※呼称、構造、捏造過多


 取り掛かっていたデータ処理が一段落ついたところで、三上は飲み物を取りに行くことにした。ついでに作業を再開するときはブランケットを膝に掛けて暖を取りながらにしようと思い立つ。任務中やランク戦のときはそんなもの使わないのだけれど、ひとりで作業しているときはパソコンのデスクに飲み物や小腹を満たすお菓子が並んでいたり、カーディガンやブランケットを羽織ったり多少作業環境を快適に構築しても構わないだろう。規則として禁止されているわけではないが、隊として動いているとき、それは仕事をしているときでもあるのだから、臨む態度は真面目であるべきだと三上は思っている。隊長の雰囲気のせいもあるだろうかとそこまで考えて、三上は視界に入る人物の格好に思わず肩を竦めてしまい、自分の考え方は硬すぎるのかもしれないと若干の苦い想いがする。

「菊地原、姿勢悪いよ」
「……うるさいなあ、自由時間なんだし、いいでしょ」
「姿勢の良し悪しに時間は関係ありません!」
「ぶう、」
「背中痛くなっても知らないからね」

 隊のオペレーション室から繋がっている作戦室に出ると、椅子に座った菊地原が上体をテーブルに預けてだらしなく突っ伏していた。つい注意すると、やはり大人しく姿勢を正すはずもなく抗議が飛んでくる。顔だけはきちんと三上の方に向けて、最低限礼儀正しく振舞っているつもりなのだ。それについては訂正を加えるつもりはない。
 部屋に菊地原しかいないことはわかっているが、一度ぐるりと視線を廻らせて、風間や歌川の気配がないか確認する。彼等の持ち物や存在の痕跡は見つけられず、ここにはただ菊地原が一人で座っていただけのようだった。それはそれで珍しいと三上は数度瞬いた。口の悪さと好き嫌いの激しさ、積極的に他人に関わって行こうとしない気だるさのせいかそう友人が多い菊地原ではなかったが、不思議と同年代の中でも孤立しているという心象もまたなかった。少なくとも、風間隊の内側にいる、三上が出会ってからの菊地原は。特に隊長である風間のことは表面上わかりにくくともだいぶ慕っているのだろう。菊地原の生意気な態度など歯牙にもかけず可愛がり倒した嘗ての風間隊のオペレーターである宇佐美のことも。歌川のこともそれなりに。そして恐らく三上のことも。自分で言ってしまうなんて恥ずかしいことこの上ないが、前述したとおり菊地原の好き嫌いは激しく、その上わかりやすかった。盾や仲介にする人間も引き連れずに鉢合わせる可能性のある相手と、一対一で向き合う場所に構えもせずに居座っている時点で三上は菊地原の内側にいる人間なのだ。

「飲み物買ってくるよ。いる?」
「――――いる」
「温かいのでいい?」
「いい」
「じゃあ行ってくるね」

 菊地原は相変わらず姿勢を正さない。けれど三上は「知らないからね」と言ってしまった手前、これ以上注意することが出来なかった。ムキになって言葉を募らせると、彼は同じだけ態度を頑ななものにするだろう。まるで駄目と叱られるほど意固地になる子どものように。菊地原は、本当に悪いことをしているつもりなどないのだ。
 作戦室を後にして通路に出ると、驚くほど静かで誰も歩いていなかった。誰とも擦れ違わずに自販機に辿り着く。自販機のあるロビーには疎らに人がいたけれど、三上が親しく言葉を交わす相手はいなかった。別に誰かに会いたいとも思っていなかったが、この場所には誰一人自分と親しい人間はいないのだと思うとつい肩から力が抜けてしまう。ぼんやりと、今からオペレーション室に戻って作業を再開したとして、最短どれくらいで終わるだろうかと考えながらお金を入れ、ボタンを押す。
 冷たいミルクティーを購入していることに気付いたのは、ガタンとペットボトルが取り出し口に落ちてきた音がしたのと同時だった。

「あーー」

 思わず溜息が漏れる。菊地原に温かい飲み物を買っていくと約束してしまっているから、当然これが三上の分だ。しかし出来るなら三上も温かいミルクティーが飲みたい。

「……仕方ないか」

 温かいと冷たいのボタンが隣接しているのはこの時期こういったミスを誘発する不親切な並びではないかと文句を言っても仕方がない。ぼんやりしていたのは自分の方だという自覚もある。何より飲食物の第一希望が通らないということに、悲しいかな下に三人もの弟妹を持つ三上には十分すぎるほど耐性があった。
 うっかり気落ちしてしまう出来事が起きたことなど悟られないよう、三上は来たときよりも意識して背筋を伸ばして歩く。誰も見ていないけれど、彼女を待っている(と言っていいだろう)菊地原に、私は私の欲しいものをきちんと買ったうえであなたにも希望通りの飲み物を用意したのよという見栄を張れるように。
 しかし、三上が気を張った瞬間それを弛ませるように間延びした声と緩やかな歩調の持ち主が手を振りながら彼女の方へ向かってきているのが見えた。

「歌歩ちゃ〜ん」
「国近さん」
「よかった〜、さっき風間隊の部屋行ったら歌歩ちゃんいないから探してたの」
「あれ、菊地原いませんでした?」
「いたけど、嫌そうな顔された」
「……すいません」
「あはは、何で歌歩ちゃんが謝るの?」
「う……」

 三上の名前を呼んで、彼女がその声に顔を上げても変わらない国近の歩調に焦れて、結局三上から駆け足で距離を縮めた。
 探し回るほどの用事だなんて珍しい。本部に出てきた途端に本部長補佐である沢村に捕まって、A級部隊のオペレーター全員に渡す書類配りを手伝わされていると、国近は言葉を偽らず面倒くさいと唇を尖らせながら三上に書類を手渡した。確かに受け取りましたと頷く。冬島隊の真木も隊の部屋にはいなかったしもう疲れたと抱き着いて来る国近を引き剥がし、仕方ないから手伝いましょうかと弟妹の世話を焼く要領で言いかけた瞬間、三上の手にあったミルクティーが一本奪われていた。
 それは菊地原の分の、温かいミルクティーだった。

「ちょっ」

 三上が制止するより早く、国近はさっさとふたを開けて中身を飲んでしまう。いつもだるそうにしているくせに、こういう時だけどうして素早いのだろう。喉が渇いたと欲求に従っているからだろうか。何て性質の悪い身体なんだと呆れ慄きながら、三上はミルクティーを飲み下していく国近の力強い喉の動きを呆然と見つめていた。

「あ、あーー!」
「ふ〜、半分くらい飲んじゃった、ごめんね?」
「謝るくらいなら無断で人の飲み物奪わないで下さいよ!!」
「二本あるからいいかなって」
「これは! 私と! 菊地原の分だったんです!」
「え〜、じゃあ私、歌歩ちゃんか菊地原と間接キスか〜」
「しませんしさせませんよ!!」
「ええ〜、そんなに嫌がらないで〜」
「もう! 書類配るの手伝ってあげませんから!」

 ぷいっとそっぽを向くと、国近は一度ご機嫌を取るように三上の膨らんだ頬をつついた。それから三上の脅しなどまるで効果がないようにいつも通りの微笑みを浮かべながら「これ以上菊地原を待たせたら可哀想だもんね」と端から手伝わせる気はないのだと、彼女の脇をすり抜けてしまう。

「じゃあ歌歩ちゃんと菊地原が間接キスすればいいよ〜」

 そう言い残し、手を振ってぱたぱたと駆けていく国近に、三上はどっと疲れが押し寄せて何も言い募ることが出来なかった。国近は通路の奥に消えて姿が見えなくなり、辺りはまた静寂に包まれる。
 三上は肩を落として「……戻ろう」とするべきことを言葉にしなければてんで動き出せないくらい、国近の突飛さに圧倒されてしまっていた。今の自分の足取りに効果音をつけるなら、きっととぼとぼと情けない音が似合うのだろうなと、三上は行きよりも長く感じる通路を歩いた。

「……温かいのって言ったじゃん」

 予想はしていたけれど、この言い様。三上はぴくりと動くこめかみに手を当てて、出来るだけ穏便に済ませようと言葉を選ぶ。菊地原の不満げな声は確かに正当なものだけれど、こちらだって元々自分の飲み物を買いに出かけるついでに彼の分も調達してあげようという厚意で動いたのだ。滞りなく届けられるはずだった厚意は、対向側からやってきた国近によって粉砕されたわけだけれども。
 しかし国近が温かいミルクティーを飲んでしまった以上、三上は自分用にと買ってきた冷たいミルクティーを菊地原に差し出すしかなかった。彼女に言わせれば自分の分を半ば犠牲にして――女子同士の間接キスは全く気にならないので――彼に飲み物を提供しているのだが、そんな事情を知らない菊地原の態度に三上の機嫌は徐々に下がっていく。いつもなら菊地原の自己中心的な言動に苛立つことなどないのに、やはり疲れているのかもしれない。

「国近さんと! 菊地原が! 間接キスしないようにしてあげたんじゃない!」

 そう吐き捨てるだけ吐き捨てて、不毛な言い争いが生まれる前に三上は駆け足で彼女の居城であるオペレーション室へと駆けこんだ。菊地原はきっと追い駆けて来ない。椅子からだって立ち上がらない。ぶうぶうと文句を言いながら、そのくせ冷たいミルクティーを飲み干すだろう。別に嫌いというわけではないのだから。
 衝動的に声を荒げても、物分りのいい三上には自分の一方的過ぎる不満の爆発だとわかっていたし、気持ちが沈静化すればするだけ後悔の念が強まる。けれど直ぐにまた扉の向こうへ顔を出して謝ることも極まりが悪くてできなかった。だからこれからデータ整理を再開して、次にそれがひと段落ついたとき、まだ菊地原が扉の向こうにいたときは素直に謝ろう。往生際の悪い時間稼ぎに、彼はまた文句をつけるかもしれないけれど。

「――あれ?」

 パソコン前の椅子を引くと、その上には折りたたまれたブランケットが置かれていた。それは無地のひざ掛け程度の大きさで淡いブラウンの、シンプルというよりは寧ろ地味めの、三上が愛用しているブランケットだった。
 そうだ、次に作業を始めるときはブランケットを出そうと思っていたのだ。思い出して、ならばこれがここにあるのは不自然だと周囲を見渡す。三上はそれを、使用しないときは決まって作戦室にある棚に仕舞っているのだから。そして彼女が飲み物を買いに部屋を出たときは、絶対にブランケットは棚の方に置かれていたはずだ。

「……うう〜!」

 ならばつまり、考えられるのは誰かが三上が飲み物を買いに行っている間に彼女の為にこのブランケットを出しておいてくれたのだろう。それこそ、厚意という感情で。
 そしてその感情の贈り主が誰であるのか見抜けないほど、三上歌歩は馬鹿じゃないし鈍くない。手に取ったブランケットに顔を押し当てて、しゃがみ込む。
 ――どうしてこう! どうしてこう! わかりやすくわかりにくいかなあ!!
 心の中で叫んで、その勢いに合わせて立ち上がる。語尾に馬鹿と罵り文句もつけてやりたいが、それは溢れる愛しさとかそういった温かい感情に満ちているから許して欲しい。
 こうなったらもう作業なんてしている場合じゃない。国近から受け取った書類も机に向かって放り投げる。薄っぺらいそれが、真っ直ぐ飛んで上手く机に乗ってくれればいいけれど、確認は後で良い。書類は消えない。ブランケットみたいに、突然現れたりもしない。誰かが三上のことを気に掛けてくれない限りは。

「菊地原――!」

 怒鳴ってごめんね、それから文句があるならいくらでも微笑みながら聞いてあげられるから、今度は一緒に飲み物を買いに行こう。きちんと温かいミルクティーを、間違えないで買い直そう。
 国近と間接キスなんてさせなくて、本当によかった。



――――――――――

そういうところ、好きよ
20150303






「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -