※黒子♀化



 疑わしきは罰せねばなるまい。牙を向く前に、噛みつかれる前に、引きちぎられ咀嚼されすっぽりと胃袋に納められてしまう前に。いつだって勝負は先手必勝、一撃必殺が望ましい。もっとも、黒子がそれを叶えるにはあまりに貧弱が過ぎるのだけれど。

「浮気ですか」

 ガラス玉のように煌々と瞳を輝かせて、黒子は火神の前に立ちふさがった。僅かに緩んだ頬と、無感動な口元。ちぐはぐなパーツが火神に言外かつ雄弁に訴えてくる。もっと僕に構えと。それにしては設定されたテーマの難易度が高い上に物騒だ。浮気とは一体全体何のこっちゃと火神は自分より幾分低い位置にある頭を鷲掴みにして悩み始める。端から見ていると、完璧に火神がか細い黒子をこれからいたぶろうとしているようにしか見えない。だがその一見被害者に映る黒子の踵が火神の足の甲にぐりぐりとめり込まされていることを誰も気付かないのだ。

「浮気ですか」

 もう一度、問う。今度は先程より声色も顔色も真剣に。だけどやはり火神には意味が通じないのか、こてん、と首を傾げるばかりだ。190cmもある大男のそんな仕草に黒子は「あざと可愛いですね畜生」と舌打ちした。因みに頭は未だ掴まれたままである。火神は黒子の丁寧だが汚い言葉遣いと仕草を注意しようとしたが、別にそれが黒子の品性を貶めているとか喧しい母親の如く言っても無駄だと理解している。なので代わりに「あざといのはお前か黄瀬か赤司だろ」と訂正してやった。すると先程とは倍以上の剣幕で「赤司君に失礼なこと言っちゃダメです!」と怒られた。――うん、黄瀬は?

「赤司君はあざとくありません。天然かわいこちゃんです」
「男相手に何言ってんだ」
「男とか女以前に人間だから良いんです。因みに赤司君と桃井さんのどちらがより可愛いかは聞かないでください。僕にはとても決められません」
「興味ねえよ」
「浮気の次は倦怠期ですかそうですか!あ、いや逆ですね?先ずは倦怠期ありき。そして始まる浮気ですね?」
「お前さっきから何なの?」
「とっても可愛い君の彼女ですよ?」

 とうとう火神は黒子の発熱を疑い小さなおでこに手を当てたが直ぐに顔を反らされた。最初は冗談半分だったけれど、残り半分は正真正銘の本気の言葉だった。
 火神は全く気付いていないようだが彼はなかなか女の子の視線を集める存在なのだ。校内では好成績を残しているバスケ部のエース。食いしん坊で授業中は寝てばかりで教師に怒られ勉強は苦手。テスト前後は特に悲惨。背が高くあまり女の子には絡まずだが過剰な線引きもしていない。如何にも男の子ですといった火神の存在はなかなか魅力的に映るらしい。ただ背丈と目つきのせいか威圧感は拭えず群がられることはない。それでも黒子は火神を糾弾する。浮気ですかと。疑わしきは罰せねばなるまい。

「そんなに世の女性を魅了して何をするつもりですか!ハーレムですか酒池肉林ですか!」
「しゅち…に…何だって?」
「古典の時間に寝るからですよこのお馬鹿さん!」

 今日の黒子はやけにハイテンションだと火神は困ってしまう。只でさえ突飛な彼女に手を焼いているというのにこうも連続攻撃を繰り出されてはたまったものではない。
 火神は黒子が好きで、黒子も火神が好きで、偶々意見の一致を経てそれじゃあ付き合うかそうですねと恋愛の甘酸っぱさとは無縁の場から始まった二人ではあったが浮気なんかするはずもない。そんな暇だってないし興味もない。
 彼女持ちが何をと誰も最後まで聞いてくれないがそもそも火神はあまり女の子に関心がない。勿論男の子にあるとかそっち系の話でもない。バスケの師匠が女性でありながら女子供を愛でる逞しさと弟子の前で裸体を晒すことに恥じらいも持たない逞しい人だった。火神はその人との触れ合いから女の子とは愛でられるものであるが強かな生き物だと思っていた。身体が成長して、すれ違う見ず知らずの女の子たちにやけに小柄で細く容易く折れてしまいそうな脆さを感じ取った。ちぐはぐな印象が火神を混乱させる。ぐるぐる見つからない答えに、火神は理解することを投げた。そして理解出来ないものへの興味も失った。火神にはバスケがあればそれで良かったので。
 そうしてやって来た日本で、火神に負けず劣らずのバスケ馬鹿な女の子に出会った。その女の子、黒子テツヤは火神に脆弱な印象しか与えなかった。体力も腕力もない、人混みに紛れて消えてしまう存在の希薄はとても火神を不安にさせた。当の黒子は狙って紛れているのだと胸を張る。因みにその胸はほぼ平らである。黒子テツヤは強かだった。バスケが大好きで精神的にタフで時折驚くほど脆くてそのくせ喧嘩すら辞さない愚直さと火神を窘める程度の冷静さと常識を備えていた。ふらふらと、動きだけでなく中身もまた黒子は火神を惑わせた。けれど時間を掛けて、火神は黒子を理解した。全てをとは言わない。噛み合わない部分の方がきっと多い。それでも火神は黒子を理解出来ないと遠ざけるほど無関心ではいられない。興味と理解を経て、彼の黒子に向かう気持ちは確かに好意になったのだから。そして、それは黒子にしか向かわないものだと火神は知っている。浮気だとか、そんな言葉が具体像になるなんて空想の世界でも有り得ない話だ。

「――黒子」
「何でしょう」
「お前俺が浮気すると思うのか?」
「…………」
「お前そんな男と付き合ってんのか?」
「………違います。僕の好きな火神君は大層なバスケ馬鹿で寝るか食べるかバスケをするか人間の三大欲求の性欲を捨て去りそこにバスケをねじ込んでいるのではという程なのに料理が得意で図体はデカいのに犬が苦手という大変可愛らしい人間です」
「――おい」
「そんな火神君が愛しいですよ」
「…そうか」
「……照れてます?」
「うるせえ」

 珍しく表情を綻ばせて首を傾げた黒子に、火神はやはりあざといのは彼女の方だと息を吐く。滅多に見せぬ微笑みに希少価値などありはしないはずなのに振り撒けば捕らわれる男心があることを黒子はちっとも知らないのだ。知らなくて良いと真っ先に独占出来る彼氏という位置に納まった火神を妬む輩だっているというのに。異性を魅了して恋人をやきもきさせることすら浮気とごちるならば黒子だって相当な浮気者だ。やはり教えてやろうとは思わないが。

「ちょっと僕たちお互い好き過ぎますね!」
「…そうか」
「今日もラブラブですと緑間君辺りにメールしてみましょうか。マジギレされそうですけど」
「わかってんならやめろ!!緑間の説教は大体俺宛になるんだぞ!」
「――もしかして今ヤキモチからのキスの流れでしたか?」
「ちげーよ!!」
「……ちっ」
「舌打ちすんな!」

 全く黒子は火神が好き過ぎる。しかしそんな過多な好意を押し付けられる度、にやけそうになる頬を必死に堪えている火神も黒子が好き過ぎる。
 疑うことなど何もない。罰する必要も同様に。一撃必殺致命傷、死因は恋の病とでも記しておいて下さいな!




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40万打企画/あんまん様リクエスト

ばかみたいにわたし、愛がほしいの。
Title by『にやり』




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