二人で歩く夜道は、いつもボーダーでの任務からの帰り道で同じ時間帯を歩くときよりもどこか親密な感じがすると栞は思う。想定していたよりも買い物に時間が掛かってしまったので、家では家族が心配しているかもしれない。従弟の米屋が一緒にいるからとメールはいれているので、この場合の心配とは栞が、米屋を引っ張り回して迷惑をかけているのではという心配である。当たらずとも遠からずの現状は、けれど米屋を困らせてはいなかったはずだと思いたい。

 放課後、両親の結婚記念日が近いから何かプレゼントを買いたいんだけど、陽介付き合ってくれる?
 そんな言葉に二つ返事で頷いてくれる従弟というのは、果たして日本中にどの程度存在しているのだろう。そもそも、一緒に買い物に出かける親密さを保持している男子というものが栞には米屋しかいなかったので――玉狛支部といったボーダー関連での知り合いをカウントすることは違うと、栞は思っていて――、考えてみたところでたぶん、余所の親戚関係の親密度には興味はないのだ。
 ショッピングモールよりも、デパートの方がいいよねと行き先を決めたのは、待ち合わせ場所の目印にしたコンビニのATMの操作ボタンを押しながらだった。贈り物に、割り勘でもないのにお金を惜しむのは主義じゃない栞が、米屋に了承を得るよりも先に頭の中で行き先をデパートに決定して、そうするともしかしたら財布の中身だけでは足りないかもしれないとそそくさとコンビニの中に入ってしまった後を、米屋は何も言わずに着いて来た。数字の次に単位を万として確認ボタンを押す栞に、米屋は何を買う気だと笑いながら彼女の手元を覗き込んでいた。

「個人情報ですよ」

 同じように笑いながら注意する栞に、米屋はそういえばそうだと身を引いた。その呆気なさに、張り合いがないと思ったけれどもやっぱり覗いてもいいよとは言い出せずに、下ろしたお札と吐き出された明細表を財布に入れて、お待たせと米屋の背中を叩いた。

「で、何を買う気なんだよ」

 コンビニを出た途端の米屋の言葉に、栞は何が「で」であるのかを疑問に思い、それよりもその後の文脈が大事であることを察し、それから同じ問いを直前にしたばかりだったことを思いだし、だから「で」なのだと納得した。言葉が繋がっていることに、栞は妙な安心感を覚える。
 買うものはね、決めてないよ。
 米屋の隣を歩きながら答えたので、彼の表情は見えない。きっと、無計画な買い物の予定に眉を顰めていることだろう。女の買い物は長い。何を買うかも決めていないのに、何かを買わなければならないと意気込んでいる場合は特に。それでも、疲れたと壁際に避難しながらも米屋が栞を放り出して逃げ帰ったりはしないことを彼女は経験として知っているのだ。だからたぶん、今日も甘えてしまうのだろうとも、予想はしていた。

「何か、良いモノをあげたいよね」

 それが栞の打ち出した唯一の買い物の指針であり、エントランスの売り場案内を確認しながら取り敢えず上から降りてこようと次の行動を決定して――栞はエレベーターホールに向かおうとして、米屋は目の前に見えているエスカレーターに向かって歩き出したときは、お互いの妥協を期待して暫し見つめ合い、栞が米屋に駆け寄ることで上下の移動はエスカレーターですることになった――、栞の言う良いモノの探索が開始された。
 米屋には、この「良いモノ」が役立つ物の意味であることがしっかりわかっていた。高価な物だとか、子どもにしては良い目を持って選んだと褒められるような物ではないことが。ボーダーでお互いA級部隊に身を置く者同士、恐らく高校生にしては扱える金銭の額は大きい方なのだろう。かといってあればあれだけ使いきれるほど二人とも高校生の物欲を逸脱してはいなかったので、センスだとか拘りに関しては子どもの人並みにしか持っていなかった。
 だから、両親への贈り物という目的を外れたところで「可愛い」とか「面白い」という言葉でいちいち足を止めて物珍しい文具や台所用品の前で足を止めることに米屋は疑問を感じはしない。ただもう少し、一つ一つの時間を短縮できないものかなと願いを込めるくらいだ。
 それでも流石に、ベビー用品のタオル地はことごとく素晴らしい心地を生み出しているなどと言い出して小さな赤ん坊の衣類を手に取って眺め出したときは、それだけは今日の目的の品に成り得ないだろうと手を掴んで売り場から引き剥がした。店員の女性が、微笑ましげにこちらを眺めているのが見えて決まりが悪かった。

「お揃いを押し付けるのは、気が引けるよね」

 いくら両親とはいえ、お揃いを贈るのはその贈り物を同時に使用するよう迫っているような感じ、しない?
 栞の問いに、米屋からはそういう贈り物をしたことがないのでわからないという答えが返ってきた。
 同意が得られなくても、選ぶのは自分なのだからと栞は色違いでもない、ただ同じ棚に陳列されていたマグカップからそれぞれ両親に似あいそうだと思う物を二つ選んで買うことにした。値段は、マグカップにしては高価だったかもしれない。けれどまだ学生の栞からすれば、それは質の問題ではなく「デパートお値段」ということで、冒険したのだと割り切れる程度のものだった。

「これならデパートまで出掛けてくる必要なかったんじゃね?」

 頼んだラッピングの包みを受け取りながら、栞は「無粋なことを言わないでよ」と米屋を叱ってやった。割れ物なのに、何故かラッピングされた包みを入れる紙袋は貰えなかった。店員もうっかりしていたのか、栞の手荷物を見てそれに一緒に入れればいいと判断したのか。生憎、栞の学生鞄には包装を崩さないで家まで持ち帰れるほどの空きはなかった。
 仕方ないので、両腕に抱える。二つのマグの箱を積み重ねて不織布ラッピングされたそれは口を縛るリボンがかさばって、歩いていると時折栞の首元を掠めた。全体的に見て、このリボンは大きすぎるのだ。

「デパートに来ると、きちんとした買い物をしたって気にならない?」

 下りのエスカレーターに乗りながら、栞はまた米屋に言葉を放った。栞のお願いに付き合ってこの場に居合わせている米屋は、どうしても会話の受け身になりがちで、それでいて手応えのない言葉しか返してくれないから、栞は自分があまり喋っていないような気持ちになる。
 それが、いつもの陽気な自分たちの関係から外れてしまっている気がして、自分の質問への答えはやっぱりいらないから何か喋ってと栞が頼もうとしたのと、米屋が遮るように口を開いたのはほぼ同時で、彼女はつい、慌てて下唇を噛んで言葉を飲み込まなければならなかった。

「お揃いってさ、別に良いと思うんだけど」

 米屋の言葉に、栞は眼鏡の奥にある黒目の大きな瞳をきっちり三回瞬かせて、その答えの受け付けはもう終わっているよと呆れた風を装って、抱えていた、お揃いではないマグが包まれている荷物を彼の胸に押し付けた。
 デパートの外に出ると、辺りはすっかり夜になっていた。家まで送ってくれるという米屋の申し出をあっさり受け入れて、家路を歩く。歩調は効果音を付けるならば「だらだら」とか、「のろのろ」だろうなと思ってしまうようなペースだった。夕飯にはきっと間に合わない。それでも栞は米屋を急かさなかった。

「今日はありがとうね」

 別れ際でもないのに、思い立ったから今日の礼を述べて置いた。米屋の返事は「オレ、本当に着いて行っただけだったけどな」とあっけらかんとしたもので、その着いてきてくれる誰かを栞は米屋に頼んだのだから、彼は今日真っ当に依頼を果たしてくれたのだと伝えれば、どうやら彼の思考はまたとっくに回答の求めを撤回した疑問に立ち返っている様だった。

「お揃いの方が記念日っぽかったんじゃねえの?」

 そんな風に言われたら、「でももう、買っちゃったから」と答えるしかない。意思に反して気弱な声になってしまった。栞は驚いたし、米屋も驚いていた。彼が責める意図を以て発言したわけではないことくらいわかっている。けれど、では、米屋は何が言いたいのか、栞にはわからない。

「お揃いって、仲良しを期待するみたいで、そこにいるのが当たり前の両親に贈るには、何を今更っていうか――ううんと、なんていうか、恥ずかしいよね」

 栞の言い訳は、やはり米屋には響かなかったらしい。従弟には、親戚の家族なんていつだって仲睦まじく映っているのだろう。勿論栞も否定するつもりはないけれど、絵に描いたような円満とは言えないのではないだろうか。言えたとして、それは両親同士の関係が良好なのであって、そのことに栞は何も口を挟むべきではないと思っている。こういう考え方は、もしかしたら生意気なのかもしれないけれど、ボーダーに入ってから外側にも居場所を作ってしまった栞には、それは行き着いて当然の冷静な視点というものだった。そうして栞は、まだ自分が生まれてもいないときの両親の特別な日を祝う為に贈り物を用意する程度には、家族を愛している。

「じゃあ今度何かお揃いにしようぜ」

 だから米屋の提案は、栞には随分突飛なものに思えたし、実際そうなのだろう。
 けれど、彼の陽気な口調で紡がれる言葉はいつだって愉快に響く。それは魅力的に聞こえるのだ、不思議なことに。

「何の記念に?」
「――一緒に買い物に行った記念?」
「そんなことをいちいち記念にしてたら、お揃いが追い付かなくなるよ」
「いいじゃん、別に」

 どうして? 陽介はどうしてアタシとお揃いを欲しがるの?
 聞いてみたかった。一日の終わりに、夜の始まりに、ぽんっと栞の前に放り出された謎の答えを知りたい気がした。好奇心だけが、栞の決して良くない運動神経を活性化させる。
 お揃いって、仲良しを期待する誓約書みたいなものでしょう?
 ほんの少し言葉を言い換えて、先程と同じことを言う。熱烈な愛情を外に放出しないと爆発してしまう恋人同士ならばともかく、従弟とお揃いを欲しがるとはどういう心境なのだろう。例えばマグカップなどお揃いにしてみたとして、並ぶ棚は違うのに、それはお揃いだと認識されるのだろうか。

「今日みたいなデパートに行って……いや、別に安物でもいいんだけど、お揃い、楽しそうじゃね?」
「ラッピングまでしてもらって?」
「そうそう! いかにもだよなー!」
「うん、今度ね」

 静かな道に、米屋の笑い声はさほどうるさくは聞こえなかった。けれど、だからなのか、受け入れてしまうには勇気がいる本気の提案のようにも取れた。
 そもそも、怯むようなことじゃないのかもしれない。米屋もちょっとした好奇心で言っているだけもしれない。栞が、目当ての買い物ができない店だとわかっていても覗き込んでしまうように。

「あとさ、オレ、割と真面目に提案してるからな」

 不意を打つように、男の声を出すのはやめて欲しかった。これではもう、怯むしかなくなってしまうから。
 足が止まる。家族にメールを送りなおしたくなる。ねえ、心配して。アタシ、悪い従弟に誑かされそうになってるみたいなの。――でも。

「何かドキドキするね、変なの」

 いやじゃなかったから、栞はSOSのメールを送らない。

「てかさ、このラッピング、リボン曲がってね?」
「弄らないでよ、解けちゃうじゃん」

 そのリボンを解いて現れるお揃いではないマグカップは、米屋と栞の為の物じゃない。だからそれは解かないで、この妙にふわふわしてしまう気持ちの謎も今は暴かないで、ただ隣を歩いていて欲しい。
 けれども軽い口約束の今度が本当にやってきた時は、米屋が欲しがったお揃いの何かの理由をきちんと教えて欲しい。そんなことを願いながら、とっぷりと沈んだ夜の中を、栞は鼻歌なんぞ歌いながら歩き出した。



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4周年&70万打企画/舞花様リクエスト

リボンも謎もほどけない夜だけど
Title by『√A』






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