炎天下の下に咲く百日紅の花だった。リコは咲いた花を見上げながらその隆盛を褒めた。ただ、淡い紅色が白だったらもっと良かったのにと、言葉とは裏腹に、実際はさして落胆してもいない気持ちを呟いた。そして、それを彼女の真横を歩いている赤司が聞き漏らすはずがなかった。

「――僕は赤が好きだけど」
「貴方の名前の話?」
「花の話です」
「ああ、薔薇とか?」
「百日紅でしょう?」

 てんで噛み合わない会話だった。赤司は聡い人間を好む。騒がしい人間も嫌いではなかった。愚かでなければ、快活さは魅力と呼んで差し支えないだろう。他者に落胆を覚えないことはなかったが、同時に切り捨ててしまえば良かった。だから、ひとりの人間に何度も期待を裏切られるという経験は赤司にとって非常に珍しい。そもそも、己の能力に不足を感じていない彼が他者に向ける期待など浴槽いっぱいの水に零す一滴の絵具程に淡い。きっと、こうして見上げる花よりもずっと。
 それでも、赤司は今間違いなくこの相田リコという、ひとつ年上の、他校の少女に何らかの期待をしている。それは決して淡くはなく、裏切られては落胆せずにはいられない欲だった。それでいて、端から彼女が赤司征十郎という人間に対して何かを施すような人間でないということもわかっているつもりではいた。ここにバスケットのゴールとボールでも持って来ればまた違った瞳の輝きで見つめて貰えるのかもしれないが、それは意図が違うし手段として間違っている。誠凛高校バスケットボール部の監督の顔をいかに抑え込み、その上で彼女に自分を見つめさせるか、赤司の目的は詰まる所彼女に好かれたい、その一点に要約されている。
 散歩に行きませんかと誘い出すのにだって真夏という季節柄を加味すれば手こずらざるを得なかった。訝しみを隠そうともしない細められた瞳で観察されもした。こんな、強烈な日差しの中を歩き回る趣味が貴方にはあるのと、まさかそんな酔狂な頭はしていないわよねという裏を持った言葉で刺された。これが遠回しの拒否の言葉だということを察せないほど赤司は鈍くなかったが、気付かないふりをしてそのまま押し切ろうとする程度には、自身の意思を翻すことに関して鈍重だった。
 結局、赤司の如何にも貼り付けていますという体の微笑みにリコが折れた。溜息を隠すことなく、少しだけだからねと条件付けもして、それなのにコースも尋ねずに赤司の隣を歩いてくれるのだから随分とお人好しなことだ。喜びと、好ましさと、呆れ。何か会話しようにも、赤司には彼女について知りたいことが多々あれども相手は自分に対して個人的な興味、疑問はないだろう。だからつい黙ってしまった。降り注ぐ陽光が強烈過ぎた。足を踏み入れた公園に支配者たるべき子どもたちの姿はなく、木々の枝が気休めに伸ばしてくれた影を踏むように歩いていた。百日紅の前でリコが止めてしまった足は、未だに動き出す気配を見せない。

「――暑いわねえ」
「そうですね」
「よく言うわ。涼しげな顔しちゃって」
「生まれつきこういう顔つきなんです」
「あっそう、」

 生真面目な返答は窮屈で好ましくなかった。軽口を叩き合うような仲でもなく、異性でもあり、齢の差もある。親しくなるにはきっかけか時間が必要で、しかしリコはそれを求めていない。だから時々、ひょっこり現れてはリコの間合いに入り込んでくる赤司は不可解ではあれどもそれだけで、心惹かれる要素は今の所なかった。
 慎重を期すつもりはないのか、リコには全く魅力的ではない提案を真正面からぶつけてくる迂闊さは、あの「キセキの世代の赤司征十郎」の評判からすれば意外ではあったけれど、それだけ。真夏の体育館の熱気を思えば多少耐性はあるかもしれないが、やはり炎天下を用事もないのに歩き回るのは楽しいとは言い難い。もう少しきちんと日焼け止めを塗っておけばよかったと、そんな後悔までもが襲ってくる。

「そういえば、赤司君って色白よね。日焼け止めでも塗りたくってるの?」
「いえ、別に」
「それでそんな白いの?何、引きこもり?」
「どうでしょう?自分ではそうは思いませんが…ああ休みの日は馬に乗って遠駆けしてるので引きこもってばかりではないですね」
「馬!?」

 リコのどこか雑な問いかけにも赤司は律儀に、正確に答えた。それが、リコからすれば思いも寄らない内容を含んでいたらしく大袈裟なほど驚かれた。これまでの彼の周囲の人間を思い返しても、確かに赤司と同じく休日を乗馬し過ごしている同年代の人間はいなかったことを鑑みれば彼女の反応も真新しくはなかった。
 ひとしきり驚きと感心を終えて、リコは最後に一言「あまり似合ってないわね」と失礼な心象を添えた。今度は赤司が驚いて目を見開いた。憤慨ではなく、心底からの嫌悪が伴っていないとはいえ、否定的な印象を貰ったのは初めてだった。大抵、まあ赤司ならそれもありだろうと、流してしまう。誰もが他人同士、正しい対応でもあるはずだが、勝手なイメージで語られていることも事実で、彼女の反応は新鮮であり、嬉しくもあった。
 こんな風に、リコと過ごしている間に赤司が直面する歓喜と落胆は総じて後者の方が比率を多くしていることは間違いないのに、敏いはずの彼はその事実を重要視しない。マイナスよりもプラスを重んじる楽観者の思考を重用し、根拠のない希望を見出しては懲りずにリコの前に顔を出す。叩かれないだけ、赤司の出鼻を挫くものなどなかった。

「――リコさんの中で僕はどんなイメージなんですか?」
「え?そうねえ、正直キセキの世代で洛山のキャプテンっていう肩書のある場所でしか意識したことないからわからないわ」
「つまり四六時中バスケをしている」
「その通り。まさか真夏の炎天下に女性を散歩に連れ出すお馬鹿さんだとは意外中の意外よ」
「それはまあ、久しぶりに京都からこっちに帰ってきたので浮かれていたのだとでも思ってください」
「…へえ、本音は?」
「秘密です」
「可愛くないわねえ」

 肩を竦めて、リコは最後にまた百日紅を一瞥すると惜しむでもなく影から足を踏み出して歩き始めた。赤司もそれに続く前に、彼女に倣い宙を扇ぐ。吹く風のない中揺れることもなく、じりじりと日に焼かれながら咲く花。目に留めたのは偶然で、しかし気紛れに過ぎったその花言葉を赤司はリコには聞こえない程度の声量で呟いた。

「愛嬌、世話好き――ね」

 リコももっと自分に振り向いて、振りまいてくれればいいのに。些細な我儘を、仕方ないなあと微笑んで許容してくれればいいのに。そんな、大人に縋る子どものようには、無駄に高くそびえる自尊心が許さないだろうけれど。らしくない妄想も、こうも日差しに当てられては仕方ないだろう。小さな背を追いながら考える。次はもう少し上手く誘い出そう。どうせ思い通りには事は運ばないのだろう。それでもせめて、この夏の内にバスケ以外の赤司征十郎に関して何らかのイメージを付与できるくらいには攻めて行くつもりでいる。更に欲を言うならば、微笑みながら自分のことを語ってくれれば良い。手をこまねいて、貴重な一夏をふいにするつもりなど、赤司にはなかった。



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笑っておくれよ、マイガール
Title by『ダボスへ』





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