「グロスは唇、マニキュアは指、ペディキュアは足、マスカラは睫毛。勿論、つけまつげをしていても上から塗るものですよ〜。女の子はね〜お金がかかるの。そりゃあおじさんにおねだりだってしたくなるよね。しないけど〜」

 国近の説明に、太刀川は「女は金がかかるんだなあ」としみじみ感心したように呟いた。男で良かった。本心から思う。着飾ることに上限があるならば、削ぎ落とした分だけ見劣りするのが女だろうか。太刀川には興味のない分野の話だ。ボーダーに入ってからは特に、太刀川がA級一位であることを何処かから嗅ぎ付けて群がってくる女たちの相手を適当にすればいい。鬱陶しくなればボーダーの任務が忙しいからと同じ文句を飽きもせず繰り返していれば相手が勝手に愛想を尽かして去っていく。要するに、身体だけの関係ばかりだったことをここで国近に打ち明けても彼女は自分の隊長を軽蔑することもないだろう。国近も国近で、自分の楽しいことを優先するところがある。そういうところが気に入って、太刀川は彼女にオペレーターを任せているのだ。
 とはいえ、女には世間一般が要求する身嗜みを整える為に金がかかるのだと説いてみせる国近の懐にある金が何に費やされているかなんて太刀川隊のオペレータールームを見れば化粧品でも衣類でもないことは明らかだ。良く言えば大らかだが人によっては締まりがないとその緊張感のなさを咎められてしまう国近の好きなもの。にこにこしながら高速でボタンを連打する姿に、これは踏み込めないと誰もが遠慮する。国近好みに改装され、携帯ゲーム機から家庭用ゲーム機までありとあらゆる種類を網羅している太刀川隊のオペレータールーム。ボーダー本部用と自宅用で二つずつ購入しているらしい。国近が太刀川隊所属のオペレーターになって初めての給料を貰った日、嬉しそうに「太刀川さんのおかげで欲しかったソフト全部買えたよ!」と嬉しそうに買ったばかりのソフトを抱えて見せてきたことが懐かしく思い出される。

「お前は昔から変わらないよなあ」
「むむ? どういうこと〜?」
「化粧とか興味ないゲーマーのまんまってことー」
「卒業する理由がないし!」
「それもそうだ」
「高校生には不相応なお金は毎月貯まる一方だし!」
「いいことじゃないか」
「ほんとそう思う〜。太刀川さん大好き!」
「褒めても何も出ないぞ」

 自分が高校生だった頃は大人にだってトリガーを使えば負けないのに年齢が足りないくらいで子ども扱いをするのは止めて欲しいと思っていた太刀川だが、ほんの二年高校生を過ぎただけで高校生なんて本当に子どもなのだと感じてしまう。自分の周囲の女たちがどれだけ着飾っていたかなんて覚えていない。年相応に騒がしいばかりだった。一人で黙々と携帯ゲーム機を操作している国近の学校生活を想像しようとしても具体的なイメージが湧かない。本部にいるときと変わらずに自分の席でゲームをしている姿もあり得る。大丈夫だろうかこいつはという余計な心配が脳裏を掠める。やるべきことはこなせる技量があるからこそボーダーに所属してもいるのだろうが、交友関係を築くことは義務ではない。煩わしいと切り捨ててしまえば、国近はきっと見向きもせずにゲームに熱中するだろう。それでいて見た目はなかなか可愛くて、スタイルもいい。高校生くらいならば、外見が恋愛感情に働きかける威力はずっと強大だ。周囲に流されない人間は、時々同性から疎まれる。

「……お前変な所で敵多そうだな」
「何で?」
「うちの自慢のオペレーターだしなー」
「褒めても何も出ないよ〜」

 敵を作ったからといって、そうそう打ち負かされる神経でもないだろう。そして太刀川は国近の保護者でもない。寧ろ二十歳になっても大人の手を煩わせているのは太刀川の方だ。先日、大学の方から進級に必要な単位が足りていないと警告メールがきた。参ったと頭を抱えながら具体的な対策は何も考えていない。まあなるようになるだろうと、忍田や根付が尻を叩きにくるまでは鷹揚に構えていられる。そんな隊長の、戦闘以外はからきし駄目な生活態度をここの隊員たちは面白がって笑うばかりだ。戦闘力以外の威厳は必要ない。A級一位とは優等生の称号ではない。強者の証だ。
 太刀川が黙っている間に、国近はプレイしていたゲームのマップをクリアしたのか「よしっ」と声を上げた。好きなものがあることはいいことだ。「やったよお〜」と太刀川を振り返る国近の髪がふわりと舞って、甘い花の香りがした。清潔感のあるシャンプーの香りに、女の子はこれで十分だと国近の頭を撫でてやる。嫌がりもせずに、笑いながらその手を享受している国近の唇に塗られたグロスも、整えられた爪も、薄く施された化粧の全て太刀川にはその価値も意味もわからないままだ。可愛い下着を上下セットで気合いを入れて選んだと言われればピンとくるものがあるが、流石にそれはセクハラになってしまうので。

「今度おじさんが化粧品買ってやろうか」
「いらな〜い!」

 おふざけの申し出に即答で断ってくる言葉が予想に違わないことが嬉しくて、太刀川は今月彼女がいつも以上に好きなゲームが返るよう出来高払いが増えるよう頑張ってもいいかなとその場の思いつきで頬を緩める。実際任務を増やそうとすると他の隊員に召集をかけなければならないので太刀川の一存では決めかねるのだ。大体は隊長命令で押し通せるけれど。その度に穴埋めとして隊員たちに食事を奢らされることくらいは可愛い出費だ。痛がらなければならないはずの大学への出席日数の犠牲は追い詰められるまでは見ないふりをする。

「まあ取り敢えずあれだ、悪いおじさんに引っかかるような真似はするなよ」

 会話の絞めの注意事項に、国近は行儀よく手を挙げて了解と返事をした。胡坐をかいた太刀川の足の間に座っている国近はもう立派に悪いおじさんに引っかかっている気がすると、始終同じ部屋の中にいて無言で二人のやり取りを見守っていた出水は思っている。



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きみは幸せそうだね
Title by『魔女』






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