※付き合ってる


 高校から直接玉狛支部に顔を出すと、まずオペレーターの宇佐美に遭遇した。マフラーを外す京介の傍にやってくると、「ハッピーバレンタイン」の一言と共にチョコレートを渡された。市販の、年中売っている類のそれは玉狛の全員に配るつもりとのことで京介も礼を言って受け取った。これくらいは許容範囲だろう。

「小南先輩、もう来てますか?」
「うん、来てるよー。リビングにいるけど…」
「――?」
「ううん、頑張ってね〜」

 ひらひらと手を振りながら、宇佐美は二階へ上がって行った。これは彼女の気遣いなのかもしれない。そう思いながら、京介はリビングへ向かった。
 リビングには、ひとりがけのソファに座る小南しかいなかった。京介はほっと息を吐いてから彼女の向かい側に腰を下ろす。テーブルの上には先程宇佐美が配っていたチョコレートが封を切られて置いてある。

「小南先輩」
「――なに」

 不機嫌な返事に驚いた。師匠に似てしまった表情筋は幸いにも動揺を表に出すことをしなかったけれど。何かあったのだろうかと首を傾げたものの、京介は小南とこれが今日の初対面であったから心当たりなどあるはずもない。同じ高校に通っていても学年が違い、防衛任務も入っていなければ校内で示し合わさずに会うことの方が稀だ。
 次々とチョコを口に放り込んでいく小南の眉間には険しい皺が作られたまま。甘いものが好きで、人からの贈り物をこんな仏頂面で食べるなんて勿体ない。それとも、好物で以てしても収まらないほど彼女の腹の虫の居所が悪いのか。
 そうこうしている内に、小南はチョコレートを食べ終えてしまった。空になった箱をゴミ箱に入れると、乱雑な音がする。ばつが悪そうな顔をした小南はけれど何も言わず、京介と目を合わせようともしなかった。何を怒っているのだろう。折角のバレンタインなのに。恋人同士のはずなのに。

「先輩、俺、今日チョコ貰ったんですけど食べますか? 甘い物好きでしたよね?」
「いらない。今食べ終わったばかりだもの」
「じゃあ持って帰ります?」
「いらないってば!」

 小南の怒鳴り声に、室内の空気がいっきに冷える。彼女の怒りに怯むほど小心者ではないけれど、ここに陽太郎がいたら泣き出していたかもしれない。二人きりでよかった。本当はもっと、恋人らしい空気のときに感謝したかったけれど。
 しかし京介はこのまま小南の態度に手を拱いているわけにはいかなかった。何故なら二人は恋人同士で、今日が二月十四日のバレンタインだからだ。

「――すいません、嘘です」
「……とりまる?」
「俺、今日チョコひとつも貰ってないです。ボーダーだし、義理とか、渡されそうになりましたけど、恋人から貰うんで、他はいらないって、全部断ったんです」
「う、嘘…」
「嘘じゃないです」
「…………」
「小南先輩、俺にチョコ、くれないんですか?」

 小南を真っ直ぐに見つめて、言う。気まずげに視線を彷徨わせていた小南も、遂には観念して京介の視線を受け止める。直ぐに顔を赤くして逸らされてしまったけれど、そんな姿を可愛いなと思ったけれど、頑張って耐えた。彼女からの答えを貰うまで、京介は唇をぎゅっと引き結んでいた。

「あ、あるけど…部屋だから」
「ください。今すぐ」
「い、今!? 後ででいいじゃない! ちゃんと用意してたんだから!」
「先輩、俺が今日どんな気持ちで一日過ごしてたかわかってます?」
「はあ!? それはこっちの台詞なんですけど! 朝から大勢の女子に囲まれてチョコ押し付けられてたじゃない! それならあたしからのチョコなんかいらないんでしょって思ったから、だから――」
「……もしかして、不機嫌の理由って、それですか」
「…っ、悪い!?」
「いいえ、悪くないです。ちっとも」
「何笑ってるのよ!」
「別に。先輩、可愛いなあと思って」

 思いも寄らない、小南の不機嫌の理由に珍しく表情筋が仕事をしたらしい。まさか小南に焼きもちを焼いて貰えるとは思わなかった。確かに京介は顔立ちも整っているし、落ち着いた雰囲気と、三門市特有のボーダーA級隊員という称号のブランド感から非常に女性にモテる。今日も学校に着くなり顔も名前も知らない女子に囲まれ、呼び出しを受け、あるいは下駄箱や机にチョコを押し付けられそうになった。だが先にも打ち明けた通り、京介はその全てを断った。宛先のない、押し付けられたチョコはひとまとめにして『受け取れません。回収してください』と貼り紙をして玄関や教室のロッカーの上に放置してきた。クラスの男子からブーイングを食らったが、端から今年は小南に本命チョコを貰えるだろうかとそればかり気にしていた京介には知ったことではない。
 それなのに。肝心の小南ときたら学校にいる間一度も京介の元に姿を現さなかった。確かに示し合わせなければ遭遇することが難しいとはいえ、恋人同士なのだからその示し合わせをするべきではないのか。特に今日は一日中防衛任務の予定も入っておらず、確実に玉狛支部に寄るという連絡も来ていない。次々と訪れる女子生徒からの告白やらチョコやらをできるだけ丁重に捌きながら肩を落としていく京介に、クラスメイト達はこぞって首を傾げていた。
 もしや付き合っているのにチョコを貰えないのだろうかと不安な気持ちに急かされて、放課後になると同時に玉狛支部にやって来た。それより早く小南が到着していたということは彼女も校内で京介と会うことを危惧してさっさと学校を後にしたのだろう。チョコが食べたいわけではないが、彼女が自分を本命と認めていることをわかりやすく示してくれる機会に期待していた。何せ騙されやすい素直な性格の割に、恋愛となると素直に想いを言葉に乗せてくれないものだから。

「小南先輩」
「……なに」
「好きです」
「ああーもう! チョコ取ってくる!」

 京介の告白に、顔を真っ赤にした小南はもう耐えられないとリビングを飛び出して行った。二階にある、彼女が泊まる際に利用している部屋に向かったのだろう。バタバタと足音が遠ざかって行くのを聞きながら、京介はようやく肩の力を抜いて大きく息を吐いた。小南に嫌われたわけではなくて、本当に良かった。
 小南が「ガトーショコラちょっと焦げてるけど文句言うんじゃないわよ!」と勇んで扉を開けてリビングに戻って来たとき、京介は笑ってしまった。勿論、彼女の調理の失敗を嗤ったのではなく、幸せで仕方がなかったから。


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結局いとおしさには勝てない生き物なんです
Title by『魔女』






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