※帝光時代
※キセキ→黒



 見つかりにくいのが武器だった。少なくとも黒子にとって、才能という地に大きな開きを持つ彼等と並んでコートの中に立つには存在感を限界まで希薄にさせることは必要最低限のラインだった。
 それなのに。
 一緒に歩いていて見つけにくいからもっと気張って存在感を主張しなさいと言われても困る。だから黒子は気張らない。人間観察が趣味になってから、擦れ違う人たちに容易く視線を浚われ連れ立って歩いている一団からあっさりとはぐれてしまう迂闊さを正さない。見つけて貰えるだろうと高を括っているわけではない。直ぐに追いつけるだろうと自分の歩幅を過信しているわけではない。ただ、そのはぐれたタイミングが目的地へ向かう途中ならば現地集合をすればいいし、自宅への帰り道ならばそのまま流れ解散という形に持って行ってくれて構わない。指示を出す人間でない黒子はいつだって悠長に構えているのだけれど、毎度黒子捜索の指示を出す赤司や緑間の苦労を彼は知らない。その指示に素直に従って黒子を捜索する黄瀬や青峰や紫原の心情も汲み取れない。それをふてぶてしいと取られては、黒子も反論のしようがない。しかし基本的に他人に対し無関心なキセキの面々であった為、必要以上に相手を自分の意に添うように改正しようということにも無関心だった。そんな彼等と我を通して付き合っている黒子だったから、それなりに上手くやっていけていると思っていたのである。

「リードを着けようか」

 部活後の業務連絡。週末に練習試合が組まれたことと、会場が相手校であることを告げてスタメンと黒子だけ残るように指示し他は解散の号令をかけた赤司が言い放つ。残されたキセキと黒子は意味がわからないと各々好きな方向に首を傾げたり眉を顰めたりと誰一人赤司の意図を汲んだものはいなかった。その反応に満足したのか、赤司は黒子を見て「お前のことだよ」と微笑んだ。

「最近練習試合や大会の会場に向かう途中だったり帰り道だったり黒子は失踪しすぎだからね。探すのも手間だから繋いでおく方が良いという結論に至った」
「僕は犬じゃありませんよ」
「勿論だ。犬は黄瀬だけで十分だ」
「ひどい!」
「黙れ黄瀬。しかしリードを着けるといっても実際にペットの散歩用のを用いたら問題になるからな。ここはひとつ、俺たちの誰かと移動中ずっと手を繋ぐという方法で行く」
「男子中学生が手を繋ぎながら歩くってどうなんですか」
「はいはい!俺、黒子っちと手繋ぎたい!」
「お前の場合直ぐに逃げられそうだから却下だ」
「ひどい!」

 ひどいと何度も繰り返し喚く黄瀬を放置して、赤司は不満のオーラを纏い無表情で訴えてくる黒子に溜息を吐く。その気迫を歩くときもまき散らしていてくれたら助かるのにとは、彼には主張する権利がない。現在に辿り着く為に選択をしたのは黒子だが、可能性を示したのは赤司だったから都合よく存在感を出せだの消せだの言うのは我儘のように思えた。
 けれどもこうも頻繁に迷子になられては心配する此方の身が持たないので、提案は無理にでも受け入れて貰う。既に乗り気な手を繋ぐ側のキセキたちは直ぐ傍で凄い目力を発揮している黒子に気が付かないのか喧しく自分の権利を主張するのに必死だ。紫原は主張するよりも部活後の菓子を頬張ることに真剣になっているが。

「いややっぱ俺だろ。相棒だし」
「揃って消えそうな奴には任せられないのだよ!」
「そんなこと言って緑間っち自分が手繋ぎたいだけっしょ!」
「うわあミドチンってむっつりだったんだね〜」
「引くわー」
「黙れお前ら…!」
「言っておくが俺抜きで話を進められては困るよ」
「赤司キャプテンで先頭歩きながらテツと手繋ぐとかダメじゃね?」
「ちょっと怖いッスね」
「……それは僕も嫌です」
「――!」

 赤司の提案はもはや命令であり撤回させることが容易でないと悟った黒子は、如何に自分への被害を最小限に抑えるか否かに話の終着点をシフトしたらしい。この変わり身の早さがなければ心穏やかに過ごすことなどできはしないだろう。個性的と呼べば聞こえはいいが、集団から逸脱した個の寄せ集めだ。綺麗な円など描けるはずがない。頭上で交わされる不快な論争にしぶしぶ口を挟む。
 黒子の拒絶に若干傷付いたらしい赤司を尻目に懲りずに己を主張する黄瀬の鳩尾に掌底を一発。手荒い回答だが黄瀬を黙らせかつ己の意思を的確に主張した黒子は一仕事を終えたと言わんばかりに達成感の息を吐く。青峰と緑間が顔を引きつらせるのが見えたが、敢えて指摘はしなかった。

「青峰君は歩き方が優しくないといいますか、引っ張り回されるのが嫌ですしそもそも途中で消える僕よりも端から寝坊していないかもしれない人はご遠慮させて頂きます」
「はあ!?試合は行くっつうの!」
「その発言がアウトです。練習だって真面目に来てください。それから緑間君は…ラッキーアイテム次第ですが…その、ラッキーアイテムによっては隣を歩くのが恥ずかしいのでまたの機会をお待ちしております」
「何だその雑な対応は!」

 お辞儀しながら拒否の意を示す黒子に緑間は声を荒げながらもラッキーアイテムに罪はないだろうと手にしていた本日のラッキーアイテムを見つめる。年齢と身長の所為でどうにも厳しいその光景から目を逸らして、黒子は残った紫原の前に立った。まいう棒を咀嚼しながら黒子を見下ろす紫原は先程から言い合いに殆ど参加していなかった。その点が黒子には好印象として映っているが、それでもこのキセキの中ではという限定文句を彼は決して忘れない。
 無言のまま、黒子が差し出した手に、紫原はまいう棒を握っている手とは反対の空いていた手を重ねて繋いだ。大人と子どもほどの手の大きさの開きに黒子の眉が顰められるが、それは身体の大きさに比例している部分もあって今更嘆くだけ無駄というものだ。
 「ふむ…」と呟きながら、繋ぎ合わせた手の感触がフィットするかを吟味しているのか黒子も紫原も会話をしない。それを黒子によって撃沈させられたキセキ達が見守っている。

「よろしくお願いします」
「いいよ〜」

 突然、頭を下げた黒子に紫原は言いたいことはわかっているらしく二つ返事で頷いた。黄瀬が一体どういうことだと喚き始め、赤司と緑間は黒子が言うならば仕方がないと肩を竦める。青峰は喚く黄瀬をうるさいと蹴り飛ばした。
 兎に角、週末の練習試合の相手校まで黒子と手を繋いでいくのは紫原に決定した。帰り道は相手を変えようだとか、もう片方の手が空いていると粘る黄瀬の意見を却下して、黒子は「お先に失礼します」と部室へ引き上げてしまった。紫原だけが手を振って黒子を見送り、他のキセキ達は話題の中心人物があっさりと姿を消したことで言葉を探しあぐねて黙り込んでしまった。だが完全に黒子の姿が見えなくなってから、紫原がぽつりと口を開いた。

「ねえねえ」
「どうした」
「漁夫の利って、結構簡単に出来ちゃうもんだね〜」
「………」

 大人しくしているだけで黒子の方からやってきてくれるなんて容易いことこの上ない。苦い顔を作る面々を余所に、紫原も部室に向かう。このまま彼等が放心していてくれるならば、もしかしたら黒子と二人で帰れるかもしれないと期待する紫原の足取りは軽かった。



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屋根の上の抗争
Title by『ハルシアン』


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