいなくなってから何事もないようでいて確かに狂ってしまった俺の世界は今度こそ完璧に戻るんだ。永遠にお前を失って、今度こそ。



くだらないこと
20150724






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