※大学生


 高校一年の冬、WCでの対戦を経て始まった火神のキセキ全員との交流はこの先一生付き纏うこととなった。それを彼等は負けっぱなしは悔しいからと揃いも揃ってバスケを起点としていたが、赤司だけは少し違った。勿論、試合以外の場で一緒にバスケをしたこともある。それ以外に盛り上がれる共通項もなく、嘗て癖のある人間たちを纏め上げていた赤司は火神をどう扱っていいか警戒心の強い猫のように間合いを測っているようでもあった。その警戒線を短絡的に犯してはいけないのだろうなと、どうしたものかと悩む火神の隣で黒子は嬉しそうに笑っていた。

「赤司君、可愛いでしょう?」

 初対面での高圧的な態度には驚かされもしたけれど。外と中の境界線を明確に引いている赤司には、悪いことをしたという自覚はない。キセキ達も驚きはしたけれど、時間が経てば直ぐに「まあ赤司だから」と納得していた。今となっては見事赤司の内側に陣取ることに成功しているのだから昔のことを女々しく掘り返すなということらしい。火神も、本気で刺しに来てはいないことくらいわかっていたけれど、もう少し俺を労われよと思う。同じ学校でもないキセキ達に期待しても無駄だとは知っていた。しかし同じチームで相棒という関係の黒子にまで見放された時は流石に腑に落ちないと閉口してした。

「赤司君は本当に僕たちが大好きだったので、仕方ないんです」

 恥じらいもなく、黒子は教えてくれた。その言葉に、自分で言うかと軽蔑することもない。それはきっと事実だったのだろうと、直感で判断した。赤司はきっと、黒子たちが大好きだった。彼等しか好きになれなかった。自分の傍にいる人間のことを好きになることは有り触れた人間らしさなのだろう。だから、離れてしまったことで少しずつ拗れていくこともあったのかもしれない。そこは、当事者ではない火神にはわからない。けれど当事者であり一番その拗れに拘っていた黒子が、今となってはキセキ達と他愛無い会話と共にバスケをしているのだから、もう済んだことなのだろう。

「お前らも赤司のこと大好きだから、仕方ないよな」

 思い出は優しくなるものだから。昔話に初対面で鋏を突きつけられたことを持ち出しても黒子たちが赤司可愛さに許してしまうのも当然なのだ。火神の言葉に、黒子は静かに「その通りです」と満足げに頷いた。


 それぞれ違う学部を選んではいるものの、キセキの世代は揃って同じ大学に進学した。入学式に彼等の姿を発見した時、火神は新手の悪戯か何かかと疑った。しかし大学生活が始まってしまうと四六時中全員集合しているわけでもないので直ぐに慣れてしまった。今ではそれぞれ自宅に行き来したりするようにもなっている。何人かは一人暮らしをしていて、キセキ全員で押し掛けあうと悲惨なことになることも経験済みだ。
 そんな中、真っ先に一人暮らしを始めたのが赤司だった。生活力があるのかは知らないが、まあ上手くやっているのだろうなと火神は勝手に思っていた。実際赤司の部屋を訪ねた面々から飾り気がない部屋だとは何度か聞いたが辞めた方が良いと言う心配の声は上がらなかったので。
 ――しかし。
 実際に初めて火神が上り込んだ部屋の台所は使用した形跡が殆ど見られなかった。しかし掃除だけはしっかりと行き届いているようで、一体何のための台所なんだと火神は呆れかえらずにはいられない。部屋の主は、ただ一言「必要ないから」としか言わなかった。流し台やガス台が備えついていなければその分部屋がすっきりしそうなものだとすら思っていそうで、この瞬間から火神の中で赤司征十郎の認識は嘗ての相棒である黒子テツヤ以上に放って置けない人間という位置に収まったのである。
 世間はクリスマスムード一色にデートだのプレゼントだの様々に賑わっている。大学構内でもそれは同じことで、赤司の自宅に向かう前に通り抜けた廊下で出くわす知り合いの何人にかは当日の予定を聞かれたり暇だったら来いと雑な誘いを掛けられた。ここ例年の火神のクリスマス前の予定はいつだってギリギリまで「どうなるかわからない」の一言だ。そしてそれを言うと、大抵「お前の友だちもみんなそう言うよな」と不思議そうに首を傾げられてしまう。大学ではキセキの世代という括りを知らない人間の方が多い。それでも、やたらと背丈のデカい人間が集団を作っていれば膨大な在学生を誇る大学内であっても目立つし一方的な認知度はあっという間に高まっていた。そして火神たちは友だちと形容されるようになったのである。

「何か食いたいもんあるか?……湯豆腐以外で」
「――何故選択肢を殺した」
「湯豆腐しかねえのかよ」
「真っ先に浮かぶ好物を否定されるともう他は浮かばない」
「じゃあ俺が適当になんか作るから黙って食えよ」
「最初からそうしてくれ」
「あのなあ、一応お前への誕生日プレゼントなんだから相手の要望は聞くに決まってんだろ」
「そういうものか。…じゃあなんで湯豆腐は駄目なんだ」
「そればっか食ってるって知ってんだよ」
「――ふん、」

 適当に買ってきた材料を広げて、慣れた手付きで火神は調理を始める。流し台に向かう背中を、赤司はリビングの炬燵からぼんやりと見つめる。よほど集中しているのか、全く振り向く気配を見せない火神に赤司は早々に見切りをつけて、年明けの論述テストの対策を終わらせることにした。
 暫くして「出来たぞー」と間延びした声に動かしていたペンを仕舞い、炬燵の上を整頓する。炬燵から出て準備の手伝いをするつもりは全くなく、自分でも滅多に弄らない台所一帯は好きに漁ってくれて構わないと事前に許可も出してある。次々に運ばれてくる皿を前に、その出来栄えを目にした赤司はまじまじと火神を上から下まで見つめ「本当に男か?」と訝しんだ。火神は「お前が出来なさすぎるんだろ」と一蹴した。

「…肉じゃがか」
「何か嫌いだったか?」
「いや、問題ない。ではいただきます」
「ん。誕生日おめでとう」
「うん」

 両手を合わせてから箸を取る。食べている間の会話はなくお互い黙々と咀嚼に勤しむ。味の感想が赤司の口から洩れることはなかったけれど、台所を滅多に使わず食に拘りなどないであろう彼が手を止めずに食事をしていることが何より雄弁な感想だった。
 やがて全ての皿が空になると、箸を置いてもう一度両手を合わせた。妙な所で行儀が良いなと火神が感心していると、赤司が壁に掛けた時計を確認した。それを目で追ってから、火神は炬燵を出て食器を流し台に運んで急いで洗い物を済ませた。
 今日は、キセキの全員で赤司の誕生日を祝おうとしていたのだが黄瀬がどうしても外せない撮影が入ってしまった為集合は夜からとなっていた。仕方ないからまた後日だとか、黄瀬以外のみんなでという方向に向かわないのが大学生の余裕というものらしい。恐らく夜通しカラオケボックスで騒ぎ続けるのだろう。
 火神が洗い物を済ませると、赤司は既に出掛ける準備を終えていた。火神も上着を羽織るだけの準備を済ませて揃って部屋を出る。鍵を閉める赤司を待ちながら、いつだったか交わした黒子との会話を思い出していた。

「お前らも赤司のこと大好きだから、仕方ないよな」

 本当、彼等はいつまでたっても赤司のことが好きなのだろう。赤司だけではなく、お互いのことを。そしていつの間にかその中に組み込まれていた自分のことを。その内、自分もいつかの黒子のように好かれていることを自覚的に語れるくらいになるのか。想像すると、今から恥ずかしくて仕方がない。
 そして、黒子たちが大好きで、黒子たちから大好きだと思われているのにそのことを彼等とは違い自覚しながらも言葉にすることのない赤司のことが堪らなく可愛らしく思えてくるのだ。だから、つい無意識に赤司の頭を撫でてしまっていて、射殺すような視線を向けられたとしても全く怖くなかった。

「――誕生日、おめでとうな」
「さっき言われた」
「おう。でもまあめでたい言葉なんだ。何回言ったって良いんじゃねえの」
「……おめでとうって、頭撫でて、それだけか」
「それだけって…さっきプレゼントとして料理作ったじゃねえか」
「―――そうじゃないくて、……いや、いい」
「……何だよ?」
「何でもないよ。ただ、君はバカガミだったなって思い出しただけだ」
「はあ!?」
「急ごう。遅れたら悪い」

 さっさと歩き出してしまった赤司を追うように火神も歩き出す。一体何なんだと尋ねたいが、並んで見下ろした赤司の横顔は穏やかに笑みを浮かべていて、とても不満があるようには見えずに黙ってしまう。これから大好きな人たちに誕生日を祝って貰えるのだから、そのことを考えたら嬉しくもなるだろう。そう無理矢理話題を仕舞いこむことにして、火神は食器を洗ってからまだ冷えたままの手を上着のポケットに突っ込んだ。
 そんな火神の姿を横目に確認しながら、赤司は釈然としない様子の表情に浮かべた笑みを深くした。精々悩んでいればいい。祝いの言葉は嬉しかった。料理も美味しかった。だけど頭を撫でてそれでお終いというのは頂けない。他人の縄張りに踏み込んでしまった以上、その落とし前はしっかりとつけて貰わなくては。
 赤司の不満と期待、総括して自分に向かう好意の大きさを知る由もない火神は人混みの向こうに頭一つ分飛び抜けた待ち合わせの相手を見つけていた。クリスマスムード一色の街の中。十二月を迎える度に赤司の誕生日一色になり十二月二十日を過ぎるまで全くクリスマスの予定なんて無頓着な連中なのである。
 そうして珍しく、普段は至近距離に来るまで気付けない黒子の姿をまだ随分と距離を挟んだ状態で捕えた。彼の方も火神たちに気付いたようで、数年前ならば考えられない火神と赤司が並んで歩いているという光景に愛しいものを見るかのように目を細めた。

 ――赤司君、可愛いでしょう?

 耳の奥で、またいつかの黒子の言葉が蘇る。

 ――そうだな。

 そんな風に思ってしまう火神は、もう十分赤司を好いている。



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Happy Birthday!!12/20

愛を知る時代
Title by『にやり』




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