※呼称等捏造注意



 国近は不機嫌だった。太刀川隊のオペレーションルームの椅子の上で体育座りをして、机を蹴飛ばすとキャスター付きの椅子はのろのろと回転しながら後方へと移動していく。スクリーンセイバーに移行した画面から目を逸らす。人目がないのをいいことに、国近は幼児の癇癪じみた声をあげて、椅子から立ち上がり隊員がベイルアウトした際に転送されてくるマットの上に思いきり飛び込んだ。ベッドのようには柔らかくない、冷たい感触に、国近は大袈裟に落胆した。世界中の全てが国近を楽しませないよう息巻いているように思えた。国近の不機嫌は続いている。

「やっぱり唯我には這ってでも来させるべきだったな〜」

 呑気に癖のある髪を掻きながら、太刀川は国近が放り出した椅子に座ってあっけらかんと笑っている。

「いやー、唯我の前に太刀川さんが突っ込み過ぎたのがよくなかったんでしょ。先におれにやらせてくんなきゃ。冬島さんの仕掛け運が良ければ壊せたかもしれないのに、太刀川さんが突っ込んだらぶっ放せるもんもぶっ放せないじゃないですか!」
「いやお前には風間隊の方を任せたつもりでいたんだな、俺は」
「はー?」

 言葉の内容は隊長である太刀川への抗議だったが、その表情は太刀川同様明るさが浮かんだもので、マットの上で仰向けになっている国近は面白くない。
 遠征前の戦闘訓練の一環だった。今回の遠征は太刀川隊、冬島隊、風間隊の奇しくもA級1位から3位の部隊が選抜されていて、この三隊同時の訓練を行うには並の相手では務まらない。玉狛の黒トリガー使いである迅を招集したりもしたが――結局彼は最後まで本気で訓練の相手にはならなかったと、太刀川と風間には退屈と無礼のそれぞれ違う意味で不興を買っていた――、毎度力量で都合のいい相手を調達することは出来ない。なので結局はいつものランク戦のように選抜部隊同士で戦う方が手っ取り早いのだ。その理屈は国近も納得するところであるし、自分の隊がA級1位であることに誇らしさも持っている。大切な仲間。負けるはずがないし、負けないところが好きだった。負けないということは、ゲームオーバーにならないということだ。
 しかし今日の訓練で、太刀川隊は負けてしまった。ガンナーである唯我が体調不良で欠席していたとはいえ、国近には直視しがたい敗北だった。

「――なんで2対1にしちゃったの〜?」

 そもそも原因は数の不利にあった。ただでさえ太刀川隊の戦闘員は二人しかいないのに、何を面白がったのか多勢に無勢を想定した訓練をしようなどと言い出した太刀川が、冬島・風間合同部隊対太刀川隊でやろうなどと提案したのが始まりだった。勝てる自信があったからか、楽しければいいと思っていたのか、太刀川はいつも通り口元を緩ませていた。笑っていたのか昂ぶっていたのかも国近にはわからない。出水は太刀川よりも多少考えていたから、「キツイでしょ」と言いつつも隊長の提案を撤回させようとはしなかった。
 冬島の仕掛けと、誘い込んでからの当真の狙撃。綿密に積み上げられた連携からの攻撃と、ステルス機能を挟み込んでのトドメ。パターンはそれぞれに読めていて、数の不利があるにしろ流石はA級1位部隊という戦いをしたのだと思う。しかし出水を残して太刀川がつい目先の好奇心で冬島が張った陣に飛び込んだのが良くなかった。単純に、怪しい場所は出水が更地にした方が安全性は高かったのだ。太刀川としては出水の広範囲攻撃は風間隊のステルス対策に当てるつもりでいたようだが、それにしたって炙り出した敵を仕留める接近戦を担えるのが自分しかいないことを忘れていやしなかっただろうか。

「楽しいと思ったんだけどなー」
「やっぱ唯我だよ唯我」
「いや太刀川さんだよ」
「冬島さんの仕掛けがえぐいのが――」
「風間さんも太刀川さんが冬島さんの仕掛けに掛かったらそっちはもう見向きもせずにおれのことリンチすんだもん。こえーよ」
「あれなー」
「…………もー!!」
「柚宇さん怒んないでよ」
「国近俺らが負けるといつもへそ曲げるのな。ガキみてえ」
「ガキで結構だもん! 笑うな!」

 太刀川隊の敗北への反省は軽い。現場の対応力で、次はないと身体で覚える天才肌であることもそうだが、何より個々の力量で物を言わせる戦い方に疑問を持っていなかった。強者と強者を合わせれば強い部隊になる。そういうコンセプトだ。密な連携こそが部隊による戦闘の真髄という考え方を否定する気はない。ただそれが向かない人間もいて、数の利に押されてしまうならば同類で寄り集まって嵩を増すしかないのだ。自分が強いことに意味がある。個の歪なバランスが、それでいて絶妙に引っ付き合っている。それが太刀川隊だった。ボーダーランキング1位のA級部隊。
 ――強いのに! 太刀川隊が一番強いのに!
 そう悔しさに腹を立てる国近を、けれどいつだって太刀川や出水は肩を揃えて悔しがってはくれないのだ。まあ次は勝つだろう、そんな悠長に過ぎた敗北を流している。脳内で、反省と動きの再構築を済ませてそれでおしまい。

「国近は俺ら全員分悔しがるなあ」

 だってそれは、へらへら笑ってる太刀川たちが悔しさをいつもいつも上乗せしてくるから人数分に膨れ上がるだけなのだ。国近の不機嫌は止まらない。ボーダーで、個人の最強が忍田本部長の肩書きになっていて、部隊の最強が玉狛の肩書きになっていることにも腹が立ってくる。A級1位なのに、どうして1番の称号は太刀川隊のところに全部揃ってないのだろう。太刀川が、出水が、唯我が背負ったっていいものばかりではないのか。面白くない。国近の世界の一部、一番がいい。一番は難しいことを考えなくていい。強ければいい。強いからいい。ボーダー隊員である以上の核心のはずだった。

「う〜〜〜!」

 うつ伏せになり足をばたつかせてマットを蹴り始めた国近に、太刀川と出水は「あーあー」と落ち着くよう何か言っているが耳に入って来ない。

「太刀川隊が1番じゃなきゃやだ! やだやだ! 負けるのダメ!!」
「そっかそっか、国近がそういうなら次は勝つって。な、出水」
「そっすよー。次は唯我も揃えて、太刀川さんには突っ込む前にきちんと指示出ししてもらいますから」
「突っ込む前提か」
「突っ込むでしょ」
「――本当? もう負けない?」
「負けない負けない、俺たちの勝利を願ってる可愛いオペレーターもいるしなー」
「えへへ、」
「柚宇さん、照れるところじゃないそこ」

 国近の傍にしゃがみ込んであやしてくれる太刀川と出水に、ようやく顔を上げる。涙と鼻水が顔を汚していて、太刀川がそれを袖で乱暴に拭ってやると国近は「痛い」と「くすぐったい」を交互に呟きながら笑った。不機嫌は去っていた。
 ここまでが、太刀川隊の敗北による反省会のワンセットである。

「よーし、飯でも食って帰るか」
「奢りっすか」
「温かいのがいいなあ〜」
「唯我に電話しようぜ」
「こっちは楽しいぜって? 太刀川さん鬼っすか」
「いやこれで這ってでも来ようとしたら面白いと思ってな」
「あはは、良いかも〜」

 国近が機嫌を直したことを確認すると、太刀川と出水はトリガーを解除する。私服姿に戻ってしまえば、あとは本部を出るだけで一般市民となんら変わらない人間になる。ボーダーのA級1位なんて肩書きを背負っているとは思えないような、どこにでもいるような人間。それは国近もオペレーターの制服を着替えてしまえば同じことだ。
 それでも自分たちは太刀川隊の人間で、仲間で、国近は彼等が勝つことを日々疑わずそのサポートーーと同じくらいの熱量でゲーム――に精を出している。
 太刀川隊は、私たちは強いと国近は思う。それでも、問答無用の最高という称号を得ない限りボーダーという世界の中心には、近くともそのものには成り得ないのかもしれない。或いは、古株とかいう顔ぶれだけを長く揃えていられない若い自分たちには永遠に。
 負けるのは悔しくて、楽しくなくて、腹立たしい。それは国近が戦闘員ではないからかもしれない。実際に矢面に立つ太刀川や出水が笑っているのは、この敗北が次という補填の利く訓練であること――そしてその次に同じ轍を踏まず勝者になる自信があるからだ。その自信は強く、純粋で、揺らがない。その毅然としたものが、国近は好きだ。揺るがないもの、芯とでも呼ぼうか。
 これからも国近は太刀川隊が敗北する度にこんなのは嘘だと不機嫌になるだろう。ひどければ泣くだろう。時には対戦相手の首を絞めにオペレーションルームを飛び出すかもしれない。
 それでも我ら太刀川隊、強くあること、揺らがないたったひとつの芯を通してボーダーA級1位部隊の称号は誰にも譲らない。世界の中心でなくとも構わない。この称号が、太刀川の、出水の、唯我の、国近の世界の中心なのだから。



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4周年&70万打企画/aki様リクエスト

世界の、中心ではないけれど、芯だったとおもう
Title by『わたしのしるかぎりでは』






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