顧影の少女だった。それでいて妥協を許せない修験者のようでもあった。神聖を求めてはいないだろうけれども、時折目も当てられない。子どもらしく振舞うこと、あざとく、強かであることよりも黙考し、学を修め、武に励むことを尊しとする。一般人の対義語は、果たして特別であっただろうか。 「甘やかしてやりたいと思うんだ」 「結構です」 「お兄ちゃんには慣れてるんだけどな」 「先輩は隊長です」 「うん」 「家族ごっこなんて、とても」 「嫌なのか?」 「だって末っ子なんでしょう、私」 不快の手前で露わな柳眉が顰められる。庇護されることを嫌う少女の、気高い反応であった。年嵩で物を言うことが間違いだとは嵐山は思わない。幼さを挫くために、選び取ったわけでもない誕生からの年月を振りかざしてはいけないと思うだけで。 組織の広告塔として選ばれたことを、自覚せずに動くことはできなかった。引かれていた最低のラインの意味を汲み取れない愚か者では、とても隊長などこなせないだろう。それでも、求めたのは守るための力であったから、人好きのする笑顔を無意味に振りまくことは労働として受け止めた。端から見たら傲慢にも映るのだろう。それでもいい、器用に立ち回れる人間だと思われている。あるいは、人徳が他者を都合よく配するとでも。そんな中、たとえ話に曰わく末の娘の器用さに隠れた不器用さが目に付くから構わずにいられなかったのだ。 他者が引いたラインに張り合って、自身でその上のラインを引き直す。融通の利かない、全てに厳しい可愛い子どもだった。きっと背伸びは得意だろう。つま先に遊んで、軽やかに見せる術を心得た白鳥。 「俺は木虎を大切な仲間だと思うから、できるだけ居心地のいい環境を整えてやりたいんだ」 「はあ、」 「勿論、対価に実力は必要だけども」 「ご心配には及びません」 「うん、お前は強い」 「それを望みます」 澱みない決意と眼差しで、木虎は嵐山を見る。齢を一切の基準としない組織の軽薄さをここに知る。強さを示せなければ、何ひとつままならない、今。素直になれない意固地を窮屈と直結させてはいけない。だとしても、こうも肩を並べられてはあまりにも。上ばかりを見ている隙を知らないわけではない。脆かった、けれどその脆さをフォローするに長けているのは、どういうわけか隊長の嵐山ではなく隊員の時枝であった。 心無い弱い人間の言葉に傷つかず、矜持でねじ伏せて立つ。少女は強い、その事実を嵐山は理解している。信頼だって寄せているはずなのに、どうしてか甘やかしてやりたいと思う欲を捨てられないままでいる。 家族の特別を知る嵐山の、誰に対しても鷹揚に振舞える様の裏に確実に存在する序列を、彼自身自覚している。対価は何にだって必要だった。無償に万人を守るヒーローになんてとてもなれやしなかった。目の前の敵を倒すことだけで精いっぱいだと、そんな凡庸な言葉を吐きだせばメディアの対岸の人々は即座に非難の眼差し、罵倒を寄越すのだろう。それでも嵐山は自分の意志を変えられない。守りたいものはある。嘘ではない、見ず知らずの市民や施設を捨て置きたいわけでもない。それでも最上は自分で選ぶ。肩を並べる仲間よりも大切なものがある。目の前の少女にだって、きっと。 「時枝先輩に言われたことが在ります」 「―――」 「私はどうにも落ち着きが足りないときがあると」 「うん」 「その通りだとは思うのです。思うのですけれど、でも――」 物言いたげな視線が、じとり嵐山を見上げている。残念ながら、嵐山は視線ひとつで込められた想いを言語として受け取る能力など持ってはいないから、できるだけ具体的な言葉で率直に述べて欲しい。ざっくばらんに感情の色を分類してつけた予想が外れてしまうと、木虎のようなきっちりした子はへそを曲げてしまうだろうから、猶更。 礼儀正しくあろうとする木虎の、尊敬の上澄み、畏まった軽口とは遠ざかるばかりの言葉を嵐山は考えなしに受け取ってきた。親しみは、いずれ時間が生み出すものだと信じている。その過程の甘やかしは手段なのか、目的なのか、そもそも無意味な戯れに過ぎないのか。意味を見出すのは木虎の役目だった。それは勿論、彼女が嵐山の厚意を受け取る意思を示せばの話。 「お気を悪くされたら申し訳ありません」 「うん、構わないさ」 「甘やかされるべきなのは、そのですね」 「うん」 「末っ子ではなくて」 「うん」 「貴方だと思うのです」 「ん?」 目を丸くして、嵐山が自身を指差せば木虎は間髪入れずに頷いた。甘やかされるべきは自分ではなく貴方だと、偽りを後ろめたさとする少女は凛と言い放つ。 心当たりを持たない嵐山は、たじろぐこともなくただ木虎と見つめ合う形に次の一手を模索することすら放棄して彼女の言葉を頭の中で反芻させている。 「俺が甘やかされるのか?」 「全力で」 「はは、木虎は頼もしいな」 「お手を煩わせることなく、全て薙ぎ払ってみせましょう」 「うん、怪我をしないよう、後ろは任せた」 「しかと、承りました」 嵐山は歯を見せて笑った。どうしようもなく愉快だった。どうあがいても埋まらない齢の差、彼より五つ幼い少女の剛健たる姿と意思に、柄にもなく委ねてみたくなった。 顧影の少女、凛として強く、美しさを備えた危うい子ども。その身を預かる長として、嵐山は彼女に枷を課すことを放棄する。そうして解き放たれた少女は、自分たちを見下ろす敵を一閃にして、斬り伏せていた。 ――――――――――― うつくしきは最果てに Title by『≠エーテル』 |