ボーダー本部におけるA級隊員のイメージといえばやはり少数精鋭のエリートである。日頃交流のある相手同士であれば精鋭であろうと同じ学生が地である人間が大半であるとも思えるだろうが、入隊したてのC級隊員やランク戦にて下位に落ち着いてしまっているB級隊員からすればA級という響きには何か特別なものがあるのかもしれない。
 それがたとえ、ラウンジの一角で「暇だな」と連呼しながらだらしなくソファに背を預けているものであったとしても。
 基本的に防衛任務のない日には、緊急招集の連絡さえつくようにしていれば本部へ出てくる必要はない。給料を貰っているとはいえ学生なのだから、日中に学校へ行って放課後はいざというときのために本部に控えているなんている隊員はいないだろう。それでは生真面目ではなく中毒の域だ。出水は思う。シューターであることは楽しい。自分のポテンシャルが視覚的にありありと反映されて、それが正当に評価される組織に属することを億劫とは思わない。力試しも簡単だ。だから防衛任務と比較してはいけないのだろうが、隊員同士の気楽な模擬戦が出水の性には合っている。加減なんてする必要はなく、弾数に物を言わせて穴だらけにすれば勝ち。考えるまでもない。その上で、ランク戦1位の太刀川隊に所属できたことは幸運だった。ポジションは違えども自分よりも強いと明確な人間が上にいるならば、考えることは太刀川に任せておけばいい。隊長なんだから、先輩なんだからと押し付ける理由はある。何より、出水と同じように戦うことに娯楽的な一面を見出しているところが気に入っている。相手は選んでいるかもしれないが、少なくとも強者との対戦を喜ぶあたりは確実に太刀川と出水が同類であることを如実に表していて、それ故に太刀川が出水に出す指示はわかりやすくて助かっている。
 ここでもしもの想像を働かせてみる。もしも太刀川隊に属して居なかったら。例えば、今も出水の隣で彼と同じように「暇だ」と足をばたつかせている後輩と同じ隊だったら。

「ねえわ〜」
「はい?」
「俺が嵐山隊だったらとか思ったけど、マジねえわ〜」
「何すかその妄想。まあ出水先輩がウチに来ても絶対木虎と合わないと思いますけど」
「いやそれ以前にお前だよ、お前」
「え?」

 もしもの想像ですらあまりにちぐはぐな姿を描いて天を仰ぐ出水に、佐鳥は退屈の隙間に落ちてきた話題として素直に食いつく。別々の隊服に身を包みながらもお互いA級隊員である二人の周囲にはラウンジという共用のスペースであるにも関わらず人気がない。広報部隊としても活動している佐鳥の顔は隊員でなくとも知るところであるし、出水の飄々とした雰囲気も決して人を遠巻きにするものではないのだが。

「嵐山さんも良い人だけど俺とは合わなそうだな。こないだの戦闘でもさ、嘘下手すぎて良い人すぎるんだもんよ」
「出水先輩めちゃくちゃ嘘吐きますもんね!この間出水先輩のクラスの女子がおれのこと格好いいって言ってたのあれ嘘でしょ!」
「言ったっけそんなこと」
「もうやだ!」

 ソファに突っ伏して嘘泣きの仕草をする佐鳥は無視して、四方を囲むソファの中央にあるテーブルの上に置いてあった飲み物に手を伸ばす。そのとき初めて出水はそれなりの大きさのテーブルを使用しているのが自分たちだけであることに気付き、周囲に視線を廻らせた。ちらほらと此方を見ている隊員たちがいて、佐鳥の大仰な動きにひそひそと会話している者までもいる。テレビの仕事やら、新入隊員への指導の際は本人なりのキメ顔で臨んでいるらしく、騙されている人間も多いのだろう。実際は、お茶らけた態度が自然体の女好きだ。素直と呼ぶよりは単純と呼びたい。いつだったかも覚えていないネタをほじくり出して感情まで従えているのだから。

「佐鳥飲み物買って来て」
「? あるじゃん」
「中身なかった。金払うし。あ、お前の飲めばいいか」
「出水先輩と間接キスとか嫌すぎるんでやめてください」
「じゃあ買って来て」
「自分で行ってくださいよー。動きたくないですー」
「暇だ暇だ言ってたじゃねえか」
「先輩だって暇だって言ってたでしょ」
「めんどくせえー」
「おれもー」

 今度は二人揃って天を仰ぐ。そもそも防衛任務もない日にどうして本部に来てしまったのか。暇ではあった。しかしA級隊員として給料は貰っているしどこか遊びにでもいけばよかったのに。テスト前だからと友人たちのノリが悪かったからか。数時間前のことすら思考を嫌う脳から取り出すには重労働だ。

「――お前が本部行こうって言ったんじゃん」
「だって暇だったから〜。お金ないし」
「はあ? お前、給料使い切ってんの?広報の仕事もやってんだから俺らより貰ってるはずだろ?」
「今月は何かと入用だったんですよ!」
「……で、暇だから本部来てお前何する気だったんだよ」
「別に?」
「殴るぞ」
「え!? いや、出水先輩がいれば暇じゃないかなあと思ったんですけど全然そんなことなかった…」
「何で俺の技量が足りねえみたいな空気になってんだよ」

 へらへらと喋る佐鳥の頭に拳骨を落とす。案の定、「ひどい」だの「痛い」だのわめき出す佐鳥の飲み物を勝手に拝借する。半分以上残っていた中身を一気に飲み干して、蓋をしてから空のペットボトルを佐鳥に向かって投げつける。痛みに涙目になっていた佐鳥は、出水の所業を理解して更に悲嘆にくれた。「先輩の横暴…」なんて、今更何を言っているのだろう。先輩とは横暴なものだ。そして後輩の動かし方くらい把握している。

「暇だし帰るか」
「えー、今帰っても家で暇!」
「おー、だからファミレス寄るぞ」
「だからお金ないっていってるじゃん!」
「ドリンクバーくらい奢ってやるよ」
「……マジ?」
「おお、マジ」
「さすが出水先輩太っ腹!」
「お前ってホント単純で扱いやすいわー」
「大事に扱ってね!」
「へいへい」

 結局、トリガーを起動して隊服になるだけ無駄な一日だった。佐鳥の目まぐるしいテンションの変化に、遠巻きに此方を見ていた隊員たちは不思議そうな顔をしている。出水はそれが愉快だった。A級隊員だからといってむやみやたらに観察してみても無意味なのだ。エリートと呼ばれても、トリオン量が多くとも。顔を突きあわせればなんてことない会話に興じて飲み物ひとつにがっついて、暇を持て余せば行く宛てなく途方に暮れてしまい最終的にはファミレスに落ち着いていてしまうただの高校生なのだから。
 出水の奢り発言にご機嫌な様子で、彼を急かす佐鳥の言葉がそういえば敬語からタメ口になっていたことに気が付き、大して腹立たしくもないくせに一応先輩なのでと立ち上がって早々に出水は佐鳥の尻を蹴っ飛ばしてやった。



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60万打企画/瀬川様リクエスト

つまんでなでる
Title by『にやり』






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