昼食を一緒に食べることを佐鳥に了承したまでは良かったが、何も真冬に屋上で食べる必要はないのではと出水は両手をポケットに突っ込みながら思う。手首にぶらさげたコンビニのビニール袋が歩く度に足に当たって鬱陶しかった。昼休みの校舎内は一様にざわついていて、わざわざ暖房の利いた教室を出ていく出水を呼び止める声はかからない。
 屋上へと続く階段は日陰になっていて、ただでさえ冷たい空気が更にその温度を下げたように感じられた。急ぎ足で駆け抜けても、続く扉を開いた所で暖かな空気が待っているというわけでもなく。出水はもう教室に帰ってしまいたかった。佐鳥にはメールで連絡を入れて、一緒に食べたいのならば二年の教室までくるよう言えばいい。ジャージでも持ってくれば良かったと悔やみながら、しかし出水は教室へ引き返そうとはしない。これは、賭けに負けた出水の果たさなければならない義務だった。もっとも、賭けといっても遊び半分、暇を持て余した出水が狙撃手の訓練室を覗いた際に練習をしていた佐鳥に、出水が指定した的を一発も外さないで命中させれば勝ちというものだった。仮にもA級隊員だ 。訓練室の的相手では佐鳥の方が優位だったろう。しかし聞き及んでいるランキングでは佐鳥が一位になったことはなかったし、実質のトップは当真だとして訓練時の一位である奈良坂の顔を思い浮かべるとどうしても佐鳥からは狙撃手らしい凄みが発せられていないものだからとつい侮っていたのかもしれない。ついでに、もう少し周囲を見渡していればよかったとも思う
。あの訓練室に、当時女の子の隊員がいなければ佐鳥の気合いは半分ほどに下がっていたかもしれない。結果として、佐鳥は出水の指定する的全てを一発で射抜いてみせた。佐鳥自身、お遊びではなく訓練の成績に反映されればいいのにとぼやくほど正確な射撃だった。
 もしもの話は不毛で、佐鳥の賭けの勝利に関する要求はささやかだった。正直女の子を紹介しろだとか学食の一番人気の食券確保だとかもっと面倒くさいことを言い出すとばかり思っていた。出水から突然持ちかけた賭けであるから、咄嗟に思いつく案がなかっただけかもしれないが。
 金具が錆びているのか、屋上への扉は開くとキィキィ音が鳴る。その音に反応して、先に来ていた佐鳥が振り向いた。

「先輩遅いっすよー」
「あー? てか寒過ぎ。お前寒くねえの?」
「クラスの女子に貰ったカイロ腹と背中に貼ってあるけど普通に寒い!」
「寒いんじゃねーか!」
「でも今日は付き合って貰いますよ! 賭けに買ったんですから!」
「はいはい」

 屋上には二人以外誰もいなかった。佐鳥は何故か屋上のど真ん中に陣取っていたので自然と出水もその隣に腰を下ろす。たまに屋上にくるときは柵沿いを陣取ることが多かったので不思議な心地だった。
 わざわざ屋上にまで呼び出しておきながら、佐鳥の口を突く言葉は暖かい教室で、他のクラスメイトたちの耳を掠めても問題ないであろう話題ばかり。機密保持はA級にもなれば多少自覚して話題を選ぶべきだろうがボーダー内の話に及んでも、同じ狙撃手の誰々が隣にいると撃つ姿勢が変わっているのが気になって集中できないだとか、B級に上がったばかりの女子が可愛いだとか、当たり障りのない話。任務の話はしない。この寒い中、どうでもいいとしか思えずに出水は適当に視線で相槌を打ちながら菓子パンをかじる。今日に限って寝坊した母親に小遣いを渡されて購入したコロッケパンは冷たかった。

「なあ佐鳥、さっさと食って教室帰ろうぜ。寒い」
「えー、出水先輩今日はおれに付き合ってくれるんでしょ」
「だからせめて室内だろ」
「……それじゃあ二人きりにならないじゃん」
「はあ?」

 意味がわからないと言いたげに眉を釣り上げる出水を、佐鳥は酷い先輩だと思った。ボーダーA級隊員の出水は、そうでなくとも顔が広い。近界民との戦い方には首を捻るが高校生としてはどこまでも一般的に、かつ気さくな人だ。だから佐鳥だって隊も派閥も年齢も違う出水を慕ったのだ。実力に併せて歯に衣着せぬ物言いの人間が多い組織の中、出水も例に漏れず強者側から、その枠の中にしか目を向けない。佐鳥は時々だけれど、A級隊員でなかったら出水は今のように自分を見てくれなかったのではないかと不安になることがある。

「二人きりとか、出水先輩意識しないんですね」
「――…他の人間の話ばかりしてた奴がよく言うよ」
「そんなこと気にしないくせにー」
「ないな。お前の交友関係とかどうでもいいし」
「ヒドい」

 容赦がない。肩を落とす佐鳥を横目に出水はペットボトルのお茶を口に含み、その生温さに目を細めていた。
 ――二人きり、か。
 佐鳥の言葉を反芻するも、やはり意識はしない。してはいけないと思う。癪な話だが、付き合えば直ぐに知る佐鳥のお調子者の部分を見抜けない連中が世の中には多すぎる。ボーダーの広報部隊としての実績だろうか。実のない顔の広さ、可愛い女の子で容易く釣れる彼はどうも自分を持ち上げているのだなと出水は不思議で仕方がない。ランキングの所為ならば、単純でいい。一度立った一位という高みは手放せない。けれどもし違うならば、一位という冠ではなく出水公平という一人の人間にすり寄ってきているならば。
 ――なら、何なんだろうなあ?
 自問する出水の隣で佐鳥はまだ文句を垂れている。「この寒い中先輩と一緒にいたいおれの健気さ!」だとか「皆の人気者、嵐山隊の佐鳥だよ!」などと急に自分を売り込み始めている。もっと会話が弾む中であれば佐鳥のノリに付き合ってやるのだが如何せん今日は寒すぎた。元々我慢強くない出水の忍耐の終わりは直ぐそこに迫っている。

「佐鳥、やっぱもう無理寒い戻るぞ」
「えー、やだやだやだ!」
「じゃあお前だけ残れ」
「もっとやだ! 約束反故とかサイテー!」
「ああああわかったよ放課後マックで何か奢ってやるから今はちょっと黙れ!」
「マジですか! じゃあ一緒に帰れます!?」

 問いながら、佐鳥は既に昼食を片づけ始めている。わかりやすく浮かれている姿に居心地が悪い。
 こんな口約束の何が嬉しいのだろう。クラスメイト、ボーダー隊員、顔見知り。この手のやり取りを交わす相手なんていくらでもいるはずだ、お互いに、きっと。
 ――二人きり。
 振り払ったばかりの意識に引っ張られた。喜びの源がこれだけの事実で賄われていたとしたらどうすればいいのだろう。事の発端は自分自身だというのに。
 戸惑って、混乱もしているのに気まずさを見越して第三者を引き込むという選択肢を選ぶ気になれないことに出水は辟易した。佐鳥は立ち上がって出水を急かしている。さんざん渋ったくせに、この変わりようである。
 そんな佐鳥に対してか、煮え切らない自身に対してかわからない腹立たしさを紛らわすように出水は佐鳥の頭を軽く叩いた。案の定、喧しく抗議する声に耳を塞ぎながら出水は屋上から校舎へと戻る扉をくぐった。後に続く佐鳥が扉を閉める音がやけに不吉に耳に響く。
 後戻りは、もう出来ない。そんな気がした。


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60万打企画/有吹様リクエスト
どうせこの雑音はぼくを殺そうとしているんだ
Title by『るるる』







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