※捏造過多
※出水が一人暮らし設定


 出水が佐鳥を拾ったのは、しとしとと雨が降る夜のことだった。高校の友人たちとカラオケに出かけた帰り道、行きは降っていなかった雨に辟易し、しかし濡れ鼠になって帰るのも億劫だとコンビニに入った。入り口付近に置かれたビニール傘の一番安い商品を手に取る。そして、そういえば毎月購入しているファッション誌の発売日が過ぎていることに気が付いた。雨の中、紙商品を買うつもりはないがせめて表紙だけでも見て置こうと歩を進めてしまったのがいけなかった。そこには、制服姿のままいかにも時間潰しといった表情で漫画雑誌を立ち読みしている佐鳥がいた。
 出水は佐鳥を嫌ってはいない。ただ特別親しくなかった。同じボーダー内でもA級隊員は人数が少ないので顔と名前は一致するし、話す機会があれば気安い人種だがこうして外で偶然出くわすとなると途端に距離が開く。そもそも同じ隊であってもボーダーと無関係の場所で隊長の太刀川に遭遇しても気まずいかもしれない。傍から見ていて、いったいどういう関係の二人だと探られるのは想像しただけで面倒だ。その点、佐鳥と外で出くわしても何ら問題はないように思えた。厳密には一歳の齢の差を持ちながら、同年代と見間違うはずのない外見はボーダーを離れても変わらない。そんな風に気楽な点ばかり思いついて、近付いてつい「よお、お前何してんの」と声をかけてしまった。その瞬間の、佐鳥の驚いた顔と徐々に喜色に満ちていく表情を出水は未だに覚えている。
 ボーダーの任務中ならばともかく、それ以外ではただの高校生である出水らには必然的に社会的制限がある。入隊するにもそもそも保護者に同意が必要であるし、本業である学業を疎かにすればいい顔はされないし、任務で学校を欠席すれば公欠扱いにしてもらう書類を提出しなければうっかり出席日数の布石で留年しかねない。そして何より午後十時以降の外出は運が悪いと警察に職務質問される恐れがある。あからさまな不審者でなければ問題ないかもしれないが、面倒事は避けて通るに越したことはないと出水は思っている。それなのに、そろそろその十時を迎えようという時間帯に佐鳥は制服姿のままだった。出水は今日本部に顔を出していない。佐鳥が属する嵐山隊がどうだったかもわからないが、それにしてもこんな時間帯まで制服とは妙だなと首を傾げた。すると佐鳥は出水に遭遇したことがよほど嬉しかったらしく、まさかの店内で抱き着こうとしてきたので反射的に彼の狙いやすい額に手刀を落としていた。出水は男と抱き合う趣味はないのである。
 佐鳥が言うことには、今日から一週間ほど家族が旅行に出かけて家を留守にしているらしい。佐鳥は学校もあるし、ボーダーの任務も入るかもしれないと置いて行かれた。家事など普段から手伝っていない人間でも一週間くらい生活できるだろうと両親も本人も思っており、今朝はお土産を約束に和やかに別れたらしい。しかし問題は家事が不得手以前の問題だった。佐鳥は家の鍵を学校の机の中に忘れてきたのである。制服のポケットに入れていた鍵が一度落ちてしまい、そのとき何の気もなしに机の上にあった筆箱の中に放り込んだ。そしてその筆箱を机の中に置き去りにして放課。ボーダー本部に立ち寄り、任務は入らなかったものの嵐山隊の面々とお茶会を楽しんだ後自宅に帰ったところ鍵を学校に忘れたことに気付き慌てて取りに向かうも見事に校舎は戸締りが成され教員も残っていなかったそうだ。

「――じゃあお前、今晩野宿か」

 出水のさも他人事という言い草に、佐鳥は「わかってないですね!」と人差し指を振って見せた。内心苛ついたが、話を引き延ばすのも厄介なのでここにきた目当ての雑誌に手を伸ばしながら「何がだよ」と先を促す。

「今晩泊めてください!」

 勿論答えは「断る」の一択である。



「おじゃましまーす!」

 元気よく宣言し、本来の住人すら押しのけて出水の暮らすマンションの一室、その玄関で靴を脱ぐ佐鳥の背中を見つめながら、出水は苦々しい気持ちでいっぱいだった。
 佐鳥の今晩泊めてくれというお願いを間髪入れずに拒否した出水であったが、まさか断られるとは思っていなかった佐鳥の反応はひどかった。いったいどんな思考回路で出水を頼れる存在と認識していたのか定かではないが、可愛い後輩を真冬の寒空の下に放り出すのかと喚かれ、周囲から好奇の視線がちらほらと集まりだした時点で出水の形勢はかなり悪かった。しまいには店員が何かトラブルだろうかとレジから出て来ようとした瞬間、出水は佐鳥の腕を掴んでコンビニから慌てて立ち去った。レジを通していないビニール傘は入り口を出る際にきちんと戻しておいた。幸い、コンビニから出ると雨は止んでいて、これならばどこか別の場所で雨宿りしていればよかったと悔やまずにはいられなかったが仕方がない。あのコンビニには暫く入れそうにない。
 結局、なし崩し的に佐鳥を自宅に招き入れることになった出水は、まず彼をバスルームに放り込んだ。バスタオルと着替えも適当に投げて渡し、泊めてやるからには大人しくしていること、部屋を散らかさないことを条件に突きつける。もっとも、それでもやらかしそうな雰囲気を纏っているのが佐鳥賢という男である。出水も同様に、他人様の家にお邪魔して大人しくしていろと言われてもベッドの下を漁らずにはいられない人種のためなんとなくわかってしまう。出水の場合、そんな発見される場所に不都合なものを隠していないので比較的落ち着いてはいるが。
 出水は友人たちと既に夕飯を済ませているが佐鳥は恐らくまだだろう。冷蔵庫を漁るものの、たいしたものは入っていなかった。どうしようもないのでココアで我慢させようと牛乳を客人用のマグカップを取り出し牛乳を注ぐ。バスルームからばたんばたんと騒音がし、風呂くらい静かに入れないのかと舌打ちをしながらも様子を見に行くことはしない。出水は男の裸を覗き見する趣味もないのである。
 風呂からあがった佐鳥に夕飯代わりのココアを渡すと、案の定食べ物を所望し出したのでそれならばとココアを取り上げようとしたところ大人しくなった。椅子の上で体育座りをしながらちびちびとココアを飲む佐鳥を見て、その体勢は女子がやらないとあまり可愛くないなとしみじみ実感する。

「出水先輩って一人暮らしなんですか?」
「ああ。それがどうかしたか」
「いやあ、割と小奇麗な部屋だと思って」

 その後も佐鳥は初めて足を踏み入れた部屋に興味津々といった様子で、しきりに視線をきょろきょろと動かしていたが出水はさっさと寝ろと彼を寝室に押し込む。突然の訪問に厄介者だとは思っているが招き入れた以上は責任を持たなければならない。でなければ好き放題漁られて被害を受けるのは出水自身だ。一晩限りと割り切って、佐鳥にベッドを譲ってやる。

「出水先輩はどこで寝るんですか?」
「床に布団敷く。おらさっさとベッド入れ」
「じゃあ遠慮なく!」

 言葉通り微塵の遠慮も感じさせない清々しさで佐鳥はベッドに飛び乗った。完全にはしゃいでいる。呆れつつ、クローゼットから予備の布団を取り出し敷く。もっと頻繁に天日干ししておけばよかったと悔やんでも遅い。気休めに数回手で叩いて、電気を消して二人とも布団に潜り込む。

「先輩、先輩、なんか恋バナしましょうよ!」
「寝ろ」

 修学旅行の夜に似たテンションで、しつこく話しかけてくる佐鳥にすげない返事を送りながら出水はぼんやりと嵐山隊所属でなくてよかったとほっと胸を撫で下ろした。この性格がまかり通る隊とはよほど真っ直ぐでなければならないだろうから、きっと出水の性には合わないだろう。そしてそんな隊でのびのびと馴染んでやっていけている佐鳥だって、出水とは合わないのかもしれない。
 それでも、こんな距離感の狂った近い場所で眠るのも今晩だけなのだからと閉じた瞼の裏で思考を放棄し微睡みに身を任せようとした。その瞬間、出水の相槌がなくとも勝手にべらべら喋り続けていた佐鳥が「それじゃあ」と脈絡もなしに、言った。

「出水先輩一人暮らしなら一週間くらいおれのこと泊めてくださいよ!」
「――は?」
「明日一旦家に戻って荷物取って来るんで!」

 何を言ってるんだこいつは。そう思ったものの出水の意識はもう眠りに落ちそうだった。できればこのとんでもない発言がどうか悪い夢でありますようにと願いながら、出水の意識は途切れた。
 勿論、夢であるはずがなかったのだけれど。



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不幸せだとやさしい家(1)
Title by『にやり』


続きます。






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