※ふたりがいとこである点以外全て捏造



「よーすけ君」

 宇佐美栞は、小さい頃から同い年のいとこである米屋陽介をどこか舌っ足らずな印象を与える呼び方で呼んだ。親戚同士の付き合いは密ではないけれど疎遠ではなかった。他に同年代の親戚を持たなかった二人は集まるたびに二人一組として扱われたし、ぞろぞろと移動する際には両親よりも二人で手を繋いで大人たちの後についていった。
 陽介は小さい頃からうるさく騒ぐでもないが、自身の好奇心に寄ってふらふらと好き勝手行動する子どもだった。その子どもらしさは適度に両親の手を焼かせ、しかし親戚同士の集まりで陽介一人に構っていられない両親はいつも栞に彼の手を握らせ、「お願いね」と言い残して去って行った。そのお願いの意味を栞は正しく受け取ることはできなかったけれども、たぶん、このまま手を繋いでいてねということだろうと思っていた。だから陽介がふらふらと集団を離れようとすればきつく手を引いて注意した。手を離してくれれば勝手にするからと言われればぐずりだした。女の子を泣かせると大人は面倒な叱責を浴びせることを幼稚園で学んでいた陽介は、ならば栞ごと連れていけばいいと思った。小さな子ども二人、しっかりと手を繋いで歩き出す。時には帰り道をなくして途方にくれたこともある。泥だらけになって心配した両親たちに迎えられたことも。それでも、繋いだ手を離そうとはしなかったことを、二人の両親も気付かなかったし、本人たちもいつの間にか意識しなくなった。やがて繋がれなくなっていった手は、真っ当な成長の証だった。

「よーすけ君」

 栞が呼ぶと、台所のテーブルに突っ伏していた陽介はもそもそと顔を上げる。賑やかな客間とは対照的に、料理を出し終えた台所は静かで冷蔵庫の稼働する音ばかりがうるさい。テーブルを挟んで陽介の正面に腰を下ろす。椅子を引く音がとても静かで、陽介は驚いた。テーブルには大人たちが忙しなく調理していた痕跡よりも、端から大人たちの宴会の席に混じる気のない陽介が買い込んで来た飲み物やお菓子が散らばっている。その中でもう空になったゴミを手近にあったビニール袋に放り込んでいく栞のてきぱきとした動きに陽介は思わず「かーちゃんみてぇ」と呟いていた。
 けれど栞は怒ることなく、陽介の方を一瞥して「慣れてるだけだよ」と返した。慣れるまでの反復の場は、言葉にせずともわかってしまうもので、陽介は足を踏み入れたことのない、栞がオペレーターとして所属するボーダー玉狛支部のことを考えた。
 陽介が所属している城戸司令の派閥とは主張が合わず、物理的な距離を置いている。近界民との戦闘を楽しんでいる陽介としても彼等と仲良くしましょうと諸手を上げて歓迎してしまえば自分の楽しみが潰れてしまうので困ってしまうが、誰かと主張を戦わせるほど強い我ではない。そういう主義を翳すのは、隊長である三輪やボーダーの総司令でもある城戸に任せていればいいのだ。
 しかし玉狛支部といえば少数精鋭の実力派集団でもあり、一度くらい全員とお手合わせ願いたいものだとも思う。その時はオペレーターも出番があるだろうし、栞とは敵対してしまうだろうが陽介にはゲームのチームが違うだけであり、そこにたいした断絶は存在しない。だから栞が玉狛支部の人間であることは、陽介にとってはあまり重要なことではなく、彼にとって宇佐美栞はいとことして出会った日から何ら変わることない親戚の女の子に過ぎないのである。

「栞ちゃんさー、玉狛支部、楽しい?」
「楽しいって?」
「うーん、いつも何してんの?忙しい?」
「結構忙しいよー、色々やらかすお子さまもいるし、お菓子用意するの忘れると怒る女の子もいるし」
「コナミ?」
「そうそう」

 そこから語られ始めた玉狛支部の日常は、陽介が過ごす本部での風景とはあまりに違っていて思わず笑ってしまった。他の同年代の隊員たちとふざけた話で盛り上がることもあるが、三輪隊で纏まっていればいつも真面目と憎しみでむすりとしている隊長に従って、へらへら笑っているのはいつだって陽介ひとりだ。それがつまらないと思ったことはなく、寧ろそれなりに面白い面子の揃った隊だと思っている。三輪はあの通り近界民への憎悪に燃えているので積極的に前線に出ようとするし、それは陽介としても望む所だ。
 けれど、こんな陽介の感覚は玉狛支部で楽しくやっている様子の栞には理解して貰えないだろうとも思う。それはそれで構わないのだけれど、こうして親戚の席で集まれば他愛ない会話で不自由なく過ごせる自分たちが離れ離れに時を過ごす場所にこうも違いがあることが純粋に不思議でもあるのだ。同じ組織に属している筈なのに、あまりにも違う。
 それからも栞は玉狛支部での近況を事細かに聞かせてくれた。陽介も交戦した近界民の後輩のこと、可愛らしい女の子の後輩のこと、メガネ仲間の後輩のこと。三人もメンバーが増えて、これまでとは雰囲気が変わって前よりも賑やかだとか、用意するお菓子や昼食の量は増えたけれどそれすらも楽しいだとか。ふんふんと適当に相槌を打つ陽介が零す菓子の食べかすを布巾で回収しながら栞はさも愛おしげに話す。

「よーすけ君は?」
「んー?」
「よーすけ君は、三輪隊、楽しい?」

 そっくりそのまま返されてしまった問いに、陽介は一瞬答えを迷った。陽介は楽しい。戦いたいだけだから、近界民を倒すだけの毎日が楽しい。けれど、三輪隊の他の面子の感情など背景を知っても表面に浮かび上がらせて気を遣ったことなどなかったから、三輪隊が楽しいかと聞かれると正しい答えがわからない。

「おれは――」
「うん、」
「三輪隊が楽しいとか、考えたことなかったな」
「……そう、」
「でも近界民と戦うのは楽しい」
「そっか」

 短い相槌を打つ栞の表情が少しだけ翳った。それは悲しみでも、嫌悪でも呆れでもない。血縁の親しさがいち早く促した許容。けれど陽介の内側に干渉しないその遠巻きな態度が、どうしてかこの瞬間悲しくて仕方がない。
 幼い頃に繋いでいた手はもうとっくに解けてしまっていて、陽介はもう栞の手を握れない。



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好きに生きたらいいじゃない
Title by『にやり』






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