※捏造



 少女は花を植えていた。いつもは風に遊ばせている、肩の下まである髪を後ろで括って団子を作っていた。作業が長時間に及んだのだろうか、僅かに呼吸を乱し、時折拭う額には汗が光っている。
 丁寧に、ひとつずつ土に植えられていく種、球根、苗木の名前を陽介は知らない。まだ花を咲かせていないせいもあるだろう。それでもやはり、陽介は自分の花の知識が覚束ないことを自覚している。今、目の前で従姉である栞が丹念に作り上げている花壇が色とりどりの花で覆われたとしてもそれを楽しみ愛でることはないだろう。

「よーすけくん、そこの球根取って」
「どっち?右、左?」
「うーんとね、アネモネって札が付いてる方、ない?」
「ああ、こっちだわ、右ね」
「左?」

 向かい合って、鏡合わせに物を見た。同じ物を指差しながら、違う言葉を口にした。土色の花壇の前に蹲っている栞と、その花壇を挟んだ向かい側で、地面に直に腰を下ろしている陽介。アネモネの球根が入った網を彼女の方へ放ってやれば、落ちた先がつい先ほど別の花の種を植えた場所だったらしく、じとりと睨まれた。迫力はないけれど、陽介はこの従姉に責められるのがどうにも苦手だったので大人しく謝罪の言葉を口にする。お互い陽気に事態に望むことを好んだ。気楽に、さっぱりと生きていけたらどれだけ楽でいいだろう。女の子は、そうはいかない生き物だろうか。陽介にはわからない。陽介は栞のことを何一つ引き受けないから。彼女の言葉に耳を傾け、頷く。頼まれれば応える、その見返りにささやかな要求を突き付けてバランスを保つ。親戚という、血を意識しても縁がなければ離れていくだけの世界の中で、陽介は栞をとても可愛い女の子だと思っていた。だからこそ、近過ぎない方がいいだろうとも。
 せっせと動き続ける栞の手はひどく汚れている。軍手を着ければいいのにとはもうとっくに勧めたのだ。けれど彼女は、それでは土の感触がよくわからないからと断った。丸められた軍手が、纏めて置いてある園芸用品の群れの中に寂しく転がっている。可愛そうに、順繰りに取られ使われ戻されていくスコップや肥料の袋と並べられて、その小さな軍手だけが栞の手に触れられることなくうち捨てられているようだった。手持無沙汰な陽介は、その軍手を手に取って、嵌めてみた。どうやら新品、なるほど土仕事で汚してしまうのは勿体ないのかもしれない。そんなの、物としての用途から逸脱した思い込みに過ぎないけれど。

「――寒いの?」
「なんで?」
「軍手。手、冷えた?」
「ちっとも。栞ちゃんは暑そうだ」
「意外に重労働なんだよ、花壇作りって」
「だろうなあ」
「知ってるの?」
「小学校で、植えたなあ」
「へちま!」
「ひまわりだよ」

 花の風情なんて、栞の眼鏡が太陽の光を受けて輝いた。楽しげに見える。へちまなんて植えただろうかと陽介は首を傾げる。栞はへちまを植えた思い出からたわし作りに話が飛んでいく。「あれは見た目がちょっとねえ…」などと唸りながら、陽介から受け取ったアネモネの球根をできるだけ等間隔に植えていく。
 栞によってこの花壇に植えられた花たちは、彼女の手を借りていつか美しい花を咲かせるのだろう。水遣りや雑草の除去、追肥やら諸々の苦労を惜しまず栞はやり遂げる。もしかしたら、時々は栞の都合がつかずに陽介が助っ人として水を遣る日があるかもしれない。しかしあったとしてもたった数日だ。この花壇は彼女が作り上げる城だった。野良猫やら、風情を介さない人間に踏み荒らされなければいいのだが。追い払うには、陽介の手持ちの武器はこちら側の生き物には通じないものだった。

「大変だな」

 思わず声に出していた。栞は「何が?」と尋ねた。僅かに傾いだ頬に、耳にかけていた髪がかかった。
 植物もまた生命であると説く。異論はない。動的な生活を好む陽介には、ひとつの個所に根を下ろしてそこで一生を全うする植物に尊さを感じないだけで。けれどまあ、こんな風に人間に管理されてしまってはどうにも惰弱なイメージが付きまとう。動物を拾ってくるのと同じ。大人はいつだって面倒を見るという誓約を子どもに求める。命を抱え込むということは厄介だ。ふと、大切な人間の死を抱え込んだまま頑なに動こうとしない友人を思い出した。やはり、命は重たい。

「大丈夫だよ」
「好きな人間はそう言うでしょ」
「水はあげるけど、陽当たりもいいから」
「ふーん」
「付きっきりは、言葉は悪いけど面倒だよ」
「そりゃあそうだ」

 もう全ての種や球根を植え終えたらしい。満足そうに、栞は何もない花壇を見渡して頷いた。
 陽介は、今度はいつもお楽しみの近界民との戦闘を行う警戒区域内の放棄された家屋を思い出した。あそこには様々なものが残っている。家具や思い出、住民たちの生活の気配。けれどあそこは殺風景だ。この何も咲かせていない土の方が、よほど温かい。

「花が咲いたら見にきてね」
「ん。でもおれ、花とかわからんのよ」
「チューリップが咲くよ。パンジーも、アネモネとか、他にも色々」
「暇だったらなー。近界民、最近多いよなあ」
「よーすけくんには、ムードってものがないよね」
「そういう雰囲気だった?」
「そういう、とはどのような?」
「……デートのお誘い?」
「なら近界民の話なんて、ねえ?」
「仰る通りで」

 気を取り直して二人、数か月後に訪れる春のひと時、この花壇を前に逢瀬を誓う。泥だらけの指と交わした指切りは、軍手をしたままだったせいでよくよく感触のわからぬものとなる。
 穏やかに晴れた、秋の雲を湛える空の下、10月のことだった。



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種を植えて水をまいて、あなたがしてくれたことすべてが花になる。
Title by『にやり』








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