※白雪姫パロディ


 昔々あるところに美しいお妃さまがおりました。そのお妃さまは自身の美貌に絶対的な自信を持っており、自分が世界で一番美しいと豪語して憚りませんでした。自分より美しい人間などいるはずがない。お妃さまはそう信じて疑いません。もしも自分より美しい女性が現れたら、そう思うとお妃さまは気が狂いそうなほど心が乱れます。なので、お妃さまが持つ持ち主の問いに真実を述べる鏡が「この世界で一番美しいのはお妃さまです」と答える声を毎日でも聞かなければとても安心してはいられませんでした。
 さて、お妃さまには一人の娘がありました。といっても実の母子ではありません。お妃さまの旦那様、つまり王様には病死した前のお妃さまがいて、娘はそのお妃さまと王様の間に生まれた娘でした。そしてその娘――つまりお姫さまは幼いながらにとても可愛らしい上に気立ても良く、城の家臣たちからも愛され将来を有望視されていた為、お妃さまはあまりお姫さまに優しく接することはしませんでした。
 やがて王様も病気で亡くなると、お妃さまのお姫さまへの態度は益々冷淡となって行きました。お姫さまを庇おうとする家臣たちを次々と追い出して、終いにはお姫さまに召使の仕事を押し付けるようになったのです。けれどお姫さまは一言も文句を言わず、泣き言も言わず、美しい白い肌が井戸の水に晒されて赤くなってしまうことも厭わずに毎日せっせと働いていました。そんなひたむきなお姫さまの姿が、お妃さまには益々もって気に入らないのでありました。

「火神よ火神、この世界で一番美しいのは誰かな?」
「お前たまには別の質問しろよ。あと何か発音妙じゃねえか?鏡って言ったか?」
「うるさい。だまって僕の質問に答えろ役立たず」
「誰が役立たずだ!自分では何もしないで娘いびってるだけの奴に言われたかねえんだよ!」
「ふん、僕がお妃なんだから当然だろう。大体娘の方だってしおらしく働いているかと思えば料理に毒を盛って城内を制圧しようとしてたじゃないか。全く恐ろしい」
「いやあれはたぶん毒じゃなくて恐ろしく不味い料理を――」

 今日も今日とて自分が世界で一番美しいと鏡に保証して貰おうとしたお妃さまに、鏡の火神はとうとう苦言を呈します。どれだけその美貌を誇ったとしてこの妃は年がら年中お城に籠っているような人なので、果たして他人の目に触れない美しさにどれほどの価値があるのか鏡の火神にはわからないのです。挙句血の繋がりがないとはいえ娘に理不尽な労働を押し付けている様も気になります。お姫さまは毎日一生懸命働いています。しかし一生懸命ではありますが元来不器用であるらしく、その仕事ぶりは城中に在る鏡の中を移動して外の様子を伺うことの出来る火神には非常に危なっかしく映るのです。お妃さまの言う通り、彼女に城に仕える人間全員の食事を用意するようにと任されたお姫さまの作った夕食を食べた臣下たちが次々に倒れたことも事実。しかしこっそり彼女の料理する様子を見守っていた火神にははっきりと言いきることが出来ました。あれは毒ではなく恐ろしく不味い料理なのだと。
 折角真実を述べる鏡として重宝される立場でありながら、お妃さまはここ数年同じ質問ばかりを繰り返します。正直うんざりしていました。だって、美しさの基準何て人それぞれで、美しいから好きかと言われるとまた別問題。個人の主観だなんて道具の火神が引き合いに出すには小賢しいかもしれないけれど、それでも過ぎた年月が変えた事実というのもまた事実。だから火神は、嘘なんて吐けるはずもなくその真実をお妃さまの前に差し出しました。

『この世で一番美しいのは、貴女の娘――白雪姫です』

 結論から述べるに、火神は自分の発言を大いに反省しました。嘘など吐けないけれど、気合いで吐けば良かったと思う程度には。何せ自分を世界一の座から追い落とした女が同じ城内にいる娘だと理解するや否やお妃さまは猟師を呼び出して白雪姫を殺す様に命じたのですから。
 猟師は気の弱い男で、何をする前から「すいませんすいません」と謝り倒しているような男です。とても人を殺せるようには思えませんでした。案の定、白雪姫を殺す為に森へ連れ出すまでは善処したものの、彼女を殺すことが出来ずにイノシシの心臓を代わりに持ち帰り姫のことは森の奥深くに逃がしてしまったのです。
 さて、命は助けられたものの城からひとり遠出したことのない白雪姫は一体どうなってしまうのでしょうか。

「私をここに置いてくれませんか!」
「何図々しいこと言ってんのよこの小娘が!!」
「まあまあカントク落ち着いて」

 白雪姫が森の奥深く、歩き疲れて痛む足を叱咤しながら進んで辿り着いたのは、とても可愛らしい小人たちのお家でした。彼女が戸をノックした時、家人は出払っていたらしく留守にしていました。けれど白雪姫は疲労の限界だったため、鍵のかかっていない戸をこっそり開けて侵入し、家を見て回っている途中発見したベッドで横になって眠ってしまったのです。
 当然、家に帰ってきたら見知らぬ少女が自分たちのベッドで眠りこけているのを発見した小人たちは驚きました。特に小人たちの纏め役でもあるカントクは、目に見えて渋い顔をしたのです。何せ白雪姫はとてもスタイルが良かったのですが、カントクはスレンダーな体型でしたので、まあ要するに嫉妬しました。他の小人たちは眠っている白雪姫を囲んで「可愛いねえ」「どこから来たんだろう?」「起こした方がいいのかな」等と口々に言い交わしながらもその声音は明らかに警戒心を欠いたものでした。
 やがて目を覚ました白雪姫は、自分を取り囲む七人の小人たちに最初は驚いたようでしたが直ぐに自分の身の上を打ち明け、どうか助けて貰えないだろうかと打診したのです。キツイ言葉で返すカントクでしたが、他の全員は彼女も結局お人好しだから白雪姫のことをこの家に置いてしまうのだろうなあと内心で思いながら成り行きを見守ることにしました。キャプテンとテッシンのとりなしもあって、カントクは渋々と言った体で白雪姫を家に置くことを了承しました。

「じゃあ白雪って呼べばいいかしら」
「あ、いえ、それは愛称みたいなもので本名は桃井さつきって言うんです」
「へ?ああそう、じゃあそっちを好きなように呼ぶわね」
「はい!ギリギリBのカントクさん!」
「しばくぞ小娘!」

 女同士の小競り合いを繰り返しながら、白雪姫と七人の小人たちは仲良く暮らしていました。しかしそんな平穏も長くは続きません。白雪姫が生きていることが、あのお妃さまにバレてしまったのです。自分が未だ世界で二番手の美貌であることに加え猟師に欺かれたことも加わってその怒りは尋常ではありません。他人を殺さんばかりの不穏な空気を纏い、結局お妃さまは自ら出向いて白雪姫を殺害することにしました。
 城の地下にある小部屋に籠り、毒林檎の精製に勤しみました。見た目、匂い、味は確認できないので即効性の毒を盛り込み誰が見ても普通の林檎にしか見えないようにと時には夜を徹してその作業は行われました。それこそ美容には悪いことではないかと火神は思いましたが言えませんでした。
 そしてついに!お妃さま念願の白雪姫を毒殺する為の林檎が完成したのです。その日の朝日はとても眩しかった――後にお妃さまはそう語ります。
 さていよいよ白雪姫の住処に乗り込もうと勇んだ瞬間、この格好で出向いたのでは目が合った途端門前払いを食らうに違いないと気付きました。いきなり毒林檎を差し出して食べて貰うのだから、それなりに相応しい格好をしなければなりません。森の中に美しい女性が現れたら如何にも怪しいと言わんばかりです。
 みすぼらしい老婆こそが相手の警戒心を解くにも相応しい。そう結論付けてからお妃さまが計画を実行に移すまで一週間の時間が掛かりました。何せ自分の美貌に誇りを抱いている女性でしたので一時の偽りの姿とはいえ自身を老婆にやつすことへの抵抗と葛藤し続けた所為でこんなにも時間が過ぎてしまったのです。
 そして漸く姿を変え、毒林檎を携え、お妃さまは白雪姫が住む小人の家へと出発したのでした。

「もし、誰かいませんか」
「はいはい、どちらさまでしょう?」
「通りすがりの老婆でございます。もしお嬢さん、林檎は一ついりませんか」
「え?うーん知らない人から物を貰っちゃいけないって言われてるんですよねえ」
「とても美味しい特別な林檎ですよ」
「特別?どんな風に?」
「この林檎を使えばどんなに料理が下手くそでも美味しい林檎パイが作れます」
「―――え!?それほんと!?」

 人が来ても無暗に戸を開けてはいけないと言われていたので、白雪姫は入り口から近い窓から顔を覗かせておりました。そして老婆の差し出す林檎に最初こそ興味がなかったものの、料理の腕前が壊滅的な彼女でも上手な林檎パイが作れると聞かされつい上体を乗り出してしまいました。何せこの家にお世話になるようになってから、一度料理を披露したところ、料理以外の家事を頑張って貰うことにしようと全会一致で決定してしまったのです。自分の腕前を自覚しているからと納得するしかない半面やはりもっと役に立ちたいと思う気持ちも強いので、老婆の言葉はとても魅力的に響きました。
 白雪姫の瞳に期待するような輝きが宿り、老婆の手にした林檎を見つめます。老婆は「林檎自体もとても美味しいんですよ」と味見を薦めます。先程の知らない人から物を貰ってはいけないという言葉はどこへやら、白雪姫は林檎を受け取ってしまいました。そうしてそのまま林檎をかぷり。お妃さまの執念の籠もった即効性の毒が身体を巡り、白雪姫はぱたりと倒れ死んでしまいました。お妃さまはそそくさと城に戻り、家に帰って来た小人たちは倒れている白雪姫に仰天しその死を悼み泣き続けました。けれど白雪姫の死体はとても綺麗で、腐ることもありません。燃やして灰にすることも、土に埋めてしまうことも惜しまれて、彼等は自分たちが仕事で掘り出した宝石をあしらったガラスの棺を作りその中に遺体を横たえました。今にも動き出しそうな死体の傍らで、小人たちはいつまでも悲しみに沈んでいるのでありました。


 さてそれからどれほどの月日が経ったでしょうか。数日、数か月、数年。小人たちを訪ねてくる人間など誰もいませんでした。
 しかしある日のこと、外が賑やかだと思っていると、小人たちの家の戸を忙しなくノックする音がします。一体誰だろうと戸を開けると、そこには金髪でピアスをし、立派な服を着た青年が立っていました。ただ残念なことに小人サイズの家ですから、顔が半分戸の上に見切れてしまって今いち格好がついていません。何とその人はこの森を抜けた先にある国の王子様だったのです。彼には数人の従者がいたのですが、その誰もが無駄に身長が高くて小人たちの家に入るには窮屈な思いをしなければなりませんでした。その上茶を出せなどと我儘な人間が多く、カントクは今にもブチ切れそうな勢いでした。けれどその中にひとりだけ、頭をもたげることなく室内に入りお茶やお菓子にも「お構いなく」と謙虚な受け答えの出来る人間がおりました。その彼が、家の奥に安置されている棺に気付いたのです。

「――?あちらで眠っておられる方はどなたですか?」
「何々?わ、本当だ可愛いッスね!」
「あー、おっぱいはでけえな」
「もっと言葉を選ぶのだよ!」

 棺を取り囲んで、王子様と従者たちはわいわいと騒ぎ立てます。きっかけとなってしまった常識ある従者はカントクたちの方に向き直り申し訳なさそうに頭を下げました。こうなってしまうと、彼等を止めることは非常に難しいのです。
 仕方がないので、小人たちは王子様たちにこれまでのいきさつを説明しました。従者たちが「ひどいお妃がいるもんだ」と立腹する中、王子様だけは白雪姫の哀れな境遇にぼろぼろと涙を零していました。そして何を思ったのか勢いよく立ち上がると突然宣言したのです。
「決めたッス!俺この子をお嫁さんにするッスよ!」

 この発言に、家の中は騒然となりました。いくら美しさが損なわれていないとはいえ姫はもう死体です。そして彼は王子です。一国の王子が死体と婚姻関係を結ぶなど到底許されないことでしょう。しかし従者たちは「へえそう」と興味なさ気に呟くだけでした。

「ちょっと!この旅は俺の花嫁を見つける為のものだったんスよ!?それなのにどうしてそんな反応薄いんスか!」
「僕たちは従者ですので王子様が決めたことなら何も言うことはありませんよ」
「あれだけ盛大に見送られて数日で帰ることになっても一向に構わないぜ王子様」
「相手の意思などまるで汲んでいない婚姻でも仕方がないのだよ王子様」
「何その悪意すら感じる王子様の連呼は!」

 その後も王子様がひとりで泣き喚いたものの、このまま小人たちの家に棺を置いておいても仕方がないと、カントクは彼等が棺を持ち帰ることを了承しました。もしも万が一目を覚ますようなことがあっても、決して料理だけはさせてはならないと言い聞かせて。
 さて王子たちの帰りの道中。棺を運ぶ従者たちはその重さに不平を並べ立てながらも仕方がないのでせっせと運びます。しかし三人の従者の中にひとりだけ頭一つ分背の低い謙虚な彼がいたのです。他の二人が他者との体格の差に頓着がない人間だったので、彼は持ち運びの際も非常に苦しい体勢で歩くことになってしまいました。棺のある位置が微妙に高いのです。そして足元の注意が疎かになり、躓いて転んでしまいました。その拍子に、彼等が抱えていた棺も落としてしまったのです。
 しかし幸いにもその衝撃で、白雪姫の喉に詰まっていた毒林檎の欠片が吐き出されたのです。棺を落としてしまったことで王子様は慌てふためいておりましたが、死んでいたはずの白雪姫が目をこすりながらその上体を起こした時は絶叫してしまいました。

「んー、よく寝たあ」
「え?え?どうなってるんスか?」
「死んでなかったんですかね。まあ生きてたならそれはそれで良いことですよね。で、どうしましょうか王子様」
「へ?いや、どうするって?」
「結婚のことに決まってるでしょう?相手が起きてしまった以上あちらにもお伺いを立てるべきでは?仮にも相手はお姫さまなんですから」
「あ!そう、そうッスよね!――あの、すいませんが!」
「腰低いですね」
「……?なあに?」
「俺と!結婚してください!」
「―――は?」

 王子様の直球な物言いに白雪姫は目を点にし、従者たちは呆れて空を仰ぎました。そして白雪姫は徐々に頬を赤くしまた棺の中に突っ伏してしまいました。初対面の男子に求婚されるなんて、如何に労働を強要される環境にいたとはいえ城の中で育ってきた彼女に免疫があるはずがありません。
 白雪姫の初心な反応に、王子様もどうしていいかわからなくなってしまいました。彼も彼とて女性の扱いには慣れているものの好きな相手の扱いはどこまでも下手くそな不器用君だったのです。そして従者たちはそんな彼を教え導くというよりは面白がるか同情するかといった全く役に立たない存在なのでした。何より死体として出会った少女に自分の主人が本気で一目惚れしている等と、この時は誰も信じられていなかったのです。

「えっと…白雪姫?」
「―――桃井、…さつきです」
「そっかあ、じゃあ桃っちって呼んでいい?」
「うん…。貴方のお名前は?」
「えへへ、黄瀬涼太っス」
「じゃあきーちゃんって呼ぶね」
「え!?」
「……ダメ?」
「全然良いッスよ!」
「本当!?よろしくねきーちゃん!」

 お互いの名前を教え合い、呼び名まで付け合い握手を交わす二人の姿はどこまでも仲睦まじく映りました。しかし従者たちは気付いていました。自分たちの主人が、このままあの桃井さつきという少女に流されてしまうであろうことを。
 ――完璧にお友だちに落ち着きやがった…。
 内心で見解の一致を測り、けれどまあこのまま城に連れて行くことにはなるだろうからと肩を竦めます。にこにこと笑う桃井の前で耳を赤くしながら会話に興じている主が、どうやら心底彼女に惚れ込んでいることにも漸く気が付きました。

「結婚式まではちょっと遠いですねえ」

 一人の呟きに、残りの二人が頷きました。そしてもう一度三人揃って空を見上げます。王子様が一生懸命白雪姫に話し掛けている、彼にとってはたどたどしくも必死な恋路を不躾に眺めては失礼だと思ったのです。
 こうして白雪姫は無事王子様のお城へと迎えられ、お妃候補という暗黙の了承の元幸せに暮らしました。王子様とお姫さまがどのように結婚に至ったか、それには涙ぐましい王子の努力があったのですが語ると長いので割愛。白雪姫を毒殺したお妃さまのその後も内緒です。白雪姫がいる国とお妃さまの治める国は隣同士ですが、王子様がお妃候補を迎えて賑わっている様子に寂しがっているなんて口が裂けても言えませんから!
 めでたし、めでたし?



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実のある話をしましょう
Title by『にやり』




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