見えているものが同じでも、見ている世界が違うから、人間は誰一人として同じ思考回路を持つことは出来ないのだ。それは価値観から来る当り前の相違で、妥協と享受するしかない他者との壁であるともいえる。それが出来ないのなら、他人と分かり合うなど、それが出来るなどと思い上がってはいけない。
 黒子が見ている世界は、その世界に存在している彼にとって大切な人々によってだいぶ賑やかに、鮮やかに彩られていた。好きだと思う。バスケも、仲間も、今自分が身を置いている環境を。だからその好きなものを見失わないよう日々前に進もうとあがくのだ。努力をして、困難に耐えて、立ち向かって打ち勝とうと思う。それを熱血だと称して敬遠する知人を、黒子はどうにも苦手のカテゴリーから引き抜くことが中学生の頃から出来ない。

「黒ちん、黒ちん」
「何ですか、何ですか紫原君」
「何で二度言ったの?」
「君の真似です」

 黒子と紫原は、仲良しでは無い。それはこの二人に限ったことではない。基本的にキセキの世代と呼ばれる面子はアクが強すぎる所為か協調性の欠片も持ち合わせていない。自然、仲良く肩を寄せ合うような人間は一人として存在していなかった。それでも、昔は幾分ましだったんですよと、黒子はよく今の仲間達に尋ねられればこう答えるようにしている。勿論、今となっては積極的に仲良くするなんて死ぬほど嫌ですという現在点を示すことも忘れない。
 その中でも、紫原とは一線を引いていた。何せ、彼は黒子の好きで好きでたまらないバスケを好きでないと吐き捨てるのである。仲良しではないけれど、嫌いではないのだと、黒子は曖昧に自身の気持ちを分析している。楽しく盛り上がった記憶もないが、お菓子の話題を提供すれば紫原は喰いついたし、それなりに会話を弾ませたものだ。だけど、そこにお互いが親しいという認識は一切なく。同じ部活に所属してレギュラーであるという共通の認識があっただけだった。少なくとも、黒子はそうだった。赤司以外の人間に対して、ひどくとぼけた態度をとる紫原のことだから、もしかしたら視界に映る度にこんなのいたなあと思いだす程度にしか黒子を認識していなかったかもしれない。黒子はそんな風に思っていて、だけどそう言葉にすると紫原は決まってそんなことはないよおとまた間延びした口調で、お菓子を食べる手を休めることなく言い返す。

「黒ちんはちっちゃいからね」
「厭味ですか」
「だからただでさえ目を凝らさないと見つけられないのにその影の薄さでしょ?」
「喧嘩なら買いますよ」
「だから違うってば」

 食べていた菓子の粉が付いたままの右手で、紫原は黒子の頬に触れた。しゃがみこんで、黒子と目の高さを同じにしてのその行為は、黒子としては舐められている気甚だしいのである。だが彼は、昔からこの動作を嬉々として行う。黒子の機嫌など疑わず。黒子が彼の手を弾き落とした時、初めて紫原は黒子の意思を確かめる。遅い。何度言っても無駄だったから、黒子は紫原に行為の廃止を求めない。だが妥協もしない。苛つくことには変わりはない。だから根気よく彼の手を叩き続けた。バイオレンス。断じて否。これは正当防衛だ。

「んー、この菓子あんま美味しくなかった」
「そうですか」
「甘いの食べたい。黒ちん何か持ってないの?」
「…飴ならありますけど。いります?」
「貰うー。ありがとうね黒ちん、好きー」
「どういたしまして」

 彼にしては随分とまた珍しい。リップサービスなんて、一体どこで覚えて来たのやら。また、赤司の入れ知恵か何かか。好きなんて、紫原が菓子類以外に向ける言葉では無いと、勝手に黒子は思い込んでいる。だから、今紫原が自分への言葉の中に織り交ぜた「好き」は気紛れなのだろう。だから特別なリアクションはしない。だって紫原は、気紛れの塊のような男であるのだから。真面目とか、一途とか、熱血とか、情熱とか全部嫌いなんだから。黒子は、表情とか見た目には浮かばないし似合わないかもしれないけれど。真面目だし一途だし、熱血だし情熱だってちゃんと胸の中にあって大切にしている。正反対過ぎて、だから合わないのだと、黒子は思う。別に悪くないのだけれど。自分が正しいと言いたい訳でもないけれど。
 紫原は、自分に飴を渡した途端沈黙してしまった黒子を上からまじまじと見降ろす。昔と変わらぬ位置にある旋毛を押してみようかとも思うが嫌がられるから止めておく。でも、自分が何をしても黒子は嫌がるような気もする。少なくとも、紫原が黒子に触れると彼はその手を叩き落とすのだから、嫌なのだろう。触れられるのが、それとも自分が。突き詰めればたぶんどちらもなのだろうと思うのだが、そう言葉にすれば黒子は嫌いではないんですと自分でもよく分からないのか眉を顰めながら言葉を濁す。それが、紫原には一種の愉快であった。
 黒子は、淡々としていた。内側はきっと全然違うのだろうけど。キセキの連中と接する態度は日に日に冷淡さを含んだ、時には軽蔑すら浮かべたものだった。それに黒子自身が気付いて、絶望して、これ以上嫌いにならないようにと自分達の前から姿を消してしまったのはもう懐かしい思い出だ。探そうとした者もいたし、その内会えると探さなかった者もいた。嫌われたと嘆く黄瀬の隣で、紫原は「俺は元から嫌われてるから大丈夫」だと飄々と日々を過ごした。結局最後まで黒子と話す機会も視界に捉えることもなかった。ところで彼は、卒業式に担任に名前を呼ばれていたっけか。それすら朧気で思い出せない紫原である。

「黒ちん黒ちん」
「何ですか、何ですか」
「俺のこと嫌い?大嫌い?」
「いいえ?嫌いじゃないですよ。嫌いな訳ではないんです」

 違う違うと、黒子は首を振るけれど。紫原は思うのだ。好きでもないのなら、嫌いと言ってしまえば良いのに、と。そうすれば、そこで全て途切れて楽になれるのに。黒ちんは馬鹿だなあ、とは言わない。だってまた喧嘩売ってると思われてしまうから。だから紫原は何も言わない。好きだって、もう、言わない。


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わたしは言葉を知らぬ子で
Title by『ダボスへ』






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