※笠黄+黒



 人間には向き不向きがある。圧倒的に不向きな事象に於いて、才能がないと突き放されても情熱と努力で這い上がることを不可能だと黒子は割り切らない。しかしそれは、当人にその意思があればの話。恋愛の仲立ち役なんて黒子には全く向いていないし、その為に心を砕こうという決意もない。だから黄瀬が泣きながら助けを求めてきたとして、黒子にしてやれることなどひとつもない。それでも素気無く追い返そうとしないのは、偏に昔のよしみという、それだけの話だった。
 黒子に言わせれば黄瀬は好意を向けられることに慣れている人間だった。慣れ過ぎて、その好意の価値が薄れて尊大になってしまう程に。整った容姿に釣られているだけの人間が多すぎることに想いの重量を問題視すれば黄瀬も一種の被害者だったのかもしれないが、同情するには全く以て共通項がなかった。つまらない日々を過ごしていたのだという。それが青峰を見つけて、帝光中でバスケ部に入り、初めて限界の見えない場所で生きる楽しさを知った。底が知れない才能の所為で、此処でもまた傲慢に浸れども上を目指す姿勢には変わりはなかった。目標のある人間は迷いがない。困難な道であっても進むしかない現実は苦しいが明るい。
 中学から高校に進学して、才能では中学時代に及ばない、しかし集団として黄瀬を内包してくれるチームに出会えた。それはきっと幸せなことだったはずだと黒子は思う。背を向け合って、各々が別方向を見ながら個の力を発揮して掴む勝利に疲れてしまった黒子だから、黄瀬が高校三年間を過ごすチームに馴染んでいることは喜ばしい。勿論校名が人間の心を絆して行くなんて思っていない。良い仲間に恵まれた。そういうことだと思っているし、目の前でべしょべしょに泣いている黄瀬の口から度々、途切れながら紡がれる名前にその人物の姿を思い描きながら黒子の勝手な印象は何一つ損なわれてはいなかった。何せ黄瀬は、勢いだけで突っ走ることが多々あるのできちんと事情を聞いてみないことには何とも言えないのである。

「――逃げて来ちゃったんですか?」
「だってセンパイが……うっ」
「ああほら折角のイケメンが台無しですよ」

 ティッシュを黄瀬の顔に押し付けて、蹲る彼に合わせて黒子もしゃがむ。黒子にとって黄瀬がモデルであるという情報は至極どうでもよいことなので、実際黄瀬の整った顔立ちが涙と鼻水で崩れてもどうということはない。ただ収拾がつかなくなることだけが面倒で、情報すら引き出せなくなっては事態が長引くだけだからという合理性で黄瀬の涙を止めたかった。
 何度も繰り返されるセンパイの語が当てはまる人物は黄瀬にとっても複数人いるはずだが恐らくはバスケ部のキャプテンである笠松を指しているのであろうことは察しが付く。黄瀬を容赦なく足蹴にしている姿を何度か見たことがあるが、それが笠松なりの黄瀬の御し方であって、存在それが有効であるようだから黒子は暴力の二文字を過ぎらせたこともない。部長として、部員を想っているのだろう。その中でも集団の輪から油断すると逸脱しかけない黄瀬を引き戻している姿がその頻度故目につくだけのこと。
 けれど、今の黄瀬は泣いている。怒られて、剣幕や痛みに怯んで反射的に滲む涙ではなく、絶えず瞳から情けないほどの涙を零している。その理由が、笠松であるという。涙と鼻水で聞き取りづらい黄瀬の言葉を拾って繋ぎ合わせるのはひどく重労働だった。

「ねえ黄瀬君、僕は優れた人間ではないので一を聞いて十を知るとか、無理なんですよね」
「――うん、」
「誰だって、そうだと思うんです」
「………」
「君はもう少し、人の話をきちんと聞かないといけませんよ」
「黒子っち?」

 普段とは違い手近にある頭を撫でてやる。柔らかい髪質が癪だった。けれど黒子は微笑んで立ち上がると、黄瀬の手を掴んで同じように立つよう促した。あっという間に黄瀬の顔は黒子の頭上へと移動し、いつもと同じ窮屈な見上げる形となる。

「好きって言われたんなら、好きでいて貰えばいいだけの話じゃないですか」
「…でも、」
「今まで君に好きだと言ってきた女性たちと笠松さんの言葉の重みが同じだと思うんですか?」
「………」
「黄瀬君は笠松さんが嫌いですか?」
「嫌いじゃないっスよ!」
「それさえはっきりしていれば大丈夫です。ほら、さっさと帰ってください」
「………おじゃましました」
「ええ、全くです。滅多に会えない人の所に泣きながら駆け込むものじゃありませんよ」
「――ごめんね。あと、ありがと」

 涙の名残、赤く腫れた目元。それでも笑えば整って見えるのだから元が良いとは本当に癪だ。何度も癪だ癪だと繰り返して、結局黄瀬を甘やかす自分の甘さを笑いながら、黒子は黄瀬の背を押して送り出す。
 懐いてからの引っ付きは鬱陶しいほど過激なくせに、愛され慣れていないのだから厄介だろう。可愛らしい女の子の好きの二文字は微笑みを浮かべて拒絶することができるのに、本当に大切な人に同じ言葉を差し出された途端逃げ出してくる臆病者。告白した途端相手に逃げられたとあっては笠松も悲惨な勘違いをしていてもおかしくはない。痴情のもつれというのは厄介だと、黒子は実体験ではないが噂話で知っている。そして火のない所に煙は立たない。つまり、そういうことだ。解決は早ければ早いだけ好ましい。
 駆けて行く背中はあっという間に小さくなって、見えなくなる。思いついたら一直線の彼だから、踏ん切りさえついてしまえ問題ないだろう。黒子が黄瀬を含めた彼等にしてやれることなんて些細なことだ。それでも。
 ――僕らの愛しい末っ子をよろしくお願いしますね。
 言葉に出さなければ、当人には届かない願い。こんな胸の内で唱える愛しいなんて想いよりもずっと大きなそれで黄瀬を包んで愛してくれますように。届かなくとも叶うはず。無責任な確信を抱いて、黒子は黄瀬が散らかして行ったティッシュをゴミ箱に放り込んだ。


「笠松センパイ!」
「黄瀬!?――あー、さっきの話なんだけどよ、やっぱりさ…」
「待って待って、先に俺の話聞いて欲しいっス!」
「は?」
「………ふ、不束者ですが!よろしくお願いします!」
「――――、」
「…?センパイ?」
「いや、嫁入りみたいなこと言うと思ってな」
「俺めっちゃ真剣に答えたつもりなんスけど!?」
「わかってるっつの。此方こそよろしくな」
「…!えへへ、」
「その笑い方キモイ」
「痛い!」




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人の思いに凝る職人
Title by『ダボスへ』





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