※雰囲気マリみてパロ
※捏造注意(中高一貫設定等)



 歴史ばかりが積み重なって、錆びついて利便性からは程遠い重厚な門をくぐる。お嬢さま学校と銘打たれていても、小南には女子校以上の意味を持たない広大な敷地を彼女は大股で闊歩する。校則にギリギリのラインで則ったスカートがひらりと風に舞った。すれ違うお上品な少女たちは小南の顔を見ると一瞬目を見張り、それから微笑んで会釈する。彼女はその会釈に――礼儀としては立ち止まって会釈を返すのが望ましい――軽く手を振り微笑んで通り過ぎる。中高一貫校であるこの学校は無駄に敷地が広い。そして校門から校舎までの道のりが遠すぎる。桜並木を抜け、石畳を踏む。途中の広場中央に設置された噴水の周囲に人影はない。待ち合わせをするには水飛沫が飛びすぎる。そんな些細な被害を防ぐことを、小南と同じ制服を纏う少女たちはレディの嗜みだと思っている。
 ――馬鹿げた話よ!
 一歩、小南は跳んだ。噴水の縁に着地して、また跳ぶ。石畳に着地して駆ける。被った水飛沫なんて直ぐに乾くだろう。か弱くあること、可愛くあること。それよりもずっと大切なことがある。強くあること、失わないこと。立派なレディとやらになる前に死んでしまったら、それこそ元も子もないのだから。けれど小南の言い分は、三門市の中でも更にこの学校の敷地内では野蛮に響いてしまう。か弱き少女たちは小南の主張に震えながら、しかし小南を慕っている。自分たちを守ってくれる人だと。間違いではないけれど、慕い方を間違えないで欲しいと彼女は唇を尖らせる。木製の下駄箱に忍ばされたシンプルな便箋の扱い方を、小南はいつも外の世界を謳歌している栞に相談してしまう。
 ――ここはおかしいわ。だって女の子しかいないのに、あたしにラブレターなんか出してくるのよ。
 戸惑う小南を満足させてくれる答えを、この閉塞的な、最長で6年間も通う内に染みつく独特の価値観を知る由もない栞がくれるはずもない。古臭い校風は、忍ぶ恋を美しと讃えているのだろうか。生徒手帳は入学したての頃に目を通して以来身分証明に必要な頁しか開いていない。まあ、同性間の恋愛についての項目は流石にないだろう。そもそも、女子生徒しかいない敷地内でどこまでが友情でどこからが恋愛かなんて区別することが可能なのだろうか。重んじられるのは礼節ばかりで、時と場を弁えた振る舞いは全て正しいのだろうか。それならば、人目を忍ぶべき想いを、人目を忍んで成就させたのならばそれは祝福されてしかるべきだろうか。
 制服の下。胸元に揺れているロザリオに服の上からそっと触れる。先輩から後輩へ姉妹(スール)という指導者役になることを約束した証として贈るもの。小南のロザリオも、一年前に三年生だった先輩から貰ったものだ。正直顔も覚えていない。こんな肌に合わない場所で、合わない人間と密な関係を築くつもりは毛頭なかったし、ロザリオだって首輪のようにしか思えなかった。それでもボーダーのA級隊員として名前が公表され学校にも出席関連で手を回してもらっている小南の顔は知れ渡っており、文武両道かつヒーロー的な一面を持つ彼女が誰と姉妹になるかという問題は、高等部に上がったときから学園中の子女たちの注目の的だった。初めは気にしていなかったけれど、段々と鬱陶しくなってきた。だから高校一年の冬、卒業間近のフリーの三年生を捕まえて――勿論形ばかりの関係であることを明示した上で――姉妹になってくれないかと頼んだ。二つ返事でロザリオを渡してくれた先輩は当たりくじだった。小南に必要以上に干渉しないまま高等部を卒業し、手渡されたロザリオもとても美しかった。
 そして春が来て、小南たちの下に後輩が入学してくる頃、今度の関心事は彼女が誰を姉妹に選ぶかということだった。けれど小南は、雑談の隙間にその疑問をぶつけてきたおっとりとした級友に、にっこりとほほ笑んではっきりとした口調で宣言した。

「悪いけど、あたしはスールにする子はもう決めてるの。その子は中等部の子だから、あたしは来年まで誰にもこのロザリオをあげる気はないわ」

 その瞬間の、周囲の驚きと好奇心が疼き出すまでの間といったら! 思い出すだけでも小南は笑い出しそうになる。そしてその笑いとやらは、品のないものであろうこともわかっている。指摘する勇気もない、正そうとする意思もない。ただ眺めているだけのくせにやたらと雄弁な視線を持つ少女たちの群れを小南は叩きのめそうというのではなく、しかし区別をしている。小南が来年になればロザリオを差し出すつもりでいる少女ならば、短いスカートで脚を組むことに眉を顰め、戯れに纏わりつけば撥ねのけ、意見を押し付けられれば弁で以て応戦する。
 小南は意思のある人間が好きだ。そしてこの学園の敷地内で、小南の目に適う戦える少女は木虎藍をおいて他にはいなかった。

「木虎ちゃん!」

 手元の本に落とされていた視線がゆっくりと持ち上がる。高等部の生徒が使用する礼拝堂の裏手、植えられた桜の木の下に設置されたベンチに座りながら木虎は小南を待っていた。呼び出したのだから当然とも言えたがこの人気のない場所は二人が顔を合わせる度に使用している場所で――初めて学園の敷地内で偶然顔を合わせたのもこの場所だった――、これ以外の場を待ち合わせに使うことは絶対にしなかった。そうであったから、小南が親しくしている中等部の生徒など木虎一人しかいないのに、誰も彼女がスールにすると定めた中等部の生徒を特定できないままでいる。
 小南が傍までやってくると、木虎は座っている位置をずらして相手が座れるようスペースを作った。これは馴れ馴れしく第三者が近寄ってきて自分の隣を陣取らない為の予防線だった。小南が木虎を見つけたとき、様々な人間にちやほやされていた彼女は、しかし様々な人間を敵視して弾き返そうとしていた。誰もいない場所を求めるのは安らぐ為のはずなのに、観察し得る限り一度たりとも無防備な姿を晒さなかった木虎を、小南はいたく気に入った。毛を逆立てた子猫のよう。他人に負けない強さを持ちながら、拒みながら、けれど無視して立つことはできない善良さに、小南は木虎を手元に置きたいと願った。守ってあげるし、強くしてあげる。
 ――けれどまあ、あたしに勝てるようになるかはわからないけれど。
 木虎の眼前にロザリオを垂らして投げつけた挑発に、彼女は勿論正面から受けて立った。一度も手を振れないまま、木虎は小南からロザリオを受け取ると約束した。この礼拝堂の裏、マリアを慕う少女たちがはびこる敷地内で、二人はお互いだけを慕う契りを交わしたのだ。

「遅かったですね」
「――そう?」
「……。人を待たせたら、謝るべきです」
「ええそうね、待っていてくれてありがとう」
「…………」
「心細い思いをさせてごめんね」
「心細くなんか、ないですけど」

 意地悪な物言いだと、自分でもわかる。小南がこんな物言いをすることを、きっと木虎しか知らない。だって、小南の言葉にわかりやすくいじらしく反応してくれるのが木虎しかいないのだから仕方がない。小南が破ったわずか数分の時間にまで噛みついてしまう木虎の自分に対する信用を――木虎の信用は寛容とは結びつかない――くすぐったく感じる。言葉で及ばないとわかっても、小南を無視して一度閉じてしまった本を再び開く意思は木虎にはない。
 もう一度胸元のロザリオを制服の上からなぞる。首輪だと思っていたそれを、あと数カ月の後に小南は木虎の首にかけるだろう。そしてそれは首輪よりもずっと強い力を持って二人を結びつけるだろう。信仰よりも、飼育よりも、失うまでは決して解かれない引き合う力がそこに生まれるのだから。

「木虎ちゃん」
「はい、小南せんぱ――」

 木虎の声は、梢の風に揺れるざわめきに掻き消えた。そして発するよりも早く、小南の唇が塞いだ。触れるだけのキスは、柔らかい感触と匂いを纏わせて離れた。瞳を何度も瞬かせて、それから真っ赤になりながら「誰か来たらどうするんですか」と憤慨する彼女の唇を顎を掴んで親指の腹で撫でた。

「他人の力なんて、借りようとしちゃダメよ」
「なっ、」
「自分が嫌がっているという意思を示さないなら、離してあげない」

 小南の教えに、木虎は悔しげに唇を噛みながらしかしそれ以上何も言わなかった。彼女の意思は小南の傍を離れない。そのことに満足して、小南は手を離し木虎の形のいい頭を撫でた。
 誰かが来てもいい。マリアにだって見られても構わない。礼拝堂から漏れ聞こえたオルガンの音が、二人を随分と道を踏み外した気持ちにさせたけれど構わなかった。信仰よりも、飼育よりも、この愛が二人を引き寄せあうのだから。



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どこにもない天国
Title by『さよならの惑星』






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