齢を重ねることに喜びを伴わなくなったのは、恐らく、兄が死んだあたりからではないだろうかと風間蒼也は回想する。それまでは、贈られるプレゼントも、友人からの簡素なメールも、理由をこじつけて出掛けるファミレスやカラオケだって腹の底から笑わないにしろ、鬱陶しくは思っていなかったはずだった。価値観よりも、世界の方が変わってしまったのだと、三門市に暮らしていれば責任の転嫁も容易いだろう。誕生日に市街を歩いていても聞こえる警戒警報の音は、当事者の自覚を欠いた市民には雑音にしか響かないのかもしれない。今日も三門市内のどこかで誕生日を迎えた誰かがいて、陽気な笑顔で祝福と感激の言葉を交わし合っているのだろう。それは悪いことではないし、寧ろめでたいことなのだろうけれどもやはり風間には喜ばしいという感情は湧いてこないのである。幼く見られがちな外見をフォローする為の武器は、近頃では実年齢よりももっぱら自動車免許証とボーダーのA級隊員の称号の方が役に立っている。

「ほら」

 本部で出会い頭に差し出された缶コーヒーに、風間は眉を顰める。ブラックであるあたりがこの人物の性格を表しているように思う。風間はあまりブラックコーヒーは好きではないのだ。とはいえ、年上に差し出されたものを突っぱねるほど無礼ではないので礼を述べてその缶コーヒーを受け取った。
 贈り主である林藤は、上着の胸ポケットから煙草を取り出して火を着けようとするもその横を若い――恐らくC級の――隊員が頭を下げて通り抜けたのを見てそれを仕舞い直した。禁煙スペースというわけではないが、未成年が行き来する場所での禁煙は本部長から苦言を呈されることがあるらしく控えているようだ。いいことだと思う。風間も嗜好品として手を出したことがあるが、長続きしなかった。煙草をひと箱買うのに1の牛乳が2本変えることに気付いた日にやめた。

「蒼也そろそろ誕生日だったろ」
「――明日です」
「おお、ニアピン」
「………」
「まあ明日会うかどうかもわからんのだし、それをプレゼントだと思って大事にしてくれや」

 大体が冗談だ。風間の肩を叩き、手を振りながら去っていく大人の背中に舌打ちをしてから、プルタブを引いて中身を一気に飲み干した。苦味だけが舌に残って、缶を近くのゴミ箱に放り込めば誕生日プレゼント第一号はあっさりとその痕跡を消した。
 ――縁起が悪い。
 運ではなく縁起だ。迅や林藤のように人を食った態度の人間に出くわすとそう思う。それ自体が災難なわけではない。ただ何となくざわついた予感が這い上がってきて落ち着かなくなる。誕生日なんてめでたくもないと淡々と割り切っているのに、その前日にプレゼントだと苦手なものを渡されて、その相手が玉狛の林藤であったことが、妙な因縁を引き寄せてくれなければ良いと思う。彼の元に所属している三雲修と邂逅してしまうことなんて、特に。
 そもそも修は風間の誕生日など知らないのだから、出会ってしまったところでいつも通り接すればいいのだ。挨拶と、ご機嫌伺いと、予定が折り合えば模擬戦の相手などを。成人を迎えればボーダーではそれが落ち目への入り口なんて、実力が伴わない人間の戯言ではあるけれど、いずれは老いて実力者の座を去るだろう。その日までに後輩の面倒を見てやることに苦痛も嫉妬もありはしない。風間にとって修はただ可愛い後輩というにはどうにも真面目が過ぎて可愛さよりも呆れや心配、不躾に観察してしまうくせが先に出てくる、それでも平凡なはずだった。自分の誕生日と絡ませて考えるような相手では、決していないはずだ。ボーダーに入隊してからの誕生日は、隊を組んでからは日付にはこだわらずにファミレスで食事をすることがあった。給料を貰っている隊員たちは隊長の誕生日を祝う会食の代金を払うくらいわけないのだが、それでも結局支払いを済ませるのは風間だった。それは誕生日を迎えた自分が、彼等よりずっと年長者だからだ。

「風間先輩」
「――――、」
「あの、こんにちは」
「ああ」
「さっき向こうで林藤支部長とすれちがったんです。風間さんがいるから、挨拶でもしてこいって言われて……」
「馬鹿正直に従わなくてもいいんだぞ」
「い、いえ! 風間さんがいるなら、挨拶しますよ!」
「それにしたってだな――」

 不満はお門違いだった。しかしやはり林藤との出会いは縁起が悪かったようだ。それでいて一種の幸運でもあると唱えたくなる自分がいて、風間はまた飛び出しそうになる舌打ちを噛み殺す。他人に期待をすることは恥ずかしいことだ。何故だろう、齢を重ねるごとにその思いは強くなっていく。応える義務のない相手だ。裏切られたと傷付くことは自分の心が稚拙だという現実を突きつけられるようで目も当てられない。だから、端から何もないのだといつもと変わらぬ表情でただ暮らしていくことがもっとも穏やかな選択肢だった。近界民を切り刻むような日々だとしても、それでも、風間にはそれが日常だ。

「悪いが今日はこれから会議が入っていてな。模擬戦には付き合ってやれそうにない」
「えっ、いえ! そんなつもりで挨拶に来たわけじゃないんで……!」
「姿の見えない人間を挨拶の為だけに探し回るのはやめておけ。効率的ではないし、気遣いを習慣にすれば引きどころを見失う」
「え、えっと……」
「俺を探し回るより、自分の目的に向かってしっかりと励め、ということだ」

 真面目なのは修の美点だろうが、万人にそんな振る舞いでは、手を抜く場所がない。不備ではないことを不備のように映す。基準値は無茶ではない位置に置いていくくらいが丁度いい。手抜きではなくて、自分との折り合いだ。自己分析に優れていると初めての模擬戦では思ったのだが、それは戦闘中に発揮されることの方が圧倒的に多いようだ。分析は出来ても、頓着しなければ意味がないのだ。

「あの、ぼくは――!」
「ん?」
「挨拶しかできなくても――、見えなくても、……いるって言われたら、会いに行きたいと思うんですけど……、それは、だ、駄目ですか」
「――――、」

 驚いた。食い下がられるとは思わなかった。先輩の教えには、素直に頷くものとばかり思っていた(それは今まで風間の修に対する教えが全て理に適った模擬戦中に行われることばかりだったからで、風間の感情に基づいた忠告を行ったのはこれが初めてだったことによる認識の食い違いである)。
 ――駄目ですか、と聞かれてしまうとな。
 言い訳の代わりに頭を掻く。割と恥ずかしい台詞を貰ってしまった。顔など赤めて俯きながらちらちらとこちらを窺ってくる視線がまた必死だから猶更。

「駄目ではないな」

 確かに、駄目ではない。探したいなら探せばいい。それに応えるのが自分であるならば。稚拙な期待を積み上げても、裏切らないだけの覚悟があるならば。否、そんな覚悟はいらないからただ、自分だけを探してくれればいいのにと、風間は既に願い始めている。
 風間の返事に、露骨に嬉しそうに「ありがとうございます!」なんて言ってしまう修を前にすればそれも仕方ない。だから調子に乗って、願いを少し先に伸ばしてしまおう。

「ところで三雲、俺は明日が誕生日だ」

 そう告げたときの修の驚いた顔を、風間は忘れないようにしようと愉快な心地で決めた。そんな急に、と言いたげな表情の裏に、風間を祝おうという気持ちが透けて見えていたから。
 齢を重ねることに感慨はない。けれど今年はもしかしたら、この目の前の少年が連れて来てくれるのかもしれない。もう随分と長いこと疎遠になっていた、齢を重ねること、その記念日を祝われることへの喜びを。



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HAPPY BIRTHDAY!! 9/24

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Title by『ダボスへ』








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