※捏造

 遊真が何やら探し物をしているらしいと、時枝は木虎から聞かされた。その木虎は、玉狛の烏丸から聞かされたらしい。一つの文章の中で、「烏丸先輩」と「空閑くん」の声音を無意識に使い分けて前者の名前に声を上擦らせる木虎は普段の取り澄ました態度からは想像もつかなくて、年相応の女の子として可愛らしく時枝の目には映っていたのだけれど、彼の表情も普段からあまり動きを見せない性質であったので、木虎には勿論気付かれることはなかった。
 大規模侵攻直後、重傷を負い入院した修の見舞いに行くと隊長である嵐山が言い出した時、真っ先に賛同した木虎を意外に思いながらも時枝は同行を申し出た。迅に最悪の場合死ぬと言われていた彼の生存は、修の真っ直ぐな人となりをぼんやりとしか把握していたに時枝にも充分安堵する事柄だった。驚いたことに、本部の隊員たちも既に大勢修の見舞いに出向いているらしく、出水経由で佐鳥から修の母親は若いという不要な情報を時枝は耳に放り込まれていた。
 病院までは同行したものの、時枝は修の病室には入らなかった。嵐山と木虎が並んで歩いているのを見ていると、彼等の埋めるスペースが一人分より広く感じてしまうのはもはや一種の癖だった。同じ嵐山の隊員として、広報部隊として、それでも対等な人間であるつもりではいるが、やはり彼等は持ち上げられるまでもなく華やかな部類だと思う。引け目ではなく、修の病室の前に立ったとき、やはり出水経由で佐鳥から聞かされていた病室の見舞いの品の山野話だとか、ぱっと見積もった部屋の広さだとか、付き添っているであろう人の影を感じ取って、三人でお邪魔するには手狭なのではと咄嗟に一歩引いてしまった。時枝は、出水と米屋と緑川がこれまたやかましい三人組でこの病室に突撃していたことまでは知らなかった。

「――空閑くん? さあ、私は侵攻あとはまだ顔を合わせてないので……。でも、怪我はしてないんでしょう? 三雲くんくらいだもの。こんな大怪我したのは」

 病室から出てきた木虎に、修の容態を尋ねて、それから当然のように遊真は元気そうだったかと尋ねた時枝に、彼女はその言葉の流れが不自然であると首を傾げて、しかし尋ねられたことにはしっかりと答えた。
 時枝は「そうだね、」と会話を切って、どうやら自分はあの病室に修の付き添いとして当然のように遊真がいるはずだと思っていたらしい。C級隊員の訓練やランク戦時にはひとりで行動している姿ばかり見ていたのに、遊真が修と一緒にいることが一番しっくりくる光景であることを、時枝は彼の言動の節々から感じ取っていた。近界民である遊真が、わざわざ元々持っている強力な黒トリガーの使用を控えるというメリットのない行動に出てまでボーダーに入隊したことに、三雲修という存在は欠かせないに違いない。
 だから、修が病院に運び込まれてから一度も目を覚ましていない以上、遊真も彼の傍を一度も離れていないものと思っていたのか。ペットじゃあるまいし、そんなことは有り得ないことだと時枝は自分の勘違いを打ち消し、納得の頷きを数回繰り返して病院を後にした。木虎は、不思議そうな顔でそんな時枝を眺めていた。

「探し物をしていたそうですよ」
「――探し物?」
「侵攻時に、三雲くんに預けて混乱の内に何処かへ落としてしまったものがあったみたいで、空閑くんはそれを探していて立て込んでたのだと、烏丸先輩に教えていただきました」
「……そう」
「最近ではランク戦に精を出しているようですよ。論功行賞で大分ポイントを稼いだでしょうから、B級に上がるのも直ぐでしょう」
「――論功行賞取るほど活躍したのに、今更B級っていうのもね」
「仕方ありません。規則ですから」
「うん」

 後日、待機任務中に木虎から報告された遊真の情報を、時枝は何のことだろうと迷うことなく修の見舞いの直後の会話と繋げて受け取ることが出来た。探し物自体にはまるで見当がつかなかったが、やるべきことがあったのならば修の病室にいなかったのにも納得できる。いつか必ず覚める眠りならば、迎えにいく必要はない。
 そして、一日も早くB級に昇格したがっていた遊真に侵攻時の功績による特別ポイントの授与はいい追い風になったらしい。一部のC級隊員の間で囁かれている白い悪魔の異名がじわじわと浸透するほど、遊真は精力的に他のC級隊員からポイントを奪っている。周囲からは破竹の勢いに移るだろうが、それでも遊真自身や彼の本来の実力を知る人間からすればもどかしくもあるだろう。C級隊員が正隊員からも勝利すればポイントを奪える制度であれば、彼はとっくにその辺のB級隊員やともすればA級隊員すら捕まえて勝てる実力があるのだから。
 ともかく、元気にやっているようだと時枝はいつも通り眠そうな表情の下で安堵した。修の目も覚めたらしく、素直じゃないが桐絵も安心していたと嵐山も嬉しそうに口にしていた。そろそろ侵攻への事後処理も片付いてランク戦も始まるだろう。その時までに、遊真はB級に上がっているだろうか。
 時枝が久しぶりに遊真と再会したのは、そんなことを考えていた矢先のことだった。

「――遊真」
「お、ときえだ先輩だ。久しぶり」
「うん。久しぶり。――ランク戦?」
「もう直ぐB級に上がれそうだからな。今日もはりきってポイントを貰う」
「そう。ところで、探し物は見つかったの?」
「ん? 探し物?」
「木虎に聞いた。遊真が、三雲くんの目が覚めない間から探し物をしてたって」
「ああ、それか。うん、見つかったような見つかってないような……」

 合同訓練解散後の通路だった。歩きながら、時枝は行き先を考えてはいなくて、遊真の隣に並びながらこれからランク戦のブースへ向かうのだなと察してさも自分もそちらに用があるかのように平然と歩く。
 黒トリガー起動時と同じ、けれど型は違う黒い格好。白い髪と混ざってC級隊員の中に居てはいやでも目立つ。広報部隊として有名な嵐山隊の時枝と話していれば一層目を引く存在だ。しかし遊真のこれからランク戦でポイントを狩る心積りが聞こえた隊員たちはそそくさと距離を挟んで中にはブースとは反対方向へと逃げ出す者までいる。
 時枝は、そんな連中を横目に気付いてはいたが、遊真が彼等に理不尽を強いているわけではないのであまり苛めないようになどと的外れな指摘もしなかった。今のボーダーには確かに隊員の確保は必要であったが、強さという質もしっかりと評価されるべきものだからだ。
 それよりも、遊真は時枝の「見つかった?」という言葉に唇をさんの字に尖らせて、腕を組みながらどっちとも言い切れないのだと言葉を濁している。断言を求めているわけではないのだと時枝が修正を入れようとした瞬間、うんうんと唸っていた遊真が、ついと時枝を見上げて、その赤い瞳で真っ直ぐに彼を射抜いた。威圧するのではなく、決意に澄んだ苛烈があった。時枝は、自分の姿が彼の瞳に映っているかどうかを確認することが出来なかった。

「取り戻しには、行くよ」

 だからまずは、さっさとB級に上がるんだ。遊真の言葉には一滴の願望も滲まず、ただ意思だけがあった。だから、時枝は口を挟まなかった。相槌も、助言も求められてはいなかったから。遊真の見た目は実年齢よりも非常に幼い。けれどその強さを、時枝は既に知ってしまった。ただそこにあるだけの力ではなく、揮う目的と方向を定めた強さ。
 想像してみる。敵ではないけれど、戦うことは有り得る、自分の属する嵐山隊と遊真が属する隊がぶつかる日のことを。

「――負けたくないなあ」

 面倒見のいい、親切な先輩と遊真から思われていることを時枝は知っている。自分でもその認識に過不足を感じない。けれど彼がB級に昇格して、いつかはA級にまで辿り着いてしまったとき、対等に競い合う舞台までやってきたときもそうであれるかどうか自信がないことに時枝は気付き、また誤魔化すことなく認めた。
 先輩として、ちょっとくらい立ちはだかる壁になってもいいだろう。それが、取り戻しに行くと決めた探し物を見つける道の邪魔をしているとしても。超えられないと諦めるような子ではないだろうから。

「ランク戦、頑張ってね」
「おお、ありがとうございます」
「いつかオレとも模擬戦できるようになるといいね」
「ほう、その時はよろしくお願いします」
「お願いされます」

 ランク戦は隊単位で行われるので、時枝の一存で約束はできないものだが模擬戦なら構わないだろう。そう一種意図して好戦的な言葉を吹っかけてみれば、案の定遊真は得意げににやりと笑って新たな挑戦の言葉で返してきた。
 やはり変わらない表情の下で時枝は、遊真がこうして楽しげにしていればいいと思う。探し物を取り戻しにいきながら、ちょっとでもボーダーを手段以外のものとして受け入れる日がくればいいと思う。
 そこにはきっと自分もいるはずだからとは、流石に恥ずかしくて口にすることは出来なかったけれど。




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こんな意思表示なんて無意味なんでしょうけど
Title by『るるる』






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