※ネタバレ・黒子不在
※虹+赤(→)黒





 感情の起伏が見えにくい後輩だった。ほんの数カ月前まではランドセルを背負って小学校に通っていたとは到底思えない、落ち着いた言動で、入部と同時に一軍昇格、副部長まで務めるに至った、赤司征十郎という少年を、きっと年長の誰もが年齢にそぐわない雰囲気を持った子どもと称するだろう。言葉にせずとも、そのような印象を持つことは本人を前にすれば何ら不自然のないことだった。
 それは帝光中学バスケットボール部部長、虹村修造もまた同様だった。実力は申し分ない、手の掛かる後輩ほど可愛いという甲斐甲斐しさ抱いているわけではない。それでも、この赤司という後輩の完璧さに関しては閉口するしかない。突けば出てくるボロもあるだろう。しかしそれを突く理由もない。結果表面上はどこまでも赤司は優秀だった。それは決して悪いことではない。バスケ部という組織の中でしか交流を持たない身としては、その輪を乱す心配のない優良さは寧ろ褒め称えるべき長所だろう。特に、同学年に素行の悪い問題児を抱えていれば猶更。
 そんな、一見すると非の打ち所がない赤司が目に見えてご機嫌と言わんばかりに口元を緩めている姿を見れば、珍しいと視線を引かれてしまうのが当然といえよう。親密とは言わないが、部長副部長として限られた時間の中で顔を付き合せることは多いのだ。

「どうした赤司、機嫌がいいな」
「――いえ、別にどうもしませんが」
「その顔で誤魔化しても効果ないぞ」
「……そんなにですか」
「そんなに、だな」

 驚いた顔を見たのも初めてかもしれない。掌で頬の筋肉を伸ばす。赤司自身、指摘された露骨さを物珍しげに捉えているようだった。なるほど、だとか、そんなに、と小さく呟いたかと思うと黙り込む。虹村からすれば、この沈着な後輩の面持ちを撃破した要因が知りたかったのだが、赤司の、所謂自己分析という類の回想が済むまでは黙っていることにした。執心でもないのだが、話を振って放って立ち去るというのもどうだろう。どちらにせよ、あの普段の赤司からすればという好奇心に従っているだけで、気遣いの類でないということだけは自覚しておく。一年か二年先に生まれただけの年長者という称号を笠に後輩を虐げることは勿論俗悪として排するべきだろう。かといってこの勝利という結果が全ての場所で善良な先輩を演じる必要もまたないのだから。

「……突然ですが、少し喋ってもいいですか」
「ん?おう、これまた珍しいな」
「すいません。――では、そうですね、俺の実家はなかなか裕福な方でして」
「――自慢話か?」
「いいえ、全く。そのですね、つまり小さい頃から物欲とか、そういうものは満たそうと思えば割と容易かったんです。まあ、物がごちゃごちゃしているのは好きではないので、あまり物を強請ったことはありませんが」
「へえ、」
「喉から手が出るほど欲しいって言葉があるじゃないですか。その意味も正直よくわかりませんでした」
「ま、基本的なスペック高けりゃ渇望する前に掴んでそうだわな、お前の場合」
「――でも」

 突然ですがと前置きをされても、事実突然の語りに虹村も深い思慮を伴って返答することはできなかった。思えばバスケ以外のことで話をするのも初めてではなかったか。口元に手をやって、赤司も慣れないことをしているという自覚があるのだろう。
 虹村の最後の評には、高低の問題ではなく自分にできる範囲でのみ快適さを有して敗北を知らない彼には実感の薄い褒め言葉かもしれないが。

「欲しいものを、見つけたんです」

 その言葉を発する為に、果たして直前に沈黙があったかどうか。虹村にはわからなかった。真正面から見つめていた赤司の瞳に、まるで相手を食らい尽くすかのような獰猛な光が差し込んだ。それを確かに見た。
 とはいえ、年下の少年の一瞬の豹変にたじろぐほど虹村も可愛らしくはない。まじまじと、寧ろ観察する気持ちで視線を逸らそうとはしなかった。
 ――欲しいもの、ねえ。
 つい先ほど、物欲を満たすには容易い家庭に生まれ育ったと言ったばかりではないか。勿体つけずに手に入れてしまえばいいだろうに。そんな、ふわふわと甘美に表情を綻ばせてほっつき歩き、自分に捕まるよりもその感情が生まれた瞬間に動き出す。それくらいの俊敏さは、赤司も持ち合わせていると思っていたのだが。
 虹村のそんな考えを、目敏くかちあった視線から読み取ったのか、赤司はいつもの彼らしい静かな笑みで答えた。

「手に入れますよ。勿論、糸は垂らしました。引き上げるのは、もっと成長してからになりますが」
「――?魚か何かなのか?」
「いいえ、人間です」
「……は?」
「見出すのも、活かすのも俺です。でも、先輩にだって、悪い話にはなりませんよ、きっと」
「あー、まあ、程々にな」
「すいませんが、全力です」

 形を潜めていた狂気が直ぐに戻ってくる。それだけ赤司の中で執着が根深く定着している。だが理性で生きている人間だろうから、虹村はそれを危ぶみもしなければ指摘もしない。適当な言葉にも赤司はその対象を語る言葉を緩めない。よほど魅力的な人物に出会ったのだろうか。想像してみようにも、如何せん情報が少なすぎた。そしてその想像を埋める為にこの後輩から情報を引き出そうとすることはあまりにも命知らずだった。
 ――ご愁傷様ってやつだな。
 虹村とて赤司の激情の片鱗を見たのは今が初めてであったが、そんな彼に餌を巻かれてしまった誰かさんに向けて一言同情の念を送っておいた。それ以外、一体何ができるというのだろう。
 後日、赤司の元にひとりの少年がやってくる。虹村は名前も知らない三軍に在籍する一年だという。穏やかな表情で出迎えた赤司のその瞳に、まさに渇望の色を虹村は見ることになる。



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はじまりの音は聞かないでおく
Title by『弾丸』




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