※三輪姉と月見さんが面識アリという捏造設定注意!!



 ――優しい人だった気がする。
 遠くなっていく思い出に、無意識な欲望が混ざるのはとても簡単。それでも、行く着く先がいつだって水溜りにこれっぽっちも薄まらない血の海の記憶ならば、寂しさと痛みと、憎しみが先立って思い出を正しく保管していてくれるのかもしれない。それとも、優しさだけが価値あるもののように歪んでしまうだろうか。そういえば、きちんと喧嘩だってしてこなかったと月見蓮は一人ごちる。もう名前も呼べない場所へ行ってしまった人を、月見は胸の内側に抱えている。



 年下の少年たちが、顔を突き合わせて直前のランク戦の結果を踏まえ話し合っている。上手くいったところ、いかなかったところ、前回からクリアできた課題と先延ばしになってしまった課題。状況判断のミスがなかったか、初めは自己申告から始まり次いで仲間からの指摘。まるで学級会のよう。意見がある人は恥ずかしがらずに手を挙げて。それが出来ないのなら、人の意見に文句なんて言ってはいけません。常識です。
 その点、三輪隊の子たちは優秀だわと月見は目を細める。涼しげな相貌に、薄く引かれた朱の、場にそぐわない艶やかさときたら彼女の視線の先にいる少年たちにはきっと目の毒に違いなかった。だからことのほか、話し合いには集中しなければならない。一人年下の章平くんも物怖じせずに発言しているし、月見が気になると感じていた点は既に自分たちで論点としてあげ、その問題の解消の目処をつけている。そろそろ、口賢しい年上の女を引退する頃合いかもしれない。誰も、月見のことをそんな鬱陶しいポジションに捉えてはいないのだけれど。頼りになる師から授かった知識を、初めは戦うことにばかり長けた幼馴染に託そうとした。楽しいことばかりが好きな、子どもみたいな、一つ上の幼馴染。忍田本部長に転がされてばかりの彼を横目に眺めていた頃、才能は間近に感じていたけれどまさか個人のランキング戦で1位に立つほどとは思わなかった。隊長だなんて、戦闘の指揮だなんて。教えたことが的確に生かされた指示を発する幼馴染を、いつの間に育ってしまったのかしらなどと親のような視線で驚いてみたりもした。
 ――20歳。ボーダーに設定された有望の文字を背負える年齢のラインは他の職種に比べたら若すぎるくらいだ。今のご時世人生50年から100年まで跳ね上がったとして5分の1で輝かしい時を終えるだなんて。まあ、蝉よりはマシだろうし戦闘員としての輝きが人生を左右するでもあるまいしと誰も彼もが深くは考えない。当事者になるまでは、考える必要もないことだ。
 月見とてまだ19歳で、これは人によっては若いよりも幼いと言いたくなるような年齢なのだろう。それでもオペレーターの中では年長の方だし、ボーダーのシステムが三門市に根付き年に三回の入隊式というサイクルを何度もこなしていれば自然と古株に寄った感慨を持って組織に身を置いてしまう。そんなことを自覚しながら日々を過ごすほどに、三門市の外側が未だに享受している平穏をこの地が失ってから時間が流れたということなのかもしれない。

「――次のランク戦では連携の指示を古寺に任せる」
「じゃあその前にオレと組んで適当に二人捕まえて模擬戦しようぜ」
「了解です」
「連携の確認だと自覚してやれ。章平を振り回すなよ」
「それをコントロールするくらいじゃないと」
「とにかく、講評はこれで終わりだ。解散する――問題は」
「いいえ、何もないわ。お疲れ様」

 ぼんやりと考え事をしている内に、少年たちはさっさと意見を纏め終えたらしい。場を締め括った三輪が、最後に確認のように視線で月見に総評を求めるような仕草をしたことに、これではまるで保護者じゃないのと先程と代わり映えしない思考がまた回り始める。年齢も経験も、出会った当初は三輪よりも月見の方が上だった。それでもオペレーターと隊員として組み、米屋や奈良坂、古寺が加わり隊として機能するようになった以上隊長は三輪で、その立場は月見をも含め纏め上げなければならないものだ。だから、三輪には任務中敬語を使う必要はないと月見が説き伏せた。元々平時でなければ相手によって態度を切り替えることに慣れない少年だったから。
 ――だからこれは、私が三輪君を都合よく動かしたわけじゃないわ。
 言い訳のように響く言葉が嫌いだった。三輪の為じゃない、月見自身へ向けた言い訳。


 三輪が復讐の為にボーダーの門を叩くよりも前に、私は貴方を見たことがあるのよと打ち明けたら、彼は私を思い出すだろうか。
 疑問は、一生解決の口に立つことはないだろう。今よりも幼い少年の瞳が――瞬きすら忘れて、それでも乾くことなく目尻に溜まり流れ落ちて行ったのは雨水だったのか涙だったのかそれはわからない――映していた最愛の人の死を、月見は一枚の絵の前に立つように遠く見ていた。駆け寄って、少年の怪我の有無を確認しようとか、励ましの言葉を掛けようとか、そんな考えは浮かびもしなかった。
 それでも、自分もまた失ったのだと我を失って泣きださなかったこと。それは少なからず今の月見に影響を与えているように思う。泣いていたら、立場を弁えず三輪と同じように悲しんでいたら、自分もまた復讐の鬼だったかもしれない。
 ――ああでも、彼の傍にいて復讐だとか、わからないわね。
 真面目で薄暗い思考に傾く度に、月見は幼馴染の太刀川慶を思い出す。彼と共にボーダーに籍を置きながら、憎しみだけに身を焦がすのはどうしたって難しい。だからなのか、おかげなのか。三輪隊の少年たちを見守る月見の雰囲気は穏やかなまま、変わることがない。それがいいことか悪いことかはわからないけれど。

「三輪くん」

 解散を告げ、三輪隊にあてがわれたオペレーションルームを出て行く少年たちの最後尾に続こうとしていた隊長の名前を呼ぶ。
 彼等の隊長。そして私の隊長。
 振り向いた顔は、隊長の顔ではなく年下の少年の顔つきで、神妙に見えた。

「――よくできました」

 にっこりとほほ笑んで。初心な男の子に直撃したら、思わず赤面してしまいそうな笑み。
 けれども、ただ無言で頭を下げて部屋を出て行く三輪に、月見はもう一度同じ言葉を繰り返す。
 ――よくできました。
 姉の復讐、誰かの死を生きる糧にしている少年が、月見には羨ましく思えてならなかった。



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あなたはガラクタ、宝石に等しい
Title by『3gramme.』







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