四限目の終業を告げるチャイムが鳴る。昼休みの開始に一気にざわめく教室を抜けて日向は自販機まで飲み物を買いに出た。他の利用者も見当たらないので、のろのろと小銭を入れてほぼ暗記している商品を端から確認していく。何を買うか決めていた訳でもなく、ただ無難にコーヒーで良いかと伸ばした日向の指よりも先にその隣、贅沢を謳ったココアのボタンを押す指があった。ぎょっと振り返れば晴れやかな笑顔の木吉が立っていた。その顔を認めた瞬間、日向の眉間に皺が寄る。

「何してんだ!」
「いや日向迷ってるみたいだったから」
「だからって勝手に押すか普通!しかもココアかよ!」
「俺コーヒーは苦いから駄目なんだ」
「俺が買おうとしてたもの何だかわかってんじゃねえかダアホ!」

 怒鳴っても落ちてきたココアの缶を戻すことは出来ない。かといって大人しく持ち帰るのも癪なので日向は結局コーヒーを買い直した。ココア代を請求してやろうと振り返れば木吉はいつの間にか立ち去ってしまっていた。全く以て腹立たしい。


 教室に入るとつい視線を廻らせてリコの姿を探してしまう。用事がある訳ではなく、ただ確認するだけ。そして今回、視界に捕まえたリコは珍しく机に突っ伏してしまっていた。時計を確認するも昼食を終えるには早すぎる。日向も飲み物を買うのにそれほど時間をかけたつもりはない。もしや具合でも悪いのかと彼女の机まで歩み寄ればうっかり椅子の脚を蹴ってしまう。その所為でびくりと肩を震わせたリコはゆっくりと頭を上げた。何度も瞬く彼女はどうやら眠っていたらしい。

「――ん、」
「悪いカントク、起こしたか?」
「あれ、寝てた?じゃあ寧ろありがと。昼休み中に終わらせなきゃいけない仕事があるのよ」
「……生徒会か?」
「そ、二学期は何かと学校行事が多くて忙しいわね」

 机の横に掛けていた鞄からファイルを取り出して、その中から細かい文字が印刷されたプリントを取り出す。日向に構わずそれらに眼を落とすリコから離れるタイミングを何となく見失ったような気がして、適当に近くの椅子を拝借して腰を下ろした。勝って来たコーヒーにも手を付けにくくて、コーヒーとココアの缶両方を机の上に放り出した。

「手伝えなくて悪いな」
「何で?日向君には関係ない仕事じゃない」
「いや、バスケ部の練習メニューだって任せてんのにさ、」
「だからカントクと生徒会は別物よ。こっちのことは日向君が気にする必要はないの」

 頼もしい笑みを浮かべてリコは手にしているプリントを指で叩く。こうもにべなく部外者と烙印を押されてしまうともう日向には取りつく島がない。
 生徒会副会長という役職に就いているリコは成績優秀品行方正、物怖じしない明朗な人柄から教師や生徒たちからの信頼も厚い。勿論バスケ部のカントクとしての働きも申し分ない。そうやって、結果に応じて無自覚に増大する期待の重さを日向は知らない。リコはそういう類の物を感じているかどうかもわからない。学校生活に於いて欠点など家庭科の調理以外に何もないように見える。他人の身体を細かく見抜くリコだから、自分の体調の把握にも抜かりはない。無茶を通して体調を崩すようなことはないだろう。だがその限界手前まではとことんやり込むであろうことが日向にとっては立派な心配材料だった。
 年頃の男子である日向が密かに抱いているリコへの好意を滲ませないように彼女の身を案じるには、バスケ部という括りを取り外せなかった。他の人間よりは付き合いの長さのおかげで近くに居られていると自負しているけれど、いつだってリコは凛としてひとり立っている。

「――なあ、それ来年もやんのか?」
「んー?生徒会?」
「うん」
「わかんない。去年は一年目だったから単純に成績で先生から声が掛かったりしたけど、今年は下もいるしね。立候補者だって増えるんじゃない?」

 手を休めないで、考え込む仕草もなしにリコは言う。本当に予定は未定だから、悩まず返事を寄越しているのだろう。しかし相変わらず新設校の言葉を頂く誠凛高校の最上級生に君臨している自分たちの代に立候補者がいなかった場合、間違いなくリコは推薦されてしまうだろう。実績と、他人の上に立つイメージというものは本人の与り知らぬ所で集団に浸透しているものだから。そして頼られると応えてしまうのが彼女だった。まあできるでしょうと胸を張る範囲が広すぎるのも考え物である。「お前だけの身体じゃないんだから」とは場違いの感が拭えないのだが、こういう時日向だけが持つバスケ部のキャプテンという肩書は存外便利だった。

「バスケ部のカントクをあんま酷使しないで貰いたいね」
「あら、日向君がそんなこと言うなんて珍しいわね」
「ま、普段練習メニューの作成で徹夜したくらいじゃ次の日はどっちかっつうと活き活きしてるお前がそんな疲れた顔してたら心配にもなるだろ」
「そう?眠いだけで体調はすこぶる元気だからあんまり気を揉まないでよ」
「あっそ、」
「でもちょっと嬉しい。ありがとね」

 今度は照れた笑みを浮かべるリコは、日向の言葉をバスケ部の人間から贈られたものだと思っている。隠れ蓑に利用した肩書がしっかり機能したことが突然の裏切りに切り替わったような後味の悪さ。本当は、あまり自分の知らない場所で輝いて欲しくないという独り善がりな願い事。
 急に居心地が悪くなって、日向は机に放りだしていたココアを掴んでリコの机に置いた。

「あー、やるよ」
「ココア?どうしたの、これ」
「コーヒーとボタン間違えた」
「ふーん、じゃあ遠慮なく」
「おう、しつこいけど無茶はすんなよ」
「了解!」

 これ以上生徒会副会長のリコの傍にいる理由がなくなって、日向は話題の切り口に災難だと閉口していたココアを出しに利用させて貰う。木吉の名前を出さないのは、やはり二人きりという現状への執着と男のプライドというものか。
 持て余す恋心と、バスケ部以外の相田リコを引き寄せることの出来ない焦燥。彼女という人間の全てを自分の物に出来たら良いのにと願える程日向は恋に沈めない。そもそもそんな傲慢を祈る意気地もないということを、他でもない日向自身が知っている。自分の席に戻って開けたコーヒーは、舌が覚えている味よりも幾分苦かった。


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Title by『彼女の為に泣いた』





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