※81話直後妄想
※捏造過多


 何度も見た。最高の未来をゼロとして、あとはひたすらマイナス、マイナス、ちょっとプラスに浮上してもまだマイナス。分岐点から遡ってああすれば、こうすればよかったのかもしれないと、頭の中で繰り返して。ああまたダメだった、もう一回、何で、どうして。現実はぶっつけ本番、全ての人間の行動を予知の範囲内に収めるなんて簡単に出来ることではなくていつだって綱渡りだ。
 だから迅悠一は繰り返す。
 ――ねえメガネくん、どうすればおれはきみが死なない未来を手に入れられるんだい?
 迅の頭の中で、三雲修はもう××××回死んでいる。

「大丈夫、メガネくんは死なないよ」
『ホント!? 良かったーー!!』

 栞の声が、耳鳴りのように近く、遠くで聞こえる。そう、最悪は回避された。寧ろ上々の結果だ。損失の程度は、失われたという現実がイコールであってもその中身で以て結局平等ではないのだ。市民が死ななければ、A級隊員に欠番を生じさせなければ、これからの事態もある程度やりやすさをもって臨むことが出来る。
 だからごめんね、顔も名前も知らないC級隊員が浚われたことは確かに問題ないとは言わないけれど、胸が痛まないとは言わないけれど、損失としてのレベルは低いと見積もって前を向くしかないんだ。
 誰への言い訳か、必要のない弁解を脳内に並べて迅は前を向く。もっとも避けたかった、千佳が浚われ修が死ぬ未来は回避できた。彼に近しい玉狛の面々は、それでも確かに失ってしまった存在があることに俯くかもしれないけれど。それでも立ち直れないレベルの痛みじゃない――はずだ。
 他人の痛みすら段階ごとに分類して、でもおれが見た最悪の未来で受けるダメージよりはマシだったはずだよなんて、声にすれば怒りを煽るだけの暴言を免罪符にして、迅悠一は前を向く。欲しい未来は、果たして誰にとって最善であるべきなのだろう。時々わからなくなる。何故おれにとって最善の未来を迷わず選んではいけないのだろう。そう考えて、組織の最善が自分にとっての最善であればいいと、いつか必ず齟齬を生む願望に意思を置きかえる。大丈夫。これっぽっちも安心できない大丈夫を何度も唱えて、ここまでやって来たのだ。大切な人をなくして、大切な人を得て。見えるか見えないか違いがあっても、それだけは誰だって変わらないはずだと、迅は信じている。

「修はまだ意識が戻らないそうです」

 捕虜扱いの近界民を本部に引き渡してから、米屋と千佳の友だちであるC級隊員によって医務室に収容されたらしい修の見舞いに向かうと、医務室の入り口の前で烏丸に声を掛けられた。玉狛の隊員がベイルアウトする先は玉狛支部であるから、修の重症の方を受けてから本部まで急いで駆け付けて来たらしい。トリオン体もまだ作れない状況で、またボーダーも市民も混乱しているこの状況ではやって来るだけでも大変だっただろう。それでも烏丸はここにいる。弟子である修が重傷だから。後輩である千佳が無事だったとはいえ敵の攻撃を受けてキューブにされてしまったから。同じく後輩である遊真と――自分たちも情報源として世話になった――常に共に在ったレプリカがその機能を停止してしまったから。その直情を、迅は尊くも眩しいと思う。

「迅さん、」
「――そっか、出血が多かったんだって?」
「はい。意識さえ戻ればって医者は言ってました」
「ここにいる? それとも、外の病院に移動? 怪我人、結構出たでしょ」
「いますよ。かなり重症だったんで、下手に移動させるよりはって本部で寝かせることにしたみたいです」
「そっか」

 烏丸の説明は澱みない。尋ねたことへの回答と根拠があって、説明するのが上手いなとどうでもいいことを思う。いつだったか、烏丸が不在である際に自主トレに励む修に似たような言葉で彼の師匠としての素晴らしさを説いた気もする。あれからどれくらい時間が過ぎたのだろう。少なくとも、烏丸が弟子として修を大切に思うようになる程度には過ぎていた。その間、どんな準備をしていたとしても今回の出来事を避けられたとは思わない。パワーアップできるときにしておかないと、いざというときに後悔する。けれどどうしても、一足とびにはパワーアップできないこともある。その堅実さを、努力できるひたむきさを持っていることは価値のあることだ。現状で、修の実力に対してまだまだ弱いとしか言えなくとも。いつかを悲嘆する必要はない。生きてさえいればの話だ。
 遊真は千佳の方に付き添っていると説明を受けて、迅はそこで烏丸と別れた。彼は一度木虎とC級のキューブを持ってくる小南と合流するらしい。
 医務室に入る。聞いていた怪我人の多さとは裏腹に、既に大体の治療を済ませてしまったらしいそこは静かだった。扉が開いたことで怪我人かと集まってくる視線に、メガネくんの場所を――と聞きそうになり咄嗟に真面目な口調で言い直す。

「ここに運ばれた、玉狛の三雲くん、どこにいます?」

 怪我人の報告書をまとめているらしい医者は、指で迅の後ろにあるカーテンを指した。学校の保健室のように四角く囲われている中にベッドがあることを記憶しているが、近付くことは滅多になかったので中を覗く際少し緊張した。

「まだ起きてないよ」
「構いません」

 背中に投げられる声に、そして「まだ」という言葉に、迅は頷く。
 そう、まだ目が覚めていないだけだと。この目が覚めることを迅は知っている。だから安心していい。怖いことなど何もない。志半ばに死んでいくこと、それ以上に悪いことが修にとって、彼を大切に思う自分たちにとって存在し得るだろうか? あるはずがない。だからこれは、善い未来の内だった。腹と足に穴を開けて、夥しく流れた血の海に倒れた修の光景も、悪い結果ではないのだ。
 言い聞かせるのに、迅の背中には暗く冷たい何かがじっと張り付いていて、白いベッドの上で身じろぐこともなく浅い呼吸をしている修の心臓が今にも止まってしまうのではないかという気にさせる。迅が見ている目の前で、何を思い上がっているのだと見せしめの贄として。取りつけられた呼吸器と、心拍数を示す装置の発する機械音。生きているからこそ作動しているはずの全てが、迅と修をこんな至近距離で冷徹に隔てている。

「――ごめん」

 呟いた謝罪は、ただの人間である迅には傲慢で。よく頑張ったよと全てを労った後では嘘くさくて。それでも、血の気のない青白い顔をしたまま目を閉じて眠っている修を見下ろしたら、言わずにはいられない言葉だった。

「痛かっただろう?」

 それでも君は、立ち止まらなかったんだろう。大切なたった一人の女の子を守る為に、修はどんな覚悟も犠牲も、たった一人自分から払えるならば厭わず差し出す人間だから。これで15歳なんて、19歳で組織の意向を決めるに多大な力添えを求められている迅にすら空恐ろしく思える。

「……でもね、」

 どれだけ痛めつけられても。痛々しく、体中に包帯を巻かれて、口には呼吸器が差し込まれて、無機質な音でしか命の振動を感じられないような真白い部屋で、肝を冷やして対面することになっても。

「君が生き残ってくれて、おれは本当に嬉しいんだよ」

 これでようやく、修に関する未来はゼロ地点だ。何度も何度も頭の中で死んでいった修を、どうにか繋ぎ止めた。それだけで、迅には十分な成果だ。
 迅の喜びに呼応するように、一瞬、修の右手がぴくりと動いたような気がした。けれど流石にそこまでドラマティックなタイミングでの目覚めを求めても仕方がない。
 眠ったままの修を残し、カーテンの囲いから外へ出る。医者へ軽く頭を下げてから、医務室を後にした。寝覚めの出迎えは、自分より相応しい二人がすればいい。千佳も今頃は元に戻っている筈だ。
 気持ちを切り替える為に、屋内ではあるがサングラスを装着する。未来はいつだって迅の前にあり、手にした途端次を映しだす。欲しい未来か、避けたい未来か、優先すべきはどちらなのかも絶対的な基準はない。今回は、避けたい未来を避けることを選んだ。そして、選べたのだと思いたかった。
 敵の黒トリガーの侵入によって破壊された基地の修理、怪我人の確認、浚われたC級隊員の家族や市民に対する説明、残された敵の残骸の分析。するべきことは既に多岐に渡りボーダーに残されている。息を吐く暇もない。勿論、その全てに迅が携われるはずもないけれど。ふと眠る修の顔を思い出し、彼の冷や汗をかきがちな表情が、目を覚ましてからレプリカのこと以外にこの結果を見て青褪めないくらいの事後処理は進めておきたいなと、自分本位なことを思う。それが、人間らしい考え方だと胸を張りたくもある。どうせ無関係でいられない以上、迅の望みに関わらず事態は動き、関わることを迫られるのだ。
 その都度、迅は見えているという前提の元で未来の指針を差し出すだろう。思うが儘とは決して言えない膨大な可能性の中から、ボーダーに、上層部に、迅の大切な人に、そしていつか迅にとってより良いと信じさせてくれる、一本道を。



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もうずっと君に伝えたかった絶望
Title by『√A』






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