遊具のひとつも知らないというのだから、説明するよりも体験させた方が早いのだろう。修の左手を握り早くと急かすのは陽太郎だけれど、反対側の右手を歩く遊真に公園で遊ばないかと誘いをかけてしまったことは果たして正解だろうか。冷や汗をいち早く見抜いた千佳だけは、そっと修を見上げて「大丈夫」と目配せしてくれたけれど。そもそも自分だって、年相応な時期に公園で遊んだかと言われると、その手のことに積極的ではなかったことが思い出されてどうにも足が重くなってしまう。これは無責任なことだという生真面目さだけが、今の修の指針になっている。辿り着いた公園は警戒区域に近いこともあり――単に冬の気候に子どもが負かされたせいかもしれないが――誰もいなかった。
 常時トリオン体である遊真の身体能力は、ただでさえ平凡な身体能力に分類される修からすれば行き過ぎなほどのパワーを備えている。それとも、生きてきた環境がシビアなら足を折るのも紙クズを飛ばして人を吹っ飛ばすのも容易になるのか。食事の際に普通にスプーンやフォークを握っているし、好き嫌いの所為で長続きはしないけれどもペンを握って同じ教室で勉強もしている。ようは加減の問題なのだ。ブランコに乗ったことがないという遊真に隣で実演してから同じようにやってみるよう促せば、数回の漕ぎで派手に前後に揺れ始めた遊真を乗せたブランコはギシギシという音を立てて彼を前方に放り出した。

「なかなかスリリングな遊具ですな」
「そういう道具じゃない!」

 突然放り出されて地面に叩きつけられるほどやわではないと見事綺麗に着地した遊真はブランコという遊具の用法を勘違いしたようだ。「どれもう一回」と戻ってきた彼に、修は慌てて立ち上がった。

「――オサム?」
「ほら、座れ。押してやるから。足は地面に当たらないようにしとけ。漕がなくていいから」
「ふむ」

 言われた通り、ブランコに座り直す。すると背中に修の手が当たり、ゆっくりと前に押された。その速度は自分で漕ぐよりもだいぶ遅くて、ともすればまどろっこしいとすら思えた。けれど触れては離れていく修の手の温かさを、遊真は心地良くも思い修が指示した通り足をしまってされるがままになっていた。いつの間にか修が座っていたブランコに腰掛けていた千佳が、どこか微笑ましげにじっと遊真を見つめている。その瞳に優しさと、ほんの僅かな羨望を見つけて遊真も笑った。優越感からではなく、千佳が修に向けている感情が面白いほど自分とそっくりだから。ささやかに守られて、何も持たない彼から沢山の物を受け取った自分たちの視線に籠もる熱を全く気付く素振りもなく受け止め続ける修は黙々と遊真の背を押している。同い年の、ブランコに乗って遊ぶ年齢など通り過ぎてしまっている友人の為に。けれどそろそろ潮時だろう。甘やかされる権利は我にあり。そう言わんばかりの最年少の怪獣が、今か今かと遊真の位置する座を狙っていることに修も気付いているだろうから。
 待ちきれないと陽太郎があげた唸り声がお終いの合図となり、遊真は文句を言いたくなる前に自分からブランコを降りた。高さはない。無人のブランコを受け止めて、修は珍しく、小さく、笑った。幼い子どもが、自分よりも小さな子に対して寛大さを示したことを褒めるような笑み。そのことに、本気ではないけれど臍を曲げた振りをして遊真は修をからかう。結局、ただでは陽太郎の好きなようにはさせてやらないつもりなのだ。思いも寄らない自身の子どもっぽさに、遊真は修と出会ってから気が付いた。

「オサムは本当に面倒見の鬼だな」
「またそれか。別に、そんなことない」
「この間も、こなみ先輩にお菓子取られてただろ。お腹が空くと機嫌が悪いからな、こなみ先輩は」
「失礼だぞ。それに、空閑と千佳が分けてくれたから食いっぱぐれたわけじゃないし、面倒見たとは言わないだろ、それ」
「いやいや、そんなことあるんだって。なあチカ?」
「うん、修くんはとっても優しいと思う」
「――評価変わって来てないか、それ」

 信頼する二人の視線は温かい。結びついた事案からつい戦いの技量で己を測ってしまうのは修の癖だ。遊真にも千佳にも遠く及ばないポテンシャルで、しかし二人は自分に着いていくと背中を押す。後ろにいるのは、いつだって自分のはずなのに。
 だから純粋で、真っ直ぐな言葉は時々面映ゆい。修だって、二人のことは大好きだ。二人の為に――或いは一人の為に二人でならば――多大な無茶にでも躊躇いなく身を躍らせるくらいには好きだ。けれど言葉にしたり、わかりやすく態度に出したりということは何分経験がなくどこか気恥ずかしかった。

「オサムは普通に優しくて、面倒見がいいんだ」

 締め括るように、遊真が評価を下した。千佳はその通りだと笑顔で頷いている。ブランコなんて、乗ったことがないからといって何の問題もなかった。公園で遊ぶという幼少期を持たない以上それが遊真にとっての普通だった。
そんな遊真を、自分たちの日常に定着させようとしてくれる修の優しさをきっと拒んだって良かった。けれどそうする選択肢が見当たらないのだから困った話だった。顔には微塵も出さない戸惑いを、同じように修に救われてきた千佳だけが見抜いているのだろう。一人で逃げ続けることが普通だった。その為に、誰の優しさにも振り向いてはいけないと思っていた。それでも探し続けてくれた、傍にいてくれた修のことをどうして愛しく思わないでいられるのだろう。二人が寄せる好意というものに、修は親しみの上辺をなぞってちっとも沈んできてくれやしないのだけれど。
 それでも互いに寄せ合う想いの糸が、三人を結び付けていることを彼等は声に出してはその儚さをしっているからこそ呼ばないけれど幸せだということを知っている。

「おれはオサムが大好きだ」
「わたしも修くんが大好き」
「あー、ぼくも二人のことが……だ、大好き、だ」
「うむ」
「うふふ」

 恥ずかしいと顔を真っ赤にしたまま俯いてしまった修の顔を覗き込もうとする遊真と千佳の戯れは、とっくにブランコに座って修に押して貰うのを待っていた陽太郎が怒りだすまで続いた。



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きみへの不純も友情の日々も
Title by『さよならの惑星』






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