※捏造注意


 上映スケジュールを一人で睨みつける姿に心惹かれたと打ち明けたら、彼女はどんな顔をするだろう。
 映画館に出かけるなら金曜日と決めている。土日の混雑を厭うのと、金曜日が学生の割引デーに設定されていること、隔週毎の入れ替え制で昔の映画を何本か上映しているのが面白かった。荒船が観るのは大抵アクション映画なので、当日入ってすぐの上映スケジュールの一覧を見て、好きそうなジャンルがなければそのまま引き返してしまうこともあるが、興味がなくても名前くらいは聞いたことがあるからという好奇心で、適当にチケットを購入してしまうこともあった。そういうとき、荒船はいつだって一人で行動している。
 どうしてか、映画を一人で見ることに抵抗がない人間を彼の周囲の人間はまるで珍妙なものだと思っている節がある。放課後の予定を聞かれて、映画を見に行くつもりだと言うと、決まって誰と行くのかという問いが追随して来たものだ。非難だか感嘆だか区別のつかない声に、荒船がちっとも動じることなく一人で映画館に吸い込まれていくことを知った友人たちは今では「ああ、いつもの」と見送ってくれるけれど。見渡してみれば、確かに映画館に一人でやってくる人は少ないのかもしれない。世間で話題という冠詞のつく映像を取り敢えず押さえておこうという趣向でやってくる人間には特に。まるで自分は流行ものをきちんと押さえているんですよという証人を連れて歩いているようで、そういう人間の集まりが上映中にこそこそと耳打ちし合う様が視界を過ぎるのが、荒船は嫌いだった。
 そんな風に思っていたからか、荒船はいつも通りの金曜日映画館の自動ドアをくぐり、今週は上映のラインナップが変わるはずだと半ば無意識に歩調を速めて確認しに向かった上映スケジュールを前に、見たことのある制服を着て、腕を組んでその一覧表を睨みつけている人見摩子を見つけたときは本当に面食らったのだ。彼女は、そんな荒船の動揺には気付かなかったようで、引き結んだ唇をそのままに、颯爽とチケット売り場へと向かって行った。
 人見摩子のことは、彼女と直接の面識があるということよりも、彼女がオペレーターを務める隊の隊長との面識が深いことによって認識されていた。オペレーションルームを行き来することはほぼないので、本部内では偶にしか見かけない。狙撃手の練習場に姿を見せたことはまずないだろう。それでも、オペレーターの制服を纏い所属する東隊の面子と並んで歩いている姿を見かけたことはある。会話をしたことは隊長の東が捕まらなくて伝言を頼んだことがあるかもしれない程度の浅い関係だった。

「映画って、趣味の合わない人間と観に来るときはタイトルを決めてから来るべきだってほとほと思ったわ」

 それが、人見摩子が上映スケジュールを睨みつけていた理由だと知ったのは、荒船が初めて彼女を映画館で見かけてから半月以上が過ぎてからだった。
 声を掛けたのは荒船からで、あれから二回映画館に足を運び同じ時間帯に二回とも彼女の姿を見つけてしまえば、どうしても視線で追い掛けることをやめられなくて、それならば、挨拶くらい不自然ではないだろうと呼び止めていた。それにしても、声を掛けたときの人見の睨むような目付きには凹まされたけれど。人見曰く、ナンパを警戒したのではなく、至福の時間を犯そうとする人間への迎撃態勢だったそうだが。それから、本部内ではトレードマークにもなっている帽子を被っていない荒船に、一瞬誰かわからなかったからとも、彼女は正直に打ち明けた。
 荒船が、どうして上映スケジュールを睨んでいたのかと尋ねたとき、人見は初めはいつの話をしているのかと首を捻っていたが半月ほど前の金曜日だと説明すると、「ああ!」と思い出したのか、同時にそれは愉快な記憶ではないと言って肩を竦めた。
 あの日は前日から隊長である東が大学院のレポートが立て込んでいる都合上本部には顔を見せないことが決まっていて、隊員の奥寺と小荒井もサッカーの試合を見に行くのだと言っていた。ならばオペレーターの自分も本部に足を向ける必要はないということで久しぶりに数人の友だちと映画に行くことになったらしい。因みに彼女は映画といったらホラー映画が好きらしく、だが友人たちは流行の恋愛映画を観たいといって譲らなかったそうだ。複数人対一人で我を張れば集団の輪を乱すことはわかっていたし、それは人見の望む所でもなかったので早々に自分の意見は誤魔化して、さして興味もないラブストーリーを二時間以上眺めた。

「どうして恋愛映画の女ってすぐ病気になるのかしら?」

 真剣に尋ねてくる人見に、荒船は思わず吹き出してしまったがどうやらその映画はメインの二人が結ばれた途端女性側が不治の病にかかるお涙ちょうだい物だったらしい。涙にも強いマスカラで目元を固めた友人たちが泣きじゃくっているのを横目に――端から泣く準備を固めて映画を観るのは邪じゃないかしらとも人見は憤慨の意を示し――、全く楽しくない時間を過ごしてしまったものだと自省した――好きなものに妥協したことに対してである――彼女は笑顔で友人たちに手を振ると颯爽と踵を返して映画館に戻り今度は自分の好きな作品を見て満足して帰るのだと意気込み、その熱意のあまり上映一覧を睨みつけていたとのことだった。

「女ってのはやっぱり面倒くさいんだな」

 それが人見の話を聞き終えた荒船の感想で、言ってしまってから、女性を見下げた発言に聞こえただろうかと慌てたけれど彼女は「そう思うでしょう?」と苦笑いしてみせただけだった。
 荒船が金曜日に映画館に一人で足を運ぶ習慣があることを、人見はとても素晴らしいと讃えた。特に「一人で! それは大事よね!」と何度も繰り返した。
 話し掛けたその日に、好きなジャンルが違うことが明らかになっていたから一緒に映画を観ようという話の流れになることはなかった。別に、アクションかホラーでなければ金を払う気はないというほど頑なではないのだが今の荒船と人見は相手の趣向を尊重してこその良好な関係であって、それ以外は何を手繰っていいものかがわからなかった。
 そんなことを考えているのはもしかしたら荒船だけで、人見は単に自分の好きなものは自分を満足させる為のものであって、誰かを招き入れる必要は微塵もないと感じているだけかもしれなかったけれど。そんな邪推すら、荒船には自意識過剰で恥ずかしいもののように思えて、両手で顔を覆ってしまう。

「ねえ、荒船くんは今日何見るの? 新作? 古い方?」
「あーー……、古い方」
「ふうん、やっぱりアクションなんだ。譲らないね」
「お前もどうせホラーだろ」
「まあね! 新作なんだけど期待してるんだ」

 二人でチケット売り場に並ぶ。列は僅かに列を作っていて、けれどこのうちの殆どが複数人で固まっていて纏めて座席を埋めていくのだから一つの売り場がはければぞろぞろと行列は前に進む。きっとそれほど待たない。荒船の葛藤など気にしない人見は、大分打ち解けた様子で話しかけてくる。前に並んでいるカップルの女性の方が、不思議そうな顔で二人を振り返った。荒船と人見、共に学生服の二人が話を弾ませながら並んでいるのに、別々の映画を観るという会話をしているのが不可解だったのだろう。
 ――俺たちは、別に恋人同士ってわけじゃないんだ。
 想像を真に受けて、いちいち反論してしまう自分を、荒船はガキっぽいと思った。
 チケットを買う順番が来て、人見は「お先にどうぞ」と荒船を促す。売り場のバイトの女性も、やはり二人一緒ではないのかという顔で目を丸くした。
 直ぐに隣の窓口に人見が並んで、怯みなく購入するチケットの映画タイトルを告げている。荒船は座席を選んでいるところで、どこでもいいと思いながら、まだ殆ど空いていますけどというアナウンスを、もっと具体的に言ってくれなどと噛みつくような姿勢で聞き流していた。

「じゃあど真ん中で」

 やはりはっきりと、そう要求していたのは隣で荒船と同じように席を選んでいた人見で、彼は彼女の勇猛な選択肢に驚いて目を丸くしてそちらの方をまじまじと見てしまう。
 じゃあど真ん中で!
 それは座席番号ではないだろう。面食らっていたチケットの販売員は、それでも気を取り直して「でしたらJの12でどうでしょう」と提案し、人見はそれに納得したらしく笑顔で頷いていた。
 荒船は、そこでようやく自分の希望する座席番号を「Jの12」と伝えた。もたもたしないでよと、うんざりしたような相手の表情にも、不思議と腹は立たなかった。

「お前、何か格好いいな」

 チケットを買い終えて、荒船は人見をそう讃えた。
 人見は「そう?」と首を傾げて、それから荒船の手元を覗き込むようにしてから――それでも、手に持ったチケットの細かい文字は読めなかったと思う――からかうような笑みを浮かべて、「座席、同じね」と言った。彼女の真似をした自覚があったので、気まり悪くは思わなかった。何となく、そうしたかったのだ。
 観る映画は違うので、上映開始は人見の選んだホラー映画の方が20分早く始まる。そろそろ入場開始のアナウンスが始まるはずだ。そして、上映の終了時間は荒船の観るアクション映画の方が5分早い。その程度の誤差ならば、入場口の横にある売店で、如何にもパンフレットを買うか否か悩んでいるふりをして彼女が出てくるのを待っていても怪しまれないはずだった。それから、一緒に夕飯でも食べに行かないかと誘ってみても不自然ではないだろう。人見が期待しているといった新作が、期待通りだったのか外れてしまったのかだけでも聞かせて貰えたら。
 考えていると、入場を開始するアナウンスが流れた。人見は「それじゃ、」と小さく手を振ってから、スタッフにチケットを渡し、半券を受け取って颯爽と奥へと消えていく。一度も振り返りはしない、ピンと伸ばされた背筋を、荒船はやはり格好いいと思った。



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ただひたすらに、感情だけが燻っている
Title by『さよならの惑星』






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