青峰大輝と桃井さつき、この二人を知る人間の大抵は彼等を恋人同士だと思っている。桐皇学園バスケ部に所属し、どちらのこともそれなりに知っている連中ですらそう思っているときがある。実際は、付き合いが長すぎて距離感が麻痺した幼馴染だということを知っている人間は、レギュラーと監督くらいのものなのである。勿論、その事実に納得しているかと問われれば、全員が否と首を横に振るだろう。

「あー!さみい!」
「身体温める前からタンクトップなんか着てるからだよ」
「うっせえ!」

 真冬の朝。冷え込む体育館。指先がかじかんでボールの扱いに慎重になる部員たちを震撼させるように、青峰はタンクトップ姿で体育館に登場した。しかしやはり寒いものは寒いようで。気温という自然現象に怒鳴り散らす青峰を、もはや係りだと言わんばかりのタイミングで桃井が嗜めた。桃井の叱責に大人しく従う青峰ではないのだが、そもそも言葉を掛けること自体部員たちには気後れを覚える人間が多い。親しみだとか慈しみだとか。そういった温かい感情を抱いて青峰に接する人間なんてこの学園中を探したって桃井くらいしか存在しないだろうと誰も彼もが知っている。部員同士、レギュラーであってもチームの方針からして青峰に求められているのはエースとしての実力だった。WCの敗戦後、少しずつ変わって来た部分もあるようだがチームメイトと友人の差は未だ歴然だった。部活以外で関わることが殆どないのだ。齢の差もあるし、唯一同い年のレギュラーは腰が低すぎる。青峰の高圧的な態度とは対照的で、二人のやりとりを見ていると友情というよりはいじめっこと被害者だった。当人同士はそれなりにやっているつもりのようなので、このことに関しては桃井も苦言を呈したりはしない。
 さて、青峰が朝練に参加する日が来るなんてこれまでは信じられなかったがいざ参加したらしたで喧しい。寒いと連呼する彼の隣では桃井が見慣れたパーカーを羽織った普段通りの姿でしゃんと立っている。それはそれで、特別防寒対策を取っていないように思えて寒々しいのだが。

「さつき寒くねえのかよ」
「ふふん、お腹と背中にカイロ貼ってるんだよ」
「ばばくせえな」
「最近の女の子は結構やってます!」
「ああ!生理で腹温めるって奴な!」
「……大ちゃん黙って」

 両腕を擦りながら寒さを訴えない桃井を訝しむ青峰に、彼女は胸を張って得意げに答えた。一日中張っていると昼間は暑くなってしまうが現在は丁度いい感じに桃井の身体を温めてくれている。クリップボードを取り出して今日の練習メニューを組み立て始めた桃井の横で青峰は未だにがたがたと震えている。身体を動かさない以上、寒さが和らぐはずはない。
 新部長となった若松辺りが姿を見せてくれないと1on1に付き合ってくれそうな部員もいないのだから仕方がない。青峰も他の部員に付き合いを求めることを諦めたのか、隣にいた桃井の背後に回り込み彼女をすっぽりと抱き締めてしまった。瞬間、ちらちらと青峰の方を伺っていた部員たちの空気が固まった。突っ込める親しさもなく、睨まれたくはないからと必死に声を喉の奥に押し留めたけれど、誰もがこれは絶叫してもおかしくない振る舞いだと信じていた。バスケ部員たちは、一応彼等の間に恋人という関係が成り立っていないことは理解しているのだから。世の男女の幼馴染全員がこんなことをしているとだけは絶対に思いたくなかった。
 しかし突然彼氏でもない青峰から抱き締められた桃井は頬を膨らませてはいるものの暴れたり恥じらったりすることはない。形だけの文句を紡いでも、青峰が自分を解放するとは端から思っていないような態度だった。

「大ちゃん邪魔だよー」
「ちっとくらい黙って暖取らせろ」
「お腹摘まんだら脛蹴り飛ばすからね」
「へいへい」

 結局桃井は青峰を振り払うことをしないまま、黙々とボードに挟んだ用紙にペンを走らせていく。それを覗き込んでいる青峰が稀に顔を顰めている。どうやら今日の練習メニューは基礎練習が多そうだと予想がついた。そんな和やかな光景として彼等を受け止められれば良かったのだけれど、やはり部活動の中で密着している男女というものは収まりが悪い。空気の読めないカップルでもなく、ただの幼馴染のじゃれあい。誰も彼もが心臓に悪いと息を吐く中、朝練開始の号令が掛かるのはもう少し先のことだった。
 朝練開始前にそんなことがあったので、昼休みを部活のレギュラー会議に費やすことになった時、桜井は少しだけ心がざわついた。油断すると暴言と叱責の応酬という組み合わせでじゃれはじめる青峰と桃井を揃って同じ空間に迎えるということが恐ろしかった。年頃をわきまえない密着が、桜井にはどうにも気恥ずかしくて、見てはいけないものを見てしまったかのような申し訳なさが湧き上がるのだ。
 弁当袋を持って、そろそろと会議室の扉を開ける。指定された時間に遅れたわけでもないのに発する言葉は挨拶ではなく「すいません」という謝罪だった。癖ではあるが適切ではない筈の文句を、桜井は直ぐに正解だったと認識する。会議室にいたのは、長机に並んで座っている青峰と桃井の二人きりだったので。しかし二人は静かに入って来た桜井の存在に気付くことなく何か言い合っている。

「もう!これ私のブランケット何だからそんなに引っ張らないでよ!」
「そうしないと片足はみ出て俺が寒いんだよ!」
「大ちゃんが足閉じて座らないからでしょ!?」
「お前もうちょっとデカい奴持って来いよ!」
「何それ!私の勝手に使ってるの大ちゃんでしょ!そんなこと言うなら自分で用意してよね!」
「ああ!?」

 席を指定されている訳でもないのに、やけに至近距離で座っていると思ったらどうやら一枚のブランケットを二人で共有して使用しようとしているからのようだ。青峰の座り方が悪いのか足を開いてしまっているのでその分を全て覆うとすると女の子がよく持ち歩いている横幅一メートル強のブランケットで足りるはずがない。それでも自分一人で独占するつもりはないのか桃井は精一杯青峰の方に寄っていて、窮屈そうに何度も膝がぶつかってはそのことでもお互い文句を言い合っている。問答無用で青峰を弾き出す権利がブランケットの所有者である桃井にはあるはずなのに。
 入り口で立ち往生してしまった桜井の存在に、言い合いで息を乱した桃井が黙り込んだ際に気が付いた。手を振られ、「こっちに座りなよ」と呼ばれてしまえば断らない。何度も頭を下げながら、青峰たちの方に歩み寄り、桃井との間に一つ椅子を挟んで腰を下ろした。彼女は一瞬じっと桜井を見る。恐らく、隣に座ればいいのにと訴えたかったのだろう。しかし桜井の性格を考慮してか、提案が強制になりかねないことを理解しているから桃井はそれ以上何も言わなかった。ほっとして、まだ来ない他のレギュラーたちのことを考える。たぶん、指定時間のぎりぎりまで謀ったように全員来ないつもりなのではないだろうか。理由は、青峰と桃井のやり取りに巻き込まれたくないから。残念ながら、桜井の場合今回は用心が足りなかったということだろう。
 余計なことをして場を騒がせないようにしようと座ったまま縮こまる桜井を無視して、青峰と桃井の口論はあっけなく再開される。全てを聞き取れるわけではないけれど、売り言葉に買い言葉。怒りも嫌悪もなくお互いが相手をこの人だからと無意識に定めて当然の様に言葉をぶつけている。それを想い合っているとか、甘えているとか言わずに何だというのだろう。当人たちは、言い合いなどしたくてしているわけではないと言い張るけれど。それが自分たちらしさだといい加減自覚して時と場を選ぶくらいの成長は遂げていただきたい。幼馴染という時間の共有の連続では自分たちが齢を重ねているという意識さえ疎かになってしまうのかもしれない。けれど、もう高校生なんですよと青峰と桃井を二人纏めて嗜めてくれるような人間は、生憎この学園にはいなかった。

「しょうがねえな、じゃあ毛布でも持って来れば良いんだろ!」
「ええ!?やだよなんかそれダサくない?」
「ならお前がもっとデカいブランケット用意するんだな」
「言い出しっぺの大ちゃんの責任!」

 ブランケットの端を引っ張り合いながら、青峰と桃井は喧しく言い募っている。
 ――だから何で二人で一枚を共有するっていう発想なんだろう?
 そんな桜井の真っ当な疑問は最後まで二人に届けられることはない。だってその答えは、青峰と桃井だからという全く論理的でない理由で以て存在しているのだから。



―――――――――――

40万打企画/たれま様リクエスト

銀河系ご近所付き合い
Title by『にやり』





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -