※帝光時代
※青→桃→黒


 清々しい青がどこまでも続いていた。雲一つない快晴の空の下、黒子は青峰に道連れにされる形で生まれて初めて授業をサボった。四限目は現国の時間で、黒子は割とこの科目が好きだったのでサボりたくはなかったのだが、拒否の意思表示をする前に青峰に首根っこを掴まれて屋上まで引き摺られて来てしまった。存在感の薄い黒子のことだから、教師ももしかしたら気付かないかもしれない。青峰も、教室にいても毎度机に臥して寝てばかりいるらしいから、今さらサボっても誰も目くじらを立てたりはしないのかもしれない。
 屋上にごろりと寝っ転がる青峰を背に、黒子は手すりを掴みながら、眼下に広がる体育の光景をぼんやりと見つめている。一つ下の学年と思しき集団は、これからサッカーでもするのだろう、その準備運動に取り組んでいた。ここで自分が手を振っても、誰も気付けないのだろうと思うと、黒子は自分が相変わらずの自分であると実感し、そして少しだけ寂しく思う。今頃教室では、自分の存在の消失に気付くことなどないままに淡々と授業は進行しているに違いない。四限故の空腹と、現国故の睡魔に殆どの級友が襲われていて、そちらと戦うのに手いっぱいだろう。
 黒子を半ば無理矢理屋上に連行した張本人である青峰は、先程から寝転がったままうんともすんとも言わなかった。空を見上げていることもあればじっと目を閉じていることもある。黒子はそんな青峰の行動意図など感知するつもりなどなく、せめて雲が一つでもあれば空想のタネにでもなるのにと、晴れ過ぎた空を残念に思っていた。

「青峰君、起きてますか?」
「おー、起きてる起きてる」
「いい天気ですよ」
「そうだなー」
「………」
「…なあ、テツ」
「……何ですか?」
「俺がさつきのこと好きだって言ったらどうする?」

 顔も合わせずに交わされた会話の腰を折るように、少しだけ強い風が二人の間を吹き抜けた。それでも青峰の言葉をかき消すような力はなく、彼の言葉はしかと黒子の耳に届き、響き、彼の頭を打った。桃井のことを好きだという青峰の言葉は、勿論幼馴染としての親愛の情などではないのだろう。そんなこと、今さら黒子の前で晒して見せるような感情でもない。
 冗談でしょうと、柄にもなく茶化すには、青峰の声は真面目だった。そうなんですか、とそっけなく終わらせるには、黒子は青峰とも桃井とも親し過ぎた。頑張って下さい、と背を押すには、黒子は桃井を自分に近寄らせ過ぎていた。返す言葉が見つからない。それが今の黒子の状態で、沈黙以外に選びうる手段等存在しなかった。
 桃井さつきという人は、裏表なく分かりやすい少女だった。黒子にアイスの当たり棒を貰った日をきっかけに、柄の悪い高校生に絡まれた所を庇われたりするなどの経緯を経て、彼女は今や黒子に恋する女の子だった。その猛烈さは周囲にも筒抜けで、黒子を発見すれば抱きついてくるような分かりやすさだった。
 黒子は、そんな桃井の自分への気持ちを否定するつもりはなかったけれど、誰の前でも「好き」と言葉に出来てしまう桃井の気持ちは、恋と呼ぶにはまだ幼いものなのではないかと一人で疑っていた。だって自分は、彼女に「好き」だから「恋人」になってくれと言われたことは、一度だってないのだ。だから黒子は、桃井を拒んだりはしなかった。黒子にとって桃井は、たとえ一時でも自分に好きと言ってくれた大切な女の子で、それ以上に同じ部活のマネージャーだった。その位置が、黒子の中の、桃井の辿りつける最高位だった。
 何より、黒子にとって桃井は失礼ながら青峰の幼馴染として彼の視界に映り込んできた人物であった。口喧しく彼を叱る姉のような姿。時折暴走しては逆に青峰に心配を駆けるような妹じみた姿。青峰の影として、黒子は色々な桃井を割と近くで眺めて来た。恋人としてのニュアンスを含まなくとも、青峰と桃井はお似合いな関係だった。黒子は、そう思っている。青峰のことを放っておけない幼馴染と公言して憚らない桃井だったが、そう言えば、青峰が桃井のことをどう思っていたのか、黒子は聞いたことがなかったと今になって思い至った。もしかしたら、彼は、好きな子が、他の男にべったり抱きついたり、好きだと言葉を紡ぐのを、誰より近くで眺め続けていたのだろうか。それは、どんな気持ちだったのだろうか。黒子は、怖くなった。青峰に対しての罪悪感などでは決してない。自分がひどく冷徹な人間の様に感じられたことが、怖かった。そして、自分の身勝手さにひどくがっかりした。

「おーい、テツー?」
「…僕は、」
「……?」
「僕は、青峰君のことも、桃井さんのことも好きです」
「俺もお前のこと好きだぜー」
「どうも」

 青峰は地べたに寝転んだまま、黒子の言葉を茶化しているように応じた。黒子も、校庭に視線を向けたままだった。屋上に来てから、どれくらいの時間が経ったのか、感覚が麻痺してしまったのか全く分からなかった。準備運動をしていた生徒達はいつのまにかさっさとゲームを開始していて、黒子はずっとあの集団を見ていた筈なのに全く気付かなかった。
 結局、この後青峰は一言も言葉を発しなかった。黒子も、自分から青峰に話しかけたりしなかった。そのまま終業のチャイムが鳴って、いつものように桃井が青峰を探して屋上までやって来た。彼女の捜索対象に、やはり黒子は含まれていなかった。黒子の存在に気付いた桃井は途端に憤慨して青峰を糾弾していたが、青峰はまったく意に介さずに昼飯を食べに屋上から去ってしまった。桃井と黒子も、自然とその後に続いた。
 その後、青峰が黒子に桃井への恋愛感情を匂わすような発言をしてくることはなかった。だから黒子も、青峰と桃井に対する対応を、青峰の言葉を理由に変えたりはしなかった。黒子が彼らへの態度を変え姿を消したのは、あくまでバスケに対する姿勢への対立だ。そして、何も変わらないまま時間は過ぎて行った。



 そして現在。青峰や桃井とも離れて新しい環境で生きる黒子は思う。桃井や、青峰と再会して、尚更。桃井が、青峰と同じ学校に進んでくれたことが、嬉しい。安堵したというのが、一番的確かもしれない。桃井の黒子への態度は相変わらずだったが、それでも、もう自分と彼等が自然に付き合うことはないだろうと思えた。会おうと思わなければ会えない。この距離感が自分を守ってくれる、そんな風に思えた。
 青峰の気持ちは、黒子には分からない。確かめようとも、思わない。桃井の気持ちは、黒子には手に余る。でも自分から彼女に何らかのアクションを取る気も、なかった。それでも、冷淡で最低だと誰かに罵られたとしても、黒子は青峰のことも桃井のことも好きなままだった。それだけは、あの頃から変わらない大切な気持ちの一つだ。一生言葉にすることはないだろう、そう思いながら、黒子は今日も彼らを好きでいる。


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あなたの愛をどうか彼女に
Title by『ダボスへ』





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